54.天音の気持ち
床に倒れている大和くんを見つけた時は息が止まりそうになった。
怖くて泣きそうになったけど、そんな場合じゃないって気合を入れ直す。
慌てて上がり込んで、まず狭霧くんの呼吸を確認した。
息はある。でも、すごく浅い……ような気がする。
顔色は真っ青で、Tシャツから伸びた腕がすごく冷たい。
海で倒れた時よりも、明らかに具合が悪そうだ。
嘘つき。
苦しさに歪められた顔を見下ろして、大和くんを責める。
ずっと一緒にいてくれるって言ったのに。
死なないって約束してくれたのに。
このままじゃ、死んじゃうじゃない。
大和くんがいなくなるなんて、考えるだけで恐ろしい。
ざあざあと、豪雨のような雨音が周囲に響いている。
恐怖のせいで体が小刻みに震える。
でも怖がっているだけじゃあ、なにも変わらない。
恐れることが現実になるのを、止められない。
そんなのいやだ。
約束を破るなんて許せない。
大和くんがいやがってるのは知ってる。
怖がってるのも知ってる。
でも、先に嘘をついたのは大和くんのほうなんだから、わたしには怒る権利があると思う。
だから――。
「ごめんね、大和くん」
わたしは大和くんの頭を自分の太ももの上に乗せてから、彼のむき出しの右手をそっと手に取った。
指が長くて、きれいで、大きくて、ごつごつしてて、そして今はすごく冷たい大和くんの手。
わたしは見てた。
この手が髪を切るのを。
大和くんが、キヨさんの髪を食べるところを。
全部見てた。だからわかってる。
どうすればいいのかなんて、わかってるんだから。
大和くんの右手の指先を、そっと自分の髪に近づける。
大和くんの意識がない状態でも髪が切れるのかどうかだけが不安だったけれど、わたしの髪はすごく簡単にサクッと切れた。
大和くんが怯えていることはこんなに簡単なことなのに。
わたしにとって、こんなこと、大和くんの命と比べるなんて考えられないくらい簡単にできることなのに。
だから、わたしの髪くらい、いくらでもあげるから。
いつでもあげるから。
だからいなくならないで――。
切り落したわたしの髪を、そっと大和くんの口に近づける。
微かな息が届いて髪の束を揺らす。
けれどなにも起こらない。
食べるのは寝ていたら無理なのかもしれない。
人間だって、寝たままじゃあ食べられない。
どうしよう。起こさないとだめかな。
もっと息を吹きかけないといけないのな。
それとも持ち方が悪いのかな。
試行錯誤しながら握った髪を動かしていた、その時。
大和くんの唇に近いところの、髪の切り口が、ふわっと光を帯び始めた。
房の先から徐々に光が浸透してゆくように広がる。
握っていた手から髪の感触が消える頃には、髪はすっかり光の塊と化していた。
そして大和くんの呼吸に合わせるように、すうっと吸い込まれてゆく。
よかった。
光が大和くんの口へと確かに入ってゆくのを確認して、安堵の息を吐く。
やっぱりきれい。
光が完全に吸い込まれてしまうまで、わたしはただ大和くんを見ていた。
少し、呼吸が落ち着いてきたような気がする。
そっと手に触れると、体温が戻ってきているのがわかった。
もう大丈夫かな。
ほんとによかった……。
安心したらどっと眠気が襲ってきた。
大和くんが目を覚ますまで起きてないとと思うけど、昨日一睡もしていないからか、瞼が重くて上がらない。
大和くん、もう大丈夫?
目が覚めたら、いつもの優しい笑顔でおはようっていってくれるかな。
それとも、わたしの髪が短くなってることに気づいて怒るかな。
どちらでもいい。
元気な大和くんに会えるなら、どっちでもいいよ。
そんなことを考えているうちに、わたしは大和くんの頭を抱きかかえたまま、睡魔に負けてしまった。




