52.心配ごと
「つい長居してしまったけれど、やっぱり死んだ者がいつまでも傍にいるのはダメだよね。こなたもね、わかってたんだと思うの。昔はあんなに大人びた言葉遣いとかしなかったし、家の手伝いなんてぜーんぜんしなかったんだけど、いつ頃だったかな、急にしっかりし始めて。きっと、いつまでもこなたのことが心配で離れられないわたしにもう大丈夫ってわからせるためだと思う。子どもにまで気を使わせちゃって、本当にダメな母親よね」
こなたちゃんはしっかりしてるなぁ、とおれは何度も感嘆したけど、どうしてしっかりしているのかまでは、考えたことがなかった。
そういうことだったのかと腑に落ちる。
こなたちゃんは、がんばっていたんだ。
お母さんのために。
「そんなことないですよ。おれの母親も、なかなか旅立ってくれませんでした。おれが心配だからって。とはいっても、おれは本当に不肖の息子で、母さんに心配をかけてばかりだったんで、なにも言えないんですけど」
「親は子どもの心配ごとを見つける天才だから」
見つけるまでもなく心配なことだらけだったおれの母さんには、本当に申し訳ないことをしたと今になって思う。
「こなたが六年生になったら。夏が終わったら。お誕生日が終わったら。お正月までは。ううん、こなたの卒業式まではいたいな。中学の制服を着たこなたを見たいわ。入学おめでとうって、お祝いしてあげたいな。そんな風にどんどん欲が出ちゃってね。このままだと、中学校の卒業まで、そこまできたら高校の入学も。高校の卒業? ううん、こなたがお嫁に行くまで、って、どんどんエスカレートしちゃうわ」
「こなたちゃんは、きっときれいな花嫁さんになりますからね」
「でしょう?」
ふふふっ、と嬉しそうに、東風さんが笑った。
「でも、そろそろ逝かないとね。今回のことで思い知ったわ。死者を見てしまうのが悪いことだとは思わないけど、死者と接することが当たり前になるのは危険なことだって。こなたの中の、生きている人間と死者の存在の区別を曖昧にしてしまったのはわたしだわ。死者は一緒にいられない。わたしはそのことをこなたに教えなきゃいけなかったのに……」
「東風さん……」
「狭霧くんにはたくさんお世話になったからね。最後にお礼をちゃんと伝えたかったの。帰ってきたばかりのところ、引き留めちゃってごめんなさいね」
そう言う東風さんの顔は、どこかすっきりしているように見えた。
垣根越しでは東風さんの顔しか見えないけれど、きっと、想い出の詰まっているこの家に絡まっていた後ろ髪はもうほどけている。
「そっちに行ってもいいですか?」
「え?」
「おれに、東風さんの出立の手伝いをさせてください」
「そんな……だめよ。わたしよくわからないけど、それってすごく大変なんでしょう? 狭霧くんが倒れちゃうくらいに。そんなことしてもらうわけにはいかないわ」
「あれは溺れかけたあとだったからですよ。今はもう平気です」
嘘だと気づかれないように平静さを装う。
「それでも、ダメよ」
「このまま東風さんを見送って、数日後にその辺で迷ってる東風さんを見かけたりしたらがっかり感が半端じゃないんで、きちんと送らせてください」
「迷ったりしないわよ」
「絶対に?」
「え……? ええ。絶対に」
「目が泳いでますよ」
「え!?」
「お邪魔します」
東風さんが動揺している隙に、垣根と塀の隙間を通ってお隣の庭へ侵入してしまう。
「あ、ちょっと!」
慌てる東風さんの後ろ髪は、やっぱりほどけていた。
ほどけた後ろ髪が、東風さんが動く度にさらさらと背中で揺れている。朝日を浴びて、きらきらと輝いている。
「本当に平気ですから」
東風さんを見ていると、おれの母さんを思い出してしまって、とてもじゃないけどこのまま送り出すことなんてできなかった。
どこかでなにかに後ろ髪を絡め取られて、東風さんが立ち往生するようなことにはしたくなかった。
たとえもし、今度こそ動けなくなるとしても。
おれは髪切りで、ひとの髪を食べないと生きていられない妖怪だけど、少しでも誰かのために役に立てるのなら、おれはやりたい。
髪を切る以外なにもできない妖怪が人間を助けたいだなんて、驕った考えかな。
「本当に大丈夫なの? 嘘ついたら、呪うわよ」
「呪う、って……」
東風さんが真顔で言うのがおかしくて、思わず吹き出してしまう。
「な、なによ? 本気よ?」
「東風さんはもう黄泉へ向かうんですから、呪えませんよ。それより、こなたちゃんにお別れしなくていいんですか?」
「ええ。お別れはもう昨日のうちに済ませたわ。お友だちに続いてわたしもいなくなったらちょっと寂しいかもしれないけど……でも、こなたならきっと大丈夫よね」
「ええ。こなたちゃんなら大丈夫です。それに、みんなこなたちゃんのことが大好きだから、きっと放っとかないですよ」
「お隣には狭霧くんも天音ちゃんもいるしね」
「そうですよ」
安心させるようにしっかりと頷いてみせる。
「うん、じゃあ……お願いしようかな」
東風さんの返事に、おれは安堵した。




