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49.母さんのこと

 うるさい……。


 大きな笑い声と、なにやら言い争う声、ガシャーンというなにかが割れたような音に、悲鳴。

 目を開けると、真っ暗な部屋にいた。細く射す光を見つけてそちらへ顔を向ける。


 襖が少し開いていて、そこから隣の部屋の灯りが漏れていた。


「ここは……」 


 畳の上に寝かされていたおれは、ゆっくりと上体を起こした。

 頭と身体が重いけれど、起き上がれないほどじゃない。


 部屋を見渡して、山加外神社の社務所だと気づく。


 昼は襖を取り払っていたけれど、今は戻されている。

 新歓コンパを称した飲み会で、酔いつぶれた尋さんを八上が運び込んだ部屋だ。


「おいつっちーそこ酒瓶倒してんじゃねーよ。もったいねーだろーが」

「なにを言う。おまえが倒したんだろうが。わしのせいにするとはふてぶてしいやつだな!」

「ちょっと恙、わたしの話聞いてるの? 今後のサークルの活動計画はねぇ……」

「あはは。キヨ、まあ呑んで呑んで。いやあもうほーんと助かったわぁ。ねぇ天音」

「ん」   

「言われんでも呑むわ。ったく久々に山でゆっくりできると思ったらこれだ。人使いが荒すぎんだよ、この職務放棄宮司が」

「本当ですよ。こっちに戻って来てたのに店には立ち寄りもしないってどういうことですか、オーナー」


 隣ではどうやら酒盛りが行われているらしい。


 こなたちゃんは無事送り届けてくれたんだろうな……。


 腹にかけてあったタオルケットを畳んでから立ち上がり襖を開けると、隣の部屋にいた人たちの顔が一斉にこちらを向いた。


「大和くん! 大丈夫?」


 襖の近くにいた天音さんが真っ先に声をかけてくれる。


「うん。休んだから楽になったよ。ありがとう」

「よかった……」


 天音さんが安堵の表情を浮かべるのを見て、心配をかけたことを申し訳なく思うのと同時に、心配してもらえたことが嬉しい。


 天音さんの隣の空いている場所に腰を下ろす。


「おー、狭霧、はよっす! こっち来て呑もうぜー」


 八上、つっちー、尋さんの三人でなにやら揉めているところから手招きされる。


「ちょっと八上くん、うちの未成年のバイトに酒を勧めないでよね。はい狭霧くんにはこれ」


 日野さんに叱られて「ちぇー」と言う八上の手から尋さんがビールの入ったグラスを取り上げ、ぐびぐびっと飲み干す。「あああ―――!」というつっちーと八上の声。


 おれは日野さんが差し出してくれたミネラルウォーターを左手で受け取った。


「ありがとうございます。こなたちゃんを捜すのも、手伝ってもらったし……」

「いいのよ。こなたちゃんはうちの大事なお客さまだしね。無事でよかったわ」


「あの、こなたちゃんは……」

「ええ、ちゃんと送り届けたから安心して。おばあさまも、ほっとしてらっしゃったわ」     


「よかった……」

「まあ、それでこう、みんな集まってたしそのまま解散ってもあれだしってことで、なんとなくここになだれ込んで気がついたら酒盛りになってたってわけよー。あはは」


 胡坐をかいてビールをぷはあ、と飲みながら梨花さんが快活に笑う。


「あはは、じゃないですってば。明日は朝一で店に顔を出してもらいますからね」

「え!?」 


 梨花さんが口を開けたまま固まり、やりとりを聞いていた天音さんが呆れたように小さく息を吐く。


「あの、梨花さん。聞きたいことがあるんですけど……」


 この機を逃したら今度いつこうして話せるかわからない、と思い切って切り出して見る。


「ん? なに?」

「梨花さんはおれのこと知ってたんですか? おれの、髪切りの能力のこと」

「知ってたわよ。夜霧がやるのを見たことあるし」


 あっさりと、梨花さんが頷いた。


 母さんから昔の話を聞いたことはない。

 山加外に縁があるなんてひと言も言っていなかった。


 それでも、おれが山加外に来てから、信じられないような幸運が続いていた。

 そしてキヨの口から母さんの名前が出た時、確信した。


 母さんはここのひとたちと、知り合いだったんだ。


「おかしいと思ったんです。ゆかちゃんを送る時、梨花さんはなにもしなかった。梨花さんは迷っているひとを黄泉路へ導くために動いているんですよね? だったらゆかちゃんを送るのも梨花さんの役目のはずです。それなのに、ただおれを見守っていてくれた」


「キヨから、狭霧くんが夜霧を送ったって聞いてたからね。わたしがやってもいいけど、わたしには視えない髪を切ることはできないから。まっすぐ黄泉へ向かわせてあげられるのならそちらのほうがいいに決まってるでしょ」


「でもおれは既に失敗していて、こなたちゃんを危険な目に合わせてしまったのに」


 最初にもっと上手く説得話せていれば、ゆかちゃんはこなたちゃんを海へ連れていこうとはしなかったはずだ。


「わたしがやったって同じよ。不慮の事故はどうしても起こるわ。それはあなたもわかっているわよね?」


 不慮の事故。

 そう、それは、いつ誰に襲い掛かるかわからない。


 おれの母さんは、そのせいで死んだんだ。

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