47.後ろ髪
ぽい、と砂浜に放り出されたおれは、せき込みながらも慌ててこなたちゃんを仰向けに寝かせる。
「こなた!」
「こなたちゃん!」
ゆかちゃんと天音さんが必死に呼びかける。
「狭霧くんありがとう。代わるわ」
人工呼吸をしないと、と自分の荒い呼吸を整えていると、後ろから声がした。
「梨花さん!? もうこの街を出てたんじゃ……」
おれの問いには答えず、梨花さんはすっとこなたちゃんの傍らに膝をつき、人工呼吸を始める。
昼間見た時の装いとは異なり、タンクトップにジーパンという軽装だ。
「こなた……」
「大丈夫だよ」
不安そうにこなたちゃんのまわりをうろうろしているゆかちゃんに声をかける。
砂浜に戻ったゆかちゃんは、ちゃんと砂の上に足をつけて立っていた。
「わたし、わたし……」
ぽろりと涙がゆかちゃんの頬を伝う。
「ゆかちゃんは、こなたちゃんに出会って、こなたちゃんのことがとても好きになって、こなたちゃんとずっと一緒にいたくなったんだよね」
「そうだよ。わたし、こなたのこと好き。ずっと友だちだもん」
「そう。ずっと友だちだ。たとえ一緒にいられなくてもね。だから大丈夫だよ」
「うん……」
何度か息を吹き込んだ時、こなたちゃんがげほ、と咳をした。
それを皮切りに、咳が溢れ出す。
「こなた、がんばったわね」
「梨花、伯母さん……?」
咳がおさまるのを見計らって、ぽんぽんと梨花さんがこなたちゃんの頭を撫でる。
「こなた、ごめんなさい……」
ゆかちゃんが、がばっと頭を下げた。
「ゆか……。ううん。ゆかは優しいから、ずっとこなたにつきあって遊んでくれてただけだもの。悪いのはこなただわ」
「でも、もう帰るって言うこなたを引きとめたのはわたしだし、こなたを連れ戻されるくらいなら一緒に連れてってやるって思って、こなたを海に引きずり込んだし……」
「じゃあ、お互い様ね」
こんなに大変な目にあったのに、なにごともなかったかのようにこなたちゃんが微笑む。
「こなた……」
こなたちゃんにつられて、ゆかちゃんも泣きながら笑顔を作る。
おれはゆかちゃんの後ろ髪に目を凝らした。
注意して視なければ視えないけれど、透き通った長い髪がひと房、ゆかちゃんから伸びてこなたちゃんに絡まっていた。
それがゆっくりとほどけてゆく。
ゆかちゃんがこなたちゃんに会う前、いったいなにに後ろ髪を引かれてこの場所に留まっていたのかはわからない。
でも今、ゆかちゃんをこの場所に引き留めていたのは、ゆかちゃんのこなたちゃんへの想いだった。
おれにはひとの未練が視える。
気にかかって仕方がないことを『後ろ髪を引かれる』というけれど、おれにはその後ろ髪が、本当に髪状のものとして視える。
そして後ろ髪の先は、その人が執着をもっている対象に絡まっている。
それがほどけるということは、その想いを振り切れたということだ。
母さんの後ろ髪は、おれに絡まっていた。
おれたちはたくさん話をした。
母さんの後ろ髪は、それから一週間ほどかけて、ようやくおれからほどけた。
どれほど母さんがおれのことを心配してくれていたのかがわかる。
未練がなくなるわけじゃないと思う。
けれど執着を緩めることで、そのひとは旅立てる。
ほどけた母さんの後ろ髪を、おれは右手の指先で断った。
もう、後ろ髪を引かれることがないように。
迷わず、そのまま黄泉路へ旅立てるように。
ありがとう、狭霧。
そう言って笑って、あの日、母さんは旅立った。




