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46.救い

 ゆかちゃんが浮かべる暗い笑みに、ぞくり、と冷たいものが背筋を這い上がる。


「違う。そんなことをしたら、もっとずっと一緒にいられなくなる!」


 ざぶざぶと海に入りながら、懸命に言葉を探す。


 もっと上手く話せていれば、ゆかちゃんはこんな暴挙に出なかったかもしれない。

 でも今そんなことを考えても意味はない。


 なんとかしてこなたちゃんを無事に連れ戻さないと。 


 こなたちゃんの身長じゃあ、もうすぐ顔が浸かってしまう。


「そんなのウソ!」


「嘘じゃない。こなたちゃんも、ゆかちゃんのことが大好きなんだよ。でも、そんなことをしたら、こなたちゃんはゆかちゃんを好きじゃいられなくなるかもしれない。好きだった気持ちが、好きじゃないに塗り替えられてしまうかもしれない。ゆかちゃんはそれでいいの?」


「こなたが、ゆかのこと嫌いになる……?」


「こなたちゃんには、帰らなきゃいけない場所があるんだよ。こなたちゃんをそこに帰らせてあげてほしいんだ。仲のいい、友だちとして、笑顔でさ。ゆかちゃんも、こなたちゃんに笑っていてほしいでしょ?」 


 余裕がなかったから、靴を履いたまま、服を着たままふたりを追いかけて海に入ってしまった。

 そのせいで身体が思うように動かせない。


 海は荒れてはいないけど、波と砂に足を取られてバランスを崩しそうになる。


「ゆか、ゆかは……」

「こなたも、ゆかには笑っててほしいよ」


 こなたちゃんが、かろうじて海の上に顔を出した状態でゆかちゃんに笑いかける。

 その時、がくんとこなたちゃんの体が沈んだ。 


「こなたちゃん!」


 折悪く波が押し寄せる。

 波が、いつの間にか高くなってきている。


「こなた! こなた!!」


 ゆかちゃんが必死に呼びかけるけれど、こなたちゃんはなかなか浮かんでこない。


 くそっ!


 波に逆らうように、海に潜る。


 こなたちゃん、どこだ!?


「ここ! ここよ!」


 息をするために浮かぶと、おさげのほどけたゆかちゃんが必死に叫んでいた。

 かなり流されている。


 服が体にまとわりつく。腕も足も、思うように動かない。 


 それでも、なんとかゆかちゃんのところまで泳いで近づき、そのまま水中に潜る。

 海水が目に染みるけど、懸命に目を凝らす。いた!


「こなたちゃん!」


 海面まで引き上げて、声をかける。

 駄目だ、意識を失ってる。


 早く戻って、人工呼吸を――。


 そう思った時だった。


「逃げて!」


 ゆかちゃんの声に、はっと顔を上げると、大きな波がおれたちにかぶさるように迫っていた。


 呑まれる!


 おれはこなたちゃんを抱く腕に力を込めた。


 なにがあっても、こなたちゃんだけは助けないと。


 大きく息を吸うのと、波に呑み込まれるのはほとんど同時だった。


 波にもまれて、上下がわからなくなる。

 濡れた服に絡め取られた腕が、動かない。


 鼻と口から海水が入ってくる。


 こなたちゃんを連れて行かないと。


 そう思うのに、身体が言うことをきかない。

 このままではこなたちゃんを失ってしまう。


 誰か! 誰か、せめてこなたちゃんだけでも。   


 誰か―――――。


 救いを求める。


 その時だった。


 突然、ぐいと強い力で体を引っ張られた。

 何が起きたかわからないまま、こなたちゃんと引きはがされないようにと腕に力をこめる。


 と、顔が水の外へ出た。


 急に酸素が流れ込んで、げほげほとむせる。


「おいおい、こんな夜中に海水浴とか大層な趣味じゃねえか、まったく」


「キ、キヨ……?」

「おう。このまま浜まで飛ぶぞ。こなたを落とすなよ」 


 体が、海面の上に浮いていた。

 こなたちゃん諸共、荷物のように小脇に抱えられている。


 ぎょっとしてキヨを見ると、その背に黒い羽が見えた。

 その羽のおかげで、おれたちは今、海上に留まれているらしい。


 その姿は――天狗?


 ただの留守番だって言ったくせに――。


「人間だとは言ってない。すぐ浜に着く。話はそれからだ」


 おれの言いたいことが伝わったのか、キヨはおれを一瞥してそれだけ言うと、本当に一瞬で砂浜までおれたちを届けた。

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