42.こなたちゃんと女の子
途中、散歩がてら少し遠回りをしながら天音さんと一緒にアパートへ戻った。
いつものように階段のところで別れて庭にまわると、大家さんちの垣根の向こうで東風さんがおろおろしていた。
「こんばんは、東風さん。どうかしたんですか?」
「こなたがまだ帰ってこないのよ。お友だちと一緒にお祭りに行くって出かけていったんだけど、いつも暗くなる前には帰って来るのに」
「ああ、昼間、境内でこなたちゃん見ましたよ。確かに友だちと一緒でした。そのあとはちょっとどたばたしてて見かけてはないんですけど……。花火を見に行くとか、言ってなかったんですか? 花火を見てたなら、このくらいの時間になるかも」
「花火は時間が遅くなるから……。まだ小学生だし、子どもだけで行かせるのは少し怖いでしょ? だからお友だちと行くのはもう少し大きくなったらね、って言ったのよ。そしたらこなた、わかったって返事をしたのに」
確かに、祭りとはいえ、会場の海も、海までの道も、特別に照明が設置されるわけじゃないし、花火大会ということでいろんな人が集まってきている。
町内とはいえ、子ども、しかも女の子たちだけで行かせるのは心配だ。
何百年も生きている妖怪だって仲間に迎えに来てもらうような事態に陥ったわけだし。
「こなたちゃん、約束は守る子ですよね」
「ええ。それにもし花火を見てたとしても、そろそろ帰って来てないとおかしいでしょ?」
おれはスマホを取り出した。花火が終わってから、三十分近く経っている。
海までは子どもの足でも十分ちょっと。
話しながら歩いても、ここまで遅くはならないか。
「こなたちゃん、携帯持ってないんですか? 持ってるなら、ちょっとかけてみますよ」
「持ってるけど、前もって電話帳に登録してある番号としかやりとりできないように設定してあるの。家族とか、友だちとかね。何度もお母さんが電話してるんだけど出ないみたいで。今、捜索願を出そうかって話になってるのよ」
東風さんのお母さんということは大家さんだ。
大家さんもきっと随分心配しているんだろう。
「八上に電話して、こなたちゃんを見かけなかったか訊いてみます。きっと尋さんも一緒にいるだろうし」
コールすると、すぐに八上が出た。
「八上、こなたちゃん見なかったか? まだ家に帰ってないって、みんな心配してるんだけど、なにか心当たりとかあるか?」
なにどうしたの? という尋さんの声が後ろから聞こえる。
『こなたが? いや見てないな。尋、おまえこなた見かけたか? まだ家に帰ってないらしいんだけど』
『見てないわよ。それより、ちょっとそれスピーカーにして』
がさがさというノイズのあと『もしもし狭霧?』と尋さんの声が電話口から聞こえた。
「あ、はい。狭霧です」
『今日はありがとう。心配かけて悪かったわね』
「いえ。無事そうでなによりです」
『おかげさまで。それで、こなたちゃんを捜せばいいのね? なにか手がかりはあるの?』
「お祭りに友だちと来てたのは確認したんですけど、そのあとの足取りがつかめなくて。花火には行かずに帰る、っていう話だったみたいなんですけど」
『友だちと一緒? わたしも境内でこなたちゃんを見たけど、その時はひとりだったわね』
「何時ごろですか?」
『まだ結構早い時間だったから午前中だと思うけど……。恙、あんた今日こなたちゃん見た?』
『見た見た。狭霧と酒樽運んでる時見たよな。まだ神輿の出る前だったと思うけど、あの時もひとりだったぜ』
電話の向こうで交わされる尋さんと八上の会話を聞いていて、おれは「え?」と首を捻った。
「ちょっと待って八上。おれたちがこなたちゃんを見かけた時、こなたちゃん女の子の友だちと一緒だっただろ?」
『えぇ? いやひとりだっただろ。見間違えじゃねーと思うけど』
「白いワンピースを着た、おさげの女の子だよ?」
『だから見てねーよ。こなたは美人になるなって話した時だろ? あの時こなたひとりだったじゃねーか』
「え……?」
それじゃあ、おれが見たあの女の子はいったい誰なんだ?
「こなた、まさか……」
おれと八上たちとの会話を聞いていた東風さんが、口元を覆う。
おれが見たはずのこなたちゃんの友だちを、八上は見ていなかった。尋さんも見ていなかった。
そういうことか。
おれは唇を噛んだ。
おれには、他の人と違うところが、もう一つある。
もう、この世にいないはずのひとの姿が、生きている人間と同じように見えてしまうんだ。
おれには見えて、他の人には見えていなかった女の子――。
こなたちゃんと一緒にいたあの女の子は、きっともう死んでいる。




