41.天音の気持ち
すごくどきどきした、授与所でのお手伝いが終わったあと、花火大会でまたどきどきした。
尋さんが男の人たちといなくなったり、恙くんが彼女さんと現れたり、いろいろあったけど、そういえばわたしあまり怖くなかったな、と今更思う。
知らない男のひとたちに囲まれた時は少しびっくりしたけど、すぐに尋さんの知りあいだってわかったし。
もしかしたら境内で雨音をさせてしまっていたかもしれないけど、きっとお囃子が掻き消してくれた。
そのあとはずっと大和くんが一緒にいてくれた。
みんなで見るはずだった花火を大和くんとふたりきりで見ることになったのはちょっと緊張したけど、黙って並んで座っているだけでも大和くんからは優しい空気が伝わってきて、一緒にいるとすごく落ち着く。
落ち着くのに、近くに大和くんがいると心臓が早く動きだして、胸がきゅってなったりする。
でもそれがいやじゃない。
手を繋いでくれた時は、すごく嬉しかった。
こんな時間がずっと続くといいな。
そんな風に感じることができるのは久しぶりだった。
世界はとても攻撃的で、誰もがきっと深く考えないままとても簡単に言葉を振り回していて、その矛先がわたしに向けられたらと思うとすごく恐ろしくて、こんな世界なくなってしまえばいいって思ってた。
わたしは恐ろしい世界とは別の、わたしだけの世界に閉じこもった。
そこは恐ろしいことがない代わりにとても寂しい世界で、でもその程度の代償で済むのならそちらのほうがずっといいと思ってた。
でも。
尋さんに導かれて、わたしは恐ろしい世界に戻ってきた。
それでも自分だけはその世界とは一線を画した、半歩くらいずれた別の世界を生きているつもりでいた。
わたしと、わたしの周りの優しい人たちだけの世界を。
わたしの周りの優しい人たちは恐ろしい世界とわたしたちの世界を行き来するけれど、わたしだけは決して外の世界に踏み出さないと決めていた。
でも、わたしたちの世界に大和くんが加わってから、わたしの中でなにかが少し変わり始めた。
最初、大和くんも世界に怯えている、わたしと同類のひとだと思った。
でもすぐにそれは違うってわかった。
大和くんは怯えながらも、怖い世界で生きていた。
ひとに触れることに怯えながら、それでもひとの中で生きていた。
大学の構内で大和くんを見かけた時、大和くんはいつもきゅっと口を引き結んで、真っ直ぐ前を見据えて歩いていた。
その横顔からは強い気持ちと覚悟が感じられて、わたしはどきっとした。
俯いて周りの世界を拒絶しているわたしとは、全然違った。
アミーガの前を通り過ぎた時、アルバイトをしている大和くんを見かけた。
大和くんはやっぱりきゅっと口を引き結んで、それでもお客さんがくるとちょっとぎこちない、でも優しい笑顔を浮かべて接客していた。
怖い世界の住人を前にしても、ちゃんと向き合ってた。
尋さんや恙くんはわたしなんかよりずっとずっと長生きしてて、いろんなことを知ってて、強くて、わたしなんかとは全然違って当たり前だって思ってた。
でも大和くんは、わたしと同じだけしか生きてなくて、わたしと同じように怯えながら生きているのに、彼の世界は閉じてなかった。
過去になにかがあったことは察せられるけれど、それでも、少なくともわたしの前に現れた時の大和くんは、そうだった。
いつもあんなに穏やかで優しいのに、大和くんの中には世界と対峙する強いなにかがあった。
そんな大和くんに惹かれた。
だから、わたしの弱さのせいで大和くんを苦しめてしまった時、わたしはどうしていいかわからなくなった。
あんなにがんばっていた大和くんの心を、わたしが折ってしまった。
取り返しのつかないことをしてしまったって後悔に押しつぶされそうだった。
なんてことをしてしまったんだろうって、自分のしたことが恐ろしかった。
わたしがもっと強かったら、こんなことにはならなかったのにって。
でも、再びわたしの前に現れた大和くんはやっぱり優しくて、強かった。
わたしのしたことを、取り返しのつくことにしてくれたのは大和くんの強さだ。
だからわたしは、大和くんの強さにだけ頼ってちゃだめなんだって思った。
わたしも、強くなりたいって思った。
大和くんの足をひっぱるんじゃなくて、前を向いて歩く大和くんの隣を、一緒に顔を上げて歩きたいって。
授与所でのご奉仕は、ちゃんとがんばれたと思う。
わたしにとっては快挙だ。
だからきっと、これはご褒美なんだ。
つないだ右手から手袋越しに伝わる大和くんの大きな手の感触にどきどきしながら思う。
周りにはたくさんの人がいて、大和くんはまだちょっと緊張した顔をしているし、わたしもいつ怖い言葉が耳に届くかとびくびくしてるけど、でも大和くんと手をつないでいると、大丈夫だって思える。
わたしの世界と怖い世界の境目はいつしか曖昧になって、重なっていた。
わたしも大和くんの生きる世界を一緒に生きたいって思ったんだ。
だから。
だから大和くん、絶対に死んだりしないで。
ぎゅっと思わずつないだ手を強く握ってしまって、それに気づいた大和くんが「どうかした?」とこちらを見て首を傾げる。
きゅっと胸が苦しくなる。
ううん、とわたしは首を横に振った。
時々、どうしようもなく不安に駆られる。
大和くんがいなくならないように、この手をずっと握っていられたらいいのに。
捕まえていられたらいいのに。
そう、強く強く、思った。




