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36.境界

 空が茜色に染まり、境内はまだ賑わっているもののおれたちの仕事はほぼ終わっていた。


 最後に境内の見回りをして、大きなゴミや放置された空き缶などを集めて社務所の裏へ持って行く。


 途中、ちらりと授与所の様子を窺うと、天音さんも尋さんも特に変わった様子なく応対をしていた。 


 昼過ぎに一度、休憩に入ろうとしている尋さんと天音さんが男に絡まれそうになったらしいけれど、つっちーが丸まった状態で体当たりを決め、その隙にふたりは無事避難できたらしい。


 と、つっちーが報告にきた。


 お礼にとりんご飴を買って差し出すと、『わ、わしは当然のことをしただけでおまえに礼をされるいわれなどないが、くれるというのであればもらってやってもいいぞ』なんて言いながらも受け取ってくれた。


 その後つっちーはりんご飴を片手に天音さんの警護へ戻って行ったはずだけど、とりあえず目につく範囲にはいないようだ。


 どこにいるんだろう、と周囲をぐるりと見渡すと、授与所の前に張り出した木の枝の上に、ちらりとぶら下がる紐みたいなものを見つけた。


 たぶん、つっちーの尾だ。


 あの位置なら天音さんの危機を見逃すはずもない。

 ナイスだつっちー。


 おれはつっちーに好かれてないみたいだけど、おれのほうは別につっちーのことが嫌いじゃない。

 むしろ好きだと思う。


 仲間意識みたいなのを勝手に抱いてるんだけど、それを知ったら冗談じゃない、とつっちーにまた噛みつかれるかもしれない。


「花火ってどこで上がるんだ?」


 ごみを下ろして、ふう、と腰を伸ばす。


「海岸。そんなでかい規模じゃねーけど、近くで見られるし混まないし地元民には好評なんだぜ。でかいのは来週大学の近くで上がる花火かな。あれはこの辺じゃ最大規模だけど、近くで見ようと思ったらすげー混むんだよな。道路もちっとも動かない自動車でいっぱいになるし。近くまで行かなくてもいいなら、高い建物を避ければこの辺からでも充分見られるけどな」


「八上は、花火どうする?」

「あー」


 八上が困ったように、頭をぽりぽりと掻く。


 梨花さんはこのメンバーで花火を見に行くと思っているようだったけど、おれたちは……少なくともおれは尋さんからなにも聞かされていなかった。

 たぶん八上も。


「彼女と約束してるのか?」


「そうなんだよな。手伝いのあとのことまでは聞いてなかったし、あいつのほうは今更断れねーし。悪ぃけど、あとは任せていいか?」


「でも……」

「尋にはあとで埋め合わせするから。仲間として」


 埋め合わせ。


 きっと、この何百年かで、尋さんと八上のあいだにこういうことは何度もあったんだろう。


 けど、目の前で尋さんがしょんぼりする姿を見るのはやっぱり辛い。

 かといって、先約があるわけだし、おれにどうこうできるわけでもないけど……。


「わかった」


 そう応えるしかなかった。

 ほんと悪い、と手を合わせて、八上が参道とは別の出口から境内を出て行った。


 空の色が橙から藍へと移りかわってゆく。


 逢魔時。

 昼と夜の狭間。


 日が沈み、あやかしたちが活動し始める時間といわれる。


 けれどおれたちは昼日中も人間のように動き回るし、人間だって深夜も平気で外出する。

 オールでカラオケしててさー、なんて会話を耳にすることも多い。


 昔より、境界があいまいになっているのかもしれない。


 例えば、髪切りや恙は、昔から人に似た姿をしていたんだろうか。

 もしかしたら昔はもっと人間とは異なる容姿をしていて、それがだんだん人に近づいてきたのかもしれない。


 人間に混じって暮らすうちに、似てきたのかもしれない。

 人間にだって、人外じみた奴はいっぱいいるじゃないか。


 ふと、そんなことを、考えた。

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