34.見つからない答え
「おれたちはさ、ほんと厄介だよな」
どこか遠くへ視線を向けながら八上が呟くように言う。
「え?」
「人間とほとんど変わらない外見をしていながら、人間と同じように生きられない。俺は血を、おまえは髪を必要とするし、尋はでかくなる危険、天音は雨音を響かせる恐怖と常に隣り合わせだ。狐狸だって人を化かすくらいのことはするのに、おれたちにはそれすらできない。俺や尋は長寿だけど、不死ってわけじゃないしな」
「それはおれも思ったことがあるけど……」
それが今の話とどうつながるのか、と首を捻る。
「おれなんて吸血鬼の劣化版じゃねーの、って時々思ったりしてさ。吸血鬼は血を吸った相手を眷属にできるとか、人外の能力があるとか、血を吸う相手に快楽を与えられる、とかさ、いろいろあるわけじゃん。
でもおれは血を吸わないと生きられない以外、人間とほとんど変わらないし、血を吸う時相手に与えるのは快楽じゃなくてただ単純に歯で皮膚を突き破る際の激痛だけだ。
狭霧も見ただろ? あいつが苦しむの。本当に痛ぇんだよ。麻酔もなにもなく、こんなもん突き立てられるんだから当然だけどな」
狭霧がにっと口の端を上げると、鋭い犬歯がちらりと顔を出した。
「それは……辛いと思うけど」
「だろ? たとえばさ、俺に好きな女がいてつきあうとなると、いくら生きる為とはいえ他の女の血を吸うわけにはいかねーだろ。俺は血をもらう代償に相手の要望にできる限り応える。応えなきゃいけねーと思ってる。
でも恋人がいたらそういうのできねーじゃん。となると、生きる為に恋人の血を吸うことになるだろうけどさ。
狭霧おまえできるか? 自分が愛してる女に傷をつけて苦痛を与えるんだぜ? しかも、自分がどれだけ生きるかわかんねー。生きてるあいだ、つきあってるあいだ、ずっとその女を苦しめ続けるのかよ? そんな自分が許せるか?」
はっとした。
おれはもう髪を食わないと決めていたけれど、結局キヨに無理やり食わされた。
そのおかげで今こうして暑い最中動き回ってもとりあえず倒れたりはしないけれど、天音さんに、哀しませるようなことはしないと約束してしまった以上、おれもいずれは誰かの髪を食わなければならない。
じゃあ、いったい誰の髪を?
八上の悩みが、急にリアルな問題として自分にも降りかかる。
恋人がいたら……と考えると、頭にはどうしても天音さんの姿が浮かぶ。
好きな気持ちは強くなる一方だ。
その天音さんと万が一、つきあえたとして……おれはあの髪を切れるか?
絶対にいやだ。
あのきれいな髪を、切り落とすなんてできない。
それに、一束だけ短くなると、あとが大変なんだ。
おれは母さんの髪を食っていたし、母さんもおれの髪を食ってたわけだけど、お互いに髪はすごく長かった。
おれは引きこもっていたから毛先がざんばらでも問題なかったけど、母さんは上手に結い上げてわからないようにしていた。
下ろしたまま外を歩くと、人目を引くだろうから。
母さんが黄泉路についたあと、おれは髪を短く切ってからこちらへ来た。
もう、おれの髪を食べる人はいないからだ。
おれは男だし、髪は短いほうが楽だとしみじみ思っているわけだけど。
おれが天音さんの髪を一度でも食ってしまえば、天音さんは長さが揃うまで髪を下ろせなくなる。
あんなにきれいな髪なのに。
それに、髪を切るのに肉体的苦痛は伴わないけど、もしそれが激痛を伴うものだったとしたら?
八上の彼女のように、あんなに苦しむのだとしたら……。
黙り込んだおれを前に、八上はおれの頭の中を覗いたように「できねーだろ?」と言うと小さく笑った。
「でも、じゃあ、つまり八上は……。八上の気持ちは……」
「できねー以上、仮定の話を続ける意味はねーよ。おれと尋は腐れ縁の妖怪仲間。これまでだってずっとそうだったし、これからも変わらねー」
これからも変わらない。
それで本当にいいのか? それはつまり、尋さんが哀しみ続けることなんじゃないのか。
そして八上も……。
そう思うけど、おれにはこれ以上伝えられる言葉がなかった。
じゃあどうすればいいんだよ。
その問いの答えを、おれは見つけられていないから。




