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32お祭り当日

「さあ、いよいよ今日は本番ね。ぱーんとひとつがんばるわよ! おー!」


 巫女装束を着込んだ尋さんが、握りこぶしを振り上げる。


 ぱーんと、のところがちょっとよくわからないけど、弾けてこうぜ、とかそういうニュアンスなんだろうな。 


 なんてことを考えていたせいで反応が遅れた。


 右に立つ八上はだるそうに頭を掻いているし、左に立つ天音さんは「おー」の声に合わせてきゅっと拳を握っただけで、その手が空へ向かって上げられることはなかった。


「お、おー」


 慌てて拳を突き上げたけれど、すっかりタイミングを逃したおれの声はすごく間抜けだった。


「き、あ、い、入、れ、てっ!」

「おー」


 今度はなんとか三人分の声が重なった。

 天音さんの声は耳を澄まさないと聞こえないくらい小さいけど、おれにはちゃんと聞こえた。


 それにしても、とちらりと天音さんの横顔を盗み見る。

 やっぱりというか当たり前に巫女さん姿の天音さんは超絶可愛かった。


 こんなに可愛い天音さんにお守りを手渡させるなんて、危険すぎる。

 変な連中がやってきて怖い思いをしないだろうかと心配だ。


 尋さんは、これもリハビリの一環よ、なんて言ってたけど……。


「ぃ()ってぇ!!」  


 天音さんに見惚れていると脛に痛みがはしった。


「不埒な奴めっ! 天音を変な目で見るな下郎がっ」


 変化をしたつっちーがぎゃんぎゃんとおれを非難する。

 でも今のおれにとってつっちーは救いの神だ。


「つっちー、いつ戻って来たんだ?」

「今だ。急いで戻ってきてよかったわ。これだから気が抜けん!」


 きっとおれを睨み上げてくるつっちーのその眼光すらも今は嬉しい。


「お母さんの容体はいいのか?」


 つっちーは母親の看病のため山に帰省したいたはずだ。


「ああ。すっかり元気だ。下種のくせにわしの母上様の心配をするとはいい心がけだぞ」


 ふん、とつっちーが鼻を鳴らす。


「それはよかったよ。そこでつっちー、頼みがあるんだけど」

「誰がおまえなんかの頼みをきくか」


「これから天音さんがあそこでお守りを渡す仕事をするんだ。見ての通り今日はお祭りで、男連中がそりゃあもうたくさんくる。だからつっちーには天音さんを見守ってもらいたいんだ」


「なっ、なんだと!? いや確かになんで巫女の格好をしているんだろうとは思っていたが……。天音、大丈夫なのか? その役目、わしが代わってやろうか?」


 途端につっちーは動揺して落ち着きがなくなる。

 こちらの思惑通りの反応でよかった。


 ところがつっちーがせっかく声をかけたのに、天音さんはふるふると首を横に振る。 


「わたし、やるから大丈夫」

「天音ぇ? どうしたんだ? きっと怖いぞ? やめとけよ」


「大丈夫よ。お祭りのあいだはずっとお囃子を流すって話だし、多少雨音がしてもそれ以上に騒がしければ聞こえないわ。なにより、わたしが天音っちの隣にいるのよ。ちゃんと守るわよ」


 尋さんが巫女装束の袖をめくり上げて、力こぶを作る。


「ただ小さかったりでかかったりするだけの女が何程の役に立つというのか」


 つっちーが面白くなさそうに「けっ」と吐き捨てると、尋さんがそのこめかみを拳で挟んでぐりぐりやり始める。


「今すぐ謝るならやめてあげなくもないけど?」

「ふっ、ふん。誰がおまえなんかに謝っ……痛い痛いごめんなさい」


 解放された頭を抱えてしゃがみ込むつっちーを見下ろしてふん、と尋さんが鼻を鳴らす。


「はい、じゃあ解散。恙と狭霧は青年部の人たちの手伝い。わたしたちは授与所で持ち場につくわよ、天音っち」


 こくり、と天音さんが頷く。

 その横顔が少し硬く感じるのは、やっぱり緊張しているからなんだろうな。


「もしなにかあったら電話してよ。おれ、すぐに行くから」


 案内やら雑用やらに追われてなかなか天音さんの様子を見には行けないだろうけれど、スマホの番号は教えてある。


「もし、逃げたくなったら……また、バイクに乗せてくれる?」


 ちらりと上目づかいで見られて、心臓がばくんと跳ねる。


「も、もちろんだよ。すぐに連れ出してあげるよ」


 おれが請け合うと、天音さんはほっとしたように笑った。

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