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3.大家さんのお孫さん

 大学から家までは自転車で二十分くらい。

 大学は駅から少し離れているから、電車を使うよりも自転車のほうが便利だ。


 途中でスーパーや書店に寄って買い物ができるし、その日の気分で近所の探検もできる。

 

 入学式を終えたおれはサークル勧誘のすごい人ごみをなんとかくぐり抜け、スーパーに寄ってゴミ袋や惣菜を買ってからアパートに戻った。


 アパートは二階建てで、各階四部屋ずつ。おれの部屋は一階の一番手前だ。


 自転車を駐輪スペースに停めていると「こんにちは」と背後から声をかけられた。


「あ、こんにち……は」


 慌てて振り返っても人の姿がない。


 視線を下げて、初めてそこに小さな女の子がいることに気づいた。


 長い髪を高い位置でポニーテールにして、肩から大きなキャンディ型のポシェットを斜めにかけている。ぱっと見た感じ小学校の低学年くらいに見える。


「あなた、新しく引っ越してきた人ね? こんな昼間からスーパーの袋を下げてうろうろしてるなんてよっぽど暇なのね。こなたは、本当はすごーく忙しいんだけど、新入りさんには優しくしてあげなきゃだから、近所を案内してあげてもいいわよ?」


 腰に両手を当てて胸を逸らせ、つん、と顎を上げる。


「あ、えーと、こなたちゃん? は、もしかして大家さんのところの……?」


 引っ越してきた時、アパートの隣に住む大家さんのところへ挨拶に行った。大家のおばあちゃんは、確か小学生の孫がいると言っていたはずだ。


「そうよ。こなたは、羽衣石(うえし)こなた。小学六年生よ」

「え、六年生!?」


 小柄なのに加えて、くりんとした大きな目や、ぷっくらとした頬のせいで、実際の年齢よりも幼く見えてしまったらしい。


「ええ、六年生よ。あなたがなにを考えているのかは想像がつくわ。初対面で失礼な人ね。ついでに言わせてもらうなら、相手が名乗っているんだからあなたも名乗るべきじゃないの?」


 それにしても、六年生とはいえ随分としっかりとした言い回しをする子だなぁ、と感心する。


 しゃべり方は少し舌っ足らずだし、自分のことを名前で呼んでいるから、外見と同じように年齢よりも少し幼いように感じるんだけど、言葉遣いがなんというか大人びてる。


 自分が小六だったころと比べるとかなり違う。

 男女の差なのか、それとも最近の子はみんなこうなのか。


「ああ、ごめん。おれは大和狭霧。大学一年生だよ。今日は入学式で、今、それが終わって帰ってきたところなんだ」 


 さりげなく、なにも暇に任せてぷらぷらしているわけじゃないんだよ、とアピールしてみる。

 小学生相手にそんなつまらない見栄を張る必要はないかもしれないけれど。


「ふぅん。で、知っておきたいところとかある?」

「え?」


 アピールは軽くスルーされた。


「こなたの話、聞いてなかったの? このあたりを案内してあげるから、さっさと荷物を家に置いてきたらどう? とりあえず病院とか郵便局の場所は知っておいたほうがいいんじゃないかしら」


「え、いや、聞いてたけど……。でも、あ、案内はまた今度にでも……」


 自転車のかごから出したエコバッグを手に提げて、じりっとあとずさる。


 六年前までは自分も小学生だったはずなのに、今となっては小学生の相手なんてどうすればいいのかわからない。


 しかも相手は女の子だ。


 子どもらしい柔らかそうなポニーテールにピンク色のシュシュをつけた、可愛い女の子。


 いやいやいや、別におれは小さな女の子に対して特別な興味をもつような趣味嗜好はもってないんだけど。

 断じてそれは違うんだけれども。 


「今度っていつ? そういう曖昧なのって、こなた嫌いよ」

「嫌い……。そ、そうかぁ。えーっと……いつって言われると、そうだなぁ……」


「それじゃあ訊くけど、狭霧はこれからなにか用があるの?」

「用、というか、引っ越しの片づけの続きをやろうかなぁ……なんて」


「そう。じゃあこなたが手伝ってあげるから、さっさと終わらせてしまいましょう」

「ええっ!?」  


 上手い言い訳が見つかってラッキーと思っていたら、予想外な切り返しがきた。

 しかもこんな小さな子にまで名前を呼び捨てにされている。


「部屋は一号室よね?」


 言うなり、こなたちゃんがてくてくとおれの部屋に向かってゆく。


「えっ、あ、うん、そうだけど。……ってちょ、ちょちょちょちょっと待って。わかった。わかったから!」


 慌ててこなたちゃんとドアのあいだに体を割り込ませた。


 今のご時世、大学生の男が女児を部屋に連れ込んだなんて誰かに知られたらどうなることか……。


「わかったって、なにが?」


「引っ越しの片づけはあとで自分でやるから。だから、案内をお願いするよ。その代わり、あまり遅くならない範囲で頼みたいんだけど」


 おれのお願いを聞いて、こなたちゃんがふふんと笑う。


「それでいいのなら、最初からそう言えばよかったのに」

「う、うん……。まあ、いろいろ事情があってね……」


「ああ、部屋に、見られちゃいけないなにかがあるのね。引っ越してきたばかりなのに、これだから男の人って!」 

「はぁっ!? ち、違うよ!」


 反射的に否定してしまってから、いやちょっと待て、と考える。


 そもそも、こなたちゃんの想像しているものとおれの頭に浮かんだものはイコールなのか? それで正しいのか? 正しかったら正しかったで問題なような気もするけど。 


 ――っていうか今どきの小学生は男のなにをいったいどこまで知ってるんだ。


 こなたちゃんのじとっとした視線にさらされながら、下手に釈明するのもまずい気がして、おれは沈黙するしかなかった。


「はいはい。事情があるのよね。わかったわ。だからさっさと荷物を置きましょう」


 だから違うんだって! と心の中で否定しつつ、けれどこれ以上この話題をひっぱりたくなくて、結局おれはなにも言い返せないままドアの鍵を開けた。

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