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29.天音の思いと、ふたりのアパート

「わたしはね、きれいだって思ったの」


 家まで送ってもらう途中、わたしは並んで歩く大和くんに伝えた。


 大和くんは目を瞠って、足を止めた。


「え?」

「大和くんが髪を食べるところ。きらきら光って、きれいだなって思ったよ」


 最初、玄関の床に大和くんが倒れているのを見た時、びっくりしすぎて動くことも声を出すこともできなかった。


 すぐにキヨが来て、大和くんは立ち上がって歩き出したけど、目の焦点は定まってなくて、戸口に立っているわたしには気づかなかったみたいだった。


 怖いと感じたのは、キヨが『死』という言葉を口にした時。

 大和くんがいなくなるかもしれないって考えたら、すごく怖くなった。


 一方、大和くんは自分が髪を食べるのを見られることに怯えているようだった。

 だから、そんなに怯えなくてもいいんだよ、って伝えたかった。


 わたしの気持ちを話して、少しでも大和くんの気持ちが楽になってくれたらいいなって。


「……そんな風に言われたのは、初めてだよ」


 大和くんがはにかむ。


「そうなの!?」


 わたしにとっては、あれを見てきれいだと感じない人がいることのほうが驚きだ。


「でも……そういえば、もうずっと子どもの頃、髪を食べる母さんを見て、おれも天音さんと同じようにきれいだなって思ったことがあったよ。すっかり忘れてたけど、天音さんのおかげで思い出した。ありがとう」


 大和くんが穏やかに笑う。

 さらりと風が吹いて大和くんの前髪を揺らした。


「どういたしまして」


 わたしは本当のことを言っただけだもの。


 だから大和くん、お願いだから、もう、死んでもいいなんて考えないで。

 心の底から、そう願った。  



   ※※※



 天音さんを家まで送ったところ、なんと同じアパートの二階に住んでいたことが判明した。


 そんな馬鹿な。


 こんなことがあっていいのかと驚いたけれど、朝早く家を出てバイトに行き夜も暗くなってから帰って来るおれに対して、天音さんは、朝はゆっくり夜はさっさと家に帰る、という生活を送っているらしく、どうりで会わないはずだと納得した。


 最初に見かけたのが最寄駅だったから、そう遠くないだろうとは思っていたけれど。


 二階へ続く階段の下で軽く手を上げると、天音さんは「ん」と言って小さく手を振って上っていった。


 こつこつこつという足音が遠のき、バタンとドアの閉まる音が聞こえたところでおれも自分の部屋へ帰ろうと庭へ回る。


 最近、庭の窓は鍵を開けっ放しにしておいて、そちらから出入りするようになってしまった。


 いちいち玄関の鍵を開け閉めするのが面倒なのと、たとえ泥棒に入られても盗まれるような金目のものなんてこの部屋にはないからだ。


「あら、おかえりなさい~。あ、天音ちゃんと帰って来たの?」


 ひょい、と東風さんが垣根の向こうに姿を現した。


「ええ、おれ、天音さんがここに住んでるなんて知らなくて。びっくりしました」 

「住所聞いてなかったの?」


「よほど理由がないと住所なんて訊かないじゃないですか。なんかストーカーとかと疑われたらいやだし」


 現につっちーには一度疑われたし。


「え~、ストーカー? そんなの疑うかなぁ」

「それに、あんまり天音さんって自分のこと話さないですよね」


「んー。まあ、天音ちゃんは自分のことに限らず、デフォで口数が多くないからね~」 

「ですよね」


 そういえばこんな話をしていたら上の部屋の天音さんにも聞こえるんじゃないかな、と上を仰ぎ見た。

 天音さんの部屋は灯りがついていたけれど、窓に天音さんの姿はなかった。


「気になるの? 青春だね~」


 よきかなよきかな、と東風さんが楽しそうに笑う。


「た、ただの友だちですよ。同じサークルの」


 慌てて説明するけれど、はいはいと流されてしまった。

 こういう時は話題を変えるに限る。


「そういえば、こなたちゃん帰って来ました?」

「こなた? うん。どのくらい前だったかなぁ、暗くなる前には帰ってきたよ。どうして?」


「神社で友だちと遊んでるの見かけたのが六時くらいだったんで。無事帰ってたんなら、よかったです」

「わぁ、気にかけてくれたんだね。ありがと。そっか、こなた友だちと一緒だったのかぁ。それはよかった」


 うん、よかったなぁ。と薄っすら涙を浮かべて繰り返している。


「一緒にブランコで遊んでましたよ。ふたりで仲よさそうに」


 心配には及ばない、と伝えようと付け加えると、ありがと、と東風さんが笑みを浮かべた。


「こなたはさ、わたしの都合でこっちに引っ越すことになって、小学校転校することになったでしょう? 言葉が違うとか、最初の頃はやっぱりいろいろあって、なかなか学校に馴染めなかったみたいでね。最近は、友だちと遊ぶって言って出かけることが増えたけど、相手の名前とか教えてくれないから、どうしてるのかなぁって思ってたんだよね。そうかぁ、よかった」


 東風さんの話を聞いて、初めてその可能性に思い至る。


 確かに、ただでさえあの大人びた口調と態度ではクラスで浮きそうだけれど、それが転校生となれば、馴染むのは大変だっただろう。


 でも、友だちがいるんだから、きっともう大丈夫だ。

 自分の味方が傍にいてくれることは、とても心強いことだから。 

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