28.死なないで
どこへ行った?
見つけて問い詰めないと。
床に手をつき立ち上がろうとした時、背後でカタ、と小さな音が聞こえた。
ぎくっとして振り返る。視界の霞が晴れてゆく。
戸口の脇に、天音さんが立っていた。
澄んだ湖のような瞳が、おれを真っ直ぐに見ていた。
天音さんはなにも言わない。
いつからそこに……?
気づけば、ざあぁぁぁぁ、という雨音が響いている。
天音さんの背後に見える外は、雨が降っている様子はない。
「天音、さん……?」
恐るおそる名前を呼ぶ。
「大和くん……」
ぎゅっと握った天音さんの小さな拳が震えている。
そして目からはぼたぼたと涙があふれ出していた。
「天音さん、おれ……」
「わたし、すごく怖かった。大和くんが倒れて、大和くんが死ぬってキヨさんが言って……それで大和くんが光を吸い込んでまた苦しみだして……。本当に怖くて、わたし……」
全部、見られてたのか。
ああ、と天を仰ぐ。
よりによって、天音さんに見られるなんて。
絶望に目を閉じる。
「そうか。……気持ち悪いだろ、おれ。他の髪切りがどうかはわからないけど、おれは切った髪を食って生きてるんだ」
髪は女の命、という。
おれはその女の命を切るだけじゃなく、食うんだ。
女の子は、髪を切られたショックで悲鳴を上げ、それを食うおれを見てまた絶叫する。
おぞましいものを前にしたような目を向ける。
仕方がないと思う。
それが髪切りの性だとはいえ、女の子が生理的に受けつけないと感じるのはどうしようもないことだ。
でもだからこそ、天音さんには髪を食うところを見られたくなかった。
「気持ち悪い、って、どうして?」
「だって髪を食べるんだよ」
「そんなこと……そんなこと思わない。わたし、思わないよ……」
けれど天音さんの言葉とは反対に、雨音が強くなる。
数歩、玄関の中へ踏み込んだ天音さんは、すとんとその場に座り込んだ。
それ以上は、互いに近づかない。
止まらない涙をぐっと手でぬぐって、それでもまだ溢れる涙を何度もぬぐってから、天音さんはまっすぐにおれを見た。
手を伸ばせば届く距離。けれど伸ばさなければ触れることのない距離。
その場所から「死なないで」と天音さんが言った。
「え?」
「死なないって言って」
おれは驚いて天音さんを見つめ返す。
「でもおれは……」
「わたし、大和くんが死んじゃうかもしれないって思ったら怖くて、今もすごく怖くて……。だから、約束して……。いなくならないで、大和くん」
「おれが髪を食ったことに怯えてたんじゃ……?」
「そんなことに怯えたりしない。そんなの怖いわけないよ。大和くんが無事で、本当によかった。よかったよ……」
つうっとまた新たに涙がこぼれる。
天音さんはおれの死を怖がって、泣いてくれていた……?
胸が熱くなる。
さっきの、キヨの髪を食った時の熱さとはまた違う、優しい熱さだった。
死んでも仕方がないって、思ってた。
忌まれながら髪を食べ続けて生きるくらいなら、死んでもいいって思っていた。
それなのに。
おれは躊躇いながら、そっと左手を天音さんへ伸ばした。
溢れる涙を指先でそっと掬い取る。
「うん。死なない。死なないよ。大丈夫だから、安心して」
ん、と洟をすすりながら天音さんが頷くけれど、雨音はまだやまない。
「おれは死なないよ。もう、天音さんを怖がらせたり、しない。悲しませたりしないように、がんばるから……」
ん、ん。と天音さんが繰り返し頷く。
愛しい、と心から思った。
この人が愛しい。こんなにも。
左手を、そっと天音さんの背中にまわして、ぽんぽんと叩く。
少しでも天音さんが落ち着いてくれたらいい。
怖いのが、おさまってくれたらいい。
「大丈夫。大丈夫」
雨音がおさまるまで、おれはずっとその言葉を繰り返していた。




