27.キヨの髪
指先が久々のその感触に震える。
脳裏に昔の記憶が甦る。
散らばる髪。
響き渡る女の子の悲鳴。
おれは――。
「やめろっ!!」
キヨの手を振り払おうと力をこめる。
――と、今度はあっさりとキヨの手が離れた。
もう用済みだとばかりに。
ぎゅっと指先を拳の中に握り込む。
「なんでこんなっ、こんなことをっ!!」
動揺するおれとは反対に、キヨは動じることなく切り落された髪を掴み、おれの顔に近づけた。
「食え」
「食わない」
「俺の髪なんざ食いたくないかもしれねえが、贅沢を言ってる場合じゃねえだろうが。おまえ死ぬぞ。いいから食え」
「いやだ」
顔をそむけ、抵抗する。
もう髪は食わない。
もう一度外に出て、人間の中で暮らすことにした時、決めた。
食わずに生きられるところまで生きたら、それが寿命だと死を受け容れようと。
その代わり、それまではできることを精一杯やろうと、そう覚悟した。
「夜霧さんの後ろ髪を断ったのはおまえだろうが。送った責任は取れ」
「え?」
夜霧は、おれの母さんの名前だ。
どうしてそれを?
驚いて思わずキヨを見た隙をついて、髪の束をぐいと口に押しつけられた。
しまった、と思った時には、髪が淡く光を帯び始めていた。
髪切りは髪をその状態のまま食べるわけじゃない。
髪切りが髪を切るのは、刃物で切るのとは異なる原理によるものだ。
指先に宿るあやかしの力で断つ。
そしてそのあやかしの力の働きによって切られた髪の切断面は、通常の刃物で切られたそれとは性質を異にする。
異能の力に干渉され、粒子レベルでその存在が不安定になるのだという。
そこに髪切りが息を吹きかけると、髪はその存在を保てなくなる。
見ている者には髪がまるで光る砂に変化したように見える。
そしてそれら光の砂は、間を置かず、吹きかけられた息の軌跡を逆にたどるように口内に流れ込んでくる。
味はほとんどしない。
温かい空気を吸い込むような感じだ。
確かにそれが喉を通る感覚はあるけれど、舌に味は残らない。
けれど体の中にその熱はじんわりと広がる。
美しい髪ならその熱は体の隅々まで行き渡り、そうでないものなら熱は一瞬で消え去る。
痛んだ髪であれば、喉を通る時異物感を残す。
キヨの髪は驚くほど熱かった。
まるで内臓を焼くような強烈な熱さに耐えるように、おれは体を丸めた。
キヨの腕の中から床へと転げ落ちる。
腹の中から手足の先まで、冷え切っていたおれの体の隅々まで、尋常じゃない熱が伝わってゆく。
これまで感じたことのないそれをやり過ごすので精一杯で、動くことができない。
キヨには問いただしたいことがたくさんあるのに。
――そして。
熱が体に吸収され、ようやく動けるようになった時には、既にキヨの姿はなかった。




