26.食べるということ
山加外神社へ行くと、境内のブランコでこなたちゃんが同じくらいの年の子と一緒に遊んでいた。
夏だから日は長いけど、もうすぐ六時になる。
「あんまり遅くならないうちに帰りなよー」
両手に風呂敷を抱えたまま足を止めて声をかけると「はあい」といういい返事が戻ってきた。
それを聞いてから、社務所を目指す。
抱えている風呂敷の中身は、氏子のご婦人方が補修してくれた法被で、おれは公民館までそれを引き取りに行ってきたところだった。
夕方になって暑さは少し和らいだけれど、まだまだ暑い。
開きっぱなしの社務所の玄関を入り、廊下に風呂敷をどさりと下ろした。
「疲れたな……」
社務所の中はしんとしているから、まだ誰も戻ってきていないのかもしれない。
サークルのメンバーはそれぞれ仕事を言いつかり、出かけているはずだ。
天音さんはどこへ行ってるんだったかな。
そんなことを考えながら、上り框に腰を下ろそうとした時、ズキリという痛みが胸にはしった。
「ぐっ」
シャツの上から胸を押さえ、蹲る。
発作だ。
四肢の先からすうっと冷えてゆく感覚。
胸を締め付ける痛みは引く気配を見せない。
汗がこめかみを伝って落ちる。
よりによってこんな時に……。
心臓に杭を打ち込まれるような痛みに、呼吸も満足にできない。
ひゅうと喉が鳴る。
早く治まれ。こんなところを誰かに見られたら――。
「なんだぁ? そこは布団じゃねぇぞ?」
頭上から降ってきた声は、キヨのものだ。
出かけていなかったのか。
ぐっと奥歯を噛みしめて、身体を起こす。
上り框に手をかけ、渾身の力を込めて立ち上がる。
「わかってます。もう、大丈夫ですから」
擦れた声しか出なかったけれど、しゃべれただけでも御の字だ。
深く突っ込まれる前に、なんとか人目のないところまで行きたい。
霞む目でぼんやりと明るい出入り口を捉え、そちらへ進む。
「待てよ。おまえ顔色悪ぃぞ。ちゃんと食ってんのか?」
「食べてますよ」
足下がおぼつかない。
冷え切ってまるで感覚がないように感じる足を引きずり、振り向かないまま答えた。
「……それにしては随分と弱ってるじゃねぇか。嘘をついたって、俺には通用しねえぞ」
「嘘なんておれは……」
「じゃあ訊くが、最近髪を食ったのはいつだ?」
「なんでそれを……」
キヨは発作の原因に勘付いている?
髪は、こちらに来てからずっと食べてない。正確には、母さんが亡くなってから一度も。
頼める人がいなかったし、頼むつもりもなかった。
もともと、毎日食べるようなものじゃない。
週に一度、一束摂取すればいい程度だし、髪を食わないからといって、すぐにどうこうなるっていうものでもない。
ふいに、膝ががくりと折れた。
まずい。
床に倒れる寸前、がしっと身体を受け止められたのがわかった。
「すみません」
「おまえ……」
「でも、大丈夫ですから」
玄関の床に足を投げだした状態で、上体をキヨに抱きかかえられていることに気づいたおれはその腕から逃げようと、厚い胸板をぐいと押した。
けれど、がっちりと抱きかかえられていて動けない。
「キヨ……?」
ふいに、キヨが空いているほうの手で、おれの右手を持ち上げた。
「なっ……」
そのまま強引に右手の手袋をはぎ取る。
「やめてください!」
引き寄せようとした右手首をキヨに掴まれる。力比べでは敵わない。
なんでこいつはこんなに力が強いんだ、ちくしょう。
放せ、と呻りキヨを睨みつける。
「何故食わない」
「っ……食わなくても平気だから」
「この状態でよく言えるもんだな。ちっとも平気じゃねえじゃねえか」
「平気です」
まだ、平気なはずだ。
「いつだったか寝込んだって話を聞いたが、あの時からか?」
「あれは違います。ただの風邪だった」
「体のバランスが崩れているから風の神を引き寄せたんじゃないのか」
風の神と呼ばれるあやかしがいる。
そのあやかしに息を吹きかけられると病を得るという。
けれどあれは風の神にあったわけじゃない。
雨に濡れたせいだ。
「違う」
「どうだかな」
言うなり、キヨがなんの躊躇いもなく、おれの右を自分の伸びた横髪に近づけた。
「っっ!!」
指先がほのかに熱を帯びる。
髪に触れた、その瞬間。
――ざくりとキヨの髪が切り落とされ、おれの腹の上に散った。




