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24.よろしくの、賄賂

 目的の牧場までは、思ったほど遠くなかった。

 二十分も走れば山がすぐ近くに見え始め、途中休憩を挟みながらでも一時間かからず目的地に到着した。


 初めて後ろに人を乗せて走るおれも、初めてバイクの後ろに乗るという天音さんも、最初は戦々恐々としていたけれど、走らせているうちに少しずつ慣れてきた。

 ……と思う。


 コンビニで休憩を取った時、エンジンを切ると雨音が聞こえてびっくりした。


 どうやら走っているあいだも、天音さんはバイクに乗る怖さから雨音をさせてしまっていたようだけれど、エンジン音にかき消されておれには聞こえなかった。


 おそらく、周囲の車も気づかなかったと思う。


 やっぱり戻ろうか?


 そう切り出したおれに対して、天音さんはダメ、とはっきり拒否した。


『大丈夫。怖くないってわかってきたところだから、もうすぐ大丈夫になるから』と。


 本当に大丈夫なのか、と不安を感じなかったわけじゃない。


 でも天音さんのその言葉は強がりなどではなかったようで、最初はがちがちに強張って小さく震えていた天音さんの体からは次第に余分な力が抜けて震えが止まったし、変な汗をかいていたおれも背中に天音さんの感触があることを極力考えないようにして運転に集中することでなんとか安全運転をすることができた。


 牧場への道は思っていたほどカーブが多くなく、比較的まっすぐなだらかに山をのぼる感じだったから、ふたり乗り初心者のおれたちでもなんとかなった。


 平日の午後だからか到着した牧場はそれほど混みあっておらず、穏やかな空気に満ちていた。


 バイクを停めて、ログハウス風の建物の横を、天音さんに数歩遅れてついてゆく。

 天音さんは以前にも来たことがあるらしく、歩みに迷いがない。


 駐車場も完備されているし、どうやら観光客を迎えるための設備もしっかりしているところのようだ。


 道の脇にある建物の中に、白黒の模様がちらりと見えた。牛だ。

 さすが牧場。


 そんなことを考えながら眼前に芝生の広がる場所に出た時、おれは息を呑んだ。


「っ……すごい……」


 芝生の鮮やかな緑の向こうに、平地と海が見えた。

 伸びる半島や湖の美しさに目を奪われる。


 平野から伸びる半島はなだらかにしなる弓のように見事な曲線を描き、その両側では海と湖がそれぞれきらきらと輝いて見える。


 あまりにも簡単にたどり着けてしまったからいまいち実感が湧いていなかったけど、ついさっきまで海の近くにいたのに、今はもうこんなに高い場所にいるんだ。


 なんだか不思議な気がする。


 山加外ってこんなにきれいなところだったんだな。


 ソフトクリームとプリンのためだけにここまでのぼってきたから、こんなにも見事な景色が見られるとは思っていなかった。


 あ、ソフトクリームとプリン!


 我に返って天音さんを探すと、すぐ隣に立って、同じように景色を眺めていた。はぐれてなくてよかった。


「ごめん天音さん」


 謝ると、天音さんはきょとんとした顔でおれを見上げた。


「ソフトクリーム、買いに行こうか」

「ん。こっち」


 ログハウス風の建物に向かってゆく天音さんのあとに続く。


 建物の近くにはソフトクリームと書かれたのぼりが風にはためいている。

 建物の中は売店だった。レストランも入っているみたいだ。


 そういえばこの辺のおみやげってなんなんだろう、と思いながら並んでいるものを眺める。


 牧場らしく、乳製品のみやげものが多い。

 シュークリームやバウムクーヘンも美味しそうだな、と見ていたら、プリンを発見した。


 確かに瓶に入っていて、近くのPOPに当店限定の文字が躍っている。


 これを買えばいいんだな、とおれがチェックしているあいだに、天音さんはソフトクリーム売り場の前に立っていた。


「あっ、天音さん、お金はおれが出すよ」

「もう払ったから、いいよ」


「そんな……」


 おれがのろのろしているあいだになんてことだ、と落ち込んでいると、目の間にぐいとソフトクリームが差し出された。


「はい、大和くんの」

「え?」


「このあいだ驚かせたから」

「それは気にしなくていいのに……」


「じゃあ、ここまで連れてきてくれたから」

「それは尋さんたちに言われたからだし」


「それじゃあ……」


 天音さんが宙を睨んだまま固まった。


「天音さん?」


「それじゃあ、これからもよろしくの、賄賂」

「賄賂?」


 考えた末に出て来たらしいその言葉に、おれは瞼を瞬いた。


「そう。これをあげるから、またバイクに乗せてくれる?」


 天音さんは両手に自分の分とおれの分、ふたつのソフトクリームを持ったまま、至って真面目な顔をしている。


「バイク、気にいった?」

「ん」


 天音さんが望むのなら、おれに断る理由はない。


「うん。バイクは、おれも好きだよ。わかった。そのソフトクリームもらうよ。でも、天音さんの分の代金は受け取ってね」


「なんで?」

「それは、おれからの袖の下。これからもよろしくの」


 天音さんは少し考えてから、わかった、と答えてくれた。


 ソフトクリームを受け取ると、落ち着いて食べられそうな場所を求めて一度売店を出た。外にあったベンチに並んで腰を下ろす。


 自分の分を自分で買うのと出金的には変わらないけれど、お互いに相手の分を出し合ったんだと思うと嬉しかった。


 少し照れくさくて、ソフトクリームを食べながら山の麓へと目をやる。

 広がる景色が美しくて、あんまりにも美しくて、なんだか哀しくなった。


 こんなに幸せなのに。


 天音さんとの距離が、少しずつ近くなっているような気がして、嬉しいはずなのに。


 きっと、幸せだからこそなんだろうな。

 幸せだから、さよならする時のことを思って哀しく感じるんだ。


 だっておれは、そう遠くないうちに死ぬんだから。


 ***


 大和くんと食べるソフトクリームは前に食べた時よりももっと美味しく感じた。眼下に広がる景色はすごくきれいだし、とってもいい気持ち。


 それなのに、とわたしは大和くんの横顔をちらりと盗み見て思う。


 なんでそんなに哀しそうな顔をしているんだろう。

 わたしと一緒で、楽しくないのかな。やっぱり怒ってるのかな。


 そんな考えが湧き上がってくる。


 これからもよろしく、と言ってくれて、すごく嬉しかったのに、社交辞令とかだったのかな。


 そんな不安に駆られていたら、わたしの視線に気づいたのか、大和くんがこちらを見た。


「どうしたの?」


 そう訊いてくれる大和くんはいつもの優しい大和くんで、その瞳からはさっきまでの哀しそうな色が消えていて、わたしは少しほっとする。


 気のせいだったのかな。

 そうだといいな。


 心からそう思った。

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