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23.プリンを買いに

 アパートに戻ると、そこには何故かヘルメットを抱えた天音さんが立っていた。


「え?」


 突然のことに、思考が停止する。


 ふたりに謝ろうと決めて戻って来たのに、これはいったいどういうことだ? ていうか天音さんはなんでこんな場所に? 


 念の為周囲を見回したけれど、つっちーの姿はなさそうだ。


 それに一安心しつつ、いや気にするところはそこじゃないだろうと心の中で自分に突っ込む。


 あたりには、尋さんと八上の姿も見当たらない。


 天音さんの口がなにやら動いたように見えたけれど、エンジンの音がうるさくて全く聞こえない。

 慌ててエンジンを切り、バイクから降りてヘルメットを脱いだ。


「え、っと……。天音さん?」

「ん」


 そりゃあどこからどう見ても天音さんだろ。

 今更確認する意味がわからない。


 わかるのは自分が相当混乱してるってことだけだ。


 そうじゃないだろう。


 落ち着け、と自分に言い聞かせる。そうだ、落ち着け。

 まず状況を把握すべきだ。


 いや、それよりも先に……。


「ごめん天音さん!」


 めいっぱい深く頭を下げる。


 天音さんはなにも言わない。

 おれのせいであんなに辛い思いをさせることになったんだから、怒るのは当然だと思う。

 それでも、せめて謝罪の気持ちだけでも受け取ってもらえたら……。


「おれの不注意で天音さんを苦しめてしまって、本当にごめん。許してもらおうなんて図々しいこと考えてない。二度と顔を見せるなっていうならそうする。天音さんの言うとおりにする。天音さんに辛い思いをしてほしくないんだ。だから、なんでも言ってほしい」


 頭を上げられないまま、思っていたことを告げる。


「ん」


 天音さんは短く言って、それきり黙り込んでしまった。

 ん、だけじゃわからない。


 おれはそのままの姿勢で天音さんがなにか言ってくれるのを待つ。


「プリン」

「へ?」


 しばらくの沈黙の後、天音さんが口にした意表を突く言葉に、おれはつい顔を上げてしまった。

 思わず聞き返す。


「ふたりで、プリンを買いに行って来いって」 


 聞き違いじゃなかったらしい。

 それにしても、プリン?


「尋さんに頼まれたの?」

「そう」


 プリンくらいどこでも買えるだろうに、と反射的に思ったけれど、いやいやあのふたりには返しきれないくらいの借りがあるからそのくらいはもちろんやらせてもらいますとも、と思い直す。


 けれど、そのくらいならおれひとりで充分だ。


 天音さんはただの伝言係、ってことか? おれに謝るチャンスをくれたとか?


 あのふたりなら、そのくらい考えてくれていてもおかしくない。


 そういえばプリン発言で一瞬頭からふっとんでいたけれど、まだ天音さんから返事をもらっていない。


 再び、ふたりのあいだに沈黙が落ちる。


「あの……。プリンはおれが買ってくるから、天音さんはいいよ」


 沈黙に耐えかねて切り出すと、天音さんが首をぷるぷると横に振った。


「一緒に行けって」

「でも……。あの、アミーガで買ってくればすむ話だし」


 再度、天音さんは頭を振ると、突然真っ直ぐに腕を伸ばして宙を指さした。


 ん?


 その先を目で追うけれど、特になにもない。

 ずっと先に、青空をバックに聳える山脈が見えるだけだ。


「どうしたの……?」

「山。牧場限定販売の瓶プリンを買ってきてって。バイクならすぐでしょ、って。わたしは、案内。と、

『狭霧にソフトクリームおごってもらって来い』って尋さんが」


 あの山!?


 引っ越して来るとき、がたごとと特急で越えてきた山脈だ。


 この地方で一番高い山だったと記憶している。

 牧場がどの位置にあるのかはわからないけれど。


 なにより、天音さんをバイクの後ろに乗せて走れって……?


 バイクと天音さんを交互に見る。


 女性の体重をどうこういうのは失礼にあたるってのは重々承知しているけど、天音さんは見るからに軽そうだし、暴れられなければ大丈夫だろうとは思う。


 ただ山道の運転となると……もちろんスピードを出すつもりはないし、危険な運転をするつもりもないけれど、道を知らないだけに安易に頷くことはできない。


 それに……。


「ふたりでって……あの、バイクにふたり乗りしようと思ったら、その……いやらしい意味じゃなくて、全然そういうんじゃないんだけど、おれにつかまって、同じように身体を傾けたりとかしてもらわないと危険で、それで……そ、そういうの、天音さん知らなかったよね? おれなんかとバイクでふたり乗りとか、あ、有り得ないよね……?」


 恐るおそる訊いてみる。


 有り得ないよね、と訊いておきながら、冷や汗をかいているのはおれのほうだった。

 天音さんと接触するなんてそんなこと。

 そ、そんなこと……。


「有り得なく、ない」

「な、なんで……!?」


「謝るのはわたしのほう。びっくりさせて、ごめんなさい。つっちーが色々言ったみたいで、ごめんなさい。辛い思いをさせて、ごめんなさ――」

「そんなことない! 天音さんが謝ることなんてない」


「わたしのせいで、大和くん、大学に来なくなった」

「違うんだ。そうじゃない。天音さんは悪くない。それはおれの問題で……」


「でも」

「本人が言うんだから信じてよ。だから、責任を感じて我慢するなんてそんな必要ないんだ」


「でも……」


 天音さんが、上目づかいにこちらを見る。

 困ったような戸惑うようなその表情にどきりとする。


「山にはおれだけで行ってくるよ」 


「我慢とかじゃ、ないの。わたし、大和くんのこと、そんな風に思ってないよ。大和くんがいやじゃなかったら、一緒に行きたい。……あのね、その……牧場のソフトクリーム、食べたい、し……」


 少し頬を染めて告白する天音さんを前に、ああ、と思う。

 そんな可愛い顔で、そんな風に言われたら、おれには断れない。


 そもそも、天音さんの言うとおりにするって、ついさっき言ったばかりじゃないか。


 ここでやっぱりできない、なんて言を翻すのか?

 それで、またぐじぐじ悩むのか?


 天音さんが一緒に行きたいって言ってくれているんだ。


 だったらおれは、なにがあっても無事天音さんを連れて戻って来る。

 その覚悟をするべきなんじゃないか。


「わ、わかった。一緒に行こう」 


 こくり、と天音さんが頷くと、胸の前で黒髪がさらりと揺れた。

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