22.海風
その辺を流してこいという曖昧すぎる指示を前にどうしたものかと悩みながらも、とりあえず産業道路に出て海沿いを走らせる。
大まかな地図は頭に入っているから、たぶん大丈夫だろう。
久しぶりに風をきってバイクを走らせるのは気持ちがよかった。
バイクの免許は、一年ほど前に取った。
高校への進学はしなかったけれど、他にすることもなかったし勉強だけは続けていた。
そんなおれに、母さんが大学進学の話を持ちだしたのは同級生たちが高校三年生に進級する春のことだった。
最初は進学する気なんかなかったけど、いつまでも家の中に籠っているわけにはいかないというのはわかっていた。
母さんに悪いという気持ちは、ずっとあったんだ。
だから、おれは大学を受験することにした。
と同時に、リハビリも兼ねて少しずつ家から出るようになった。
ただし混雑する時間に公共機関を利用するのは厳しかったから、まずバイクの免許を取った。
引きこもり明けではただ教習所に通うだけでもしんどかったけれどなんとかストレートで免許を取得できた。
母さんはそれを喜んでくれて、知り合いから、倉庫で眠っていたというバイクを譲り受けてきてくれた。
それからはツーリングに出かけることが多くなった。
バイクは他人との接触に怯えなくていいし、グローブをはめていても誰にもおかしいとは思われない。
フルフェイスのヘルメットをかぶるから、知り合いに見つかることもない。
勉強と、息抜きのツーリング。
入学前の一年間、おれの生活のほとんどはこのふたつで占められていた。
二年半近く、家から出ずに勉強だけしていれば、独学でもそこそこの学力はついていたらしい。
夏には高等学校卒業程度認定試験の合格通知が届き、この春、無事大学に進学した。
けれどバイクは、引っ越しの際に手放した。
免許を取って一年経ったら、二人乗りができるようになるんだ。そうしたら、母さん後ろに乗ってみない?
おれのそんな誘いに「まあ素敵!」と手を合わせて喜んでくれた母さんはもういないから。
それなのに、まさかこんな形でもう一度バイクに乗ることになるとは。
しばらくバイクを走らせていると、バイクのクセがわかってくる。
といっても乗りやすい車体で、運転していて困るようなことはなかった。
前方に大きな橋が見えてきたところで脇道に逸れる。
このまま橋を渡ってしまうと、おそらく三十分以内にアパートに戻れなくなる。
近くにあった公園でバイクを停めて、ヘルメットを脱いだ。
吹き抜ける風が心地いい。
戻って、尋さんと八上にきちんと謝ろう。
風を受けながら思う。
知り合ってまだ少しの、他人なのに。
自分勝手で迷惑をかけまくって、とっくに愛想を尽かされていると思っていたのに。
こんなおれのことをまだ気にかけてくれていたなんて。
それなのに、おれは相変わらずどうしようもなくて。
でも、おれはどうせダメだから。どうしようもないから。
そうやって卑屈になって、うじうじ考えていても、周囲に迷惑をかけてしまうだけで、いいことなんてなにもないんだ。
今度こそ、しっかりしよう。
少しでもましな自分に変わっていけるように。
もっとまわりの人のことを考えられるように。
おれはヘルメットをかぶり、アパート目指して再び走り出した。




