13.アルバイト
バイト先はアパートの近くのコンビニ、アミーガだった。
ちなみに店名のアミーガは女性の友だちのことらしい。
なんであえてその名前なのかとオーナー兼店長の梨花さんに訊いたら、可愛い女の子がたく
さん来てくれたらいいなって思って! という答えが返ってきた。
じゃあ、男性客は……?
と思ったけれど、口には出さずにおいた。
逆に考えよう。
むしろ、ここに来れば、店長の梨花さんが、まるで友だちのようにフレンドリーに迎えてくれる……
みたいな、あたりさわりのない理由だと思うことにした。
そして驚くべきことに面接はなかった。
尋さんが携帯でオーナーに電話して事情を説明してくれたあと、おれに替わって二言三言話しただけだ。
こんなんで本当にいいのかと疑問だったけれど、このオーナーは人間だけれど、尋さんとは旧知の仲なんだとか。
ちなみにこなたちゃんの伯母さんでもあるらしい。
営業時間は七時から二十時まで。
二十四時間営業のコンビニが溢れている今の時代に、この営業時間でコンビニと名乗るのは少しおこがましいんじゃないかって気がしないでもないけれど、それでも他に迎合せずこの営業時間を貫いているのはいっそ潔いような気もする。
営業時間が短いので、他のコンビニのように深夜手当のつく時間帯を狙ってがんがん働くようなことはできないけれど、いまのところ家計をきりつめてなんとかやっている。
なにより、働かせてもらえる場所があるというのは本当にありがたかった。
働き始めてから一か月が経ち、ゴールデンウィークは毎日シフトに入っていたおかげもあって、アルバイトにはだいぶん慣れてきた。
大型連休の明けた今は、大学に行く前の時間と、サークルのない日の午後を中心に働かせてもらっている。
「いらっしゃいませー」
入り口が開く時の電子音が聞こえて、反射的に声を出す。
棚を整えているところだったので、手に菓子パンを持ったまま立ち上がって入り口を見ると、そこにはこなたちゃんが立っていた。
「こんにちは」
「ああ、こなたちゃん。こんにちは。友だちと遊んだ帰り?」
「そう。一緒に砂浜で貝を拾っていたの。今日はおつかいを頼まれてたから、買って帰ろうと思って」
「お手伝い、偉いね」
「別に偉くなんてないわ。こなた、もう六年生なのよ。できることをやるのは当たり前のことでしょ」
こなたちゃんが、つん、と顎を上げる。
それでも偉いと思うけどなぁ、と心の中で呟く。
こなたちゃんはそのまま調味料などが置いてある棚に向かっていく。おれは菓子パンをきれいに並べ直してからレジへ戻った。
店内に、他のお客さんはいない。
時刻は五時半。
下校した子どもたちがお菓子を買いにちらほら現れるのと、部活帰りの中高生や社会人たちが立ち寄り始める時間とのちょうど狭間くらいだ。
すぐにこなたちゃんがお醤油を持ってやってくる。
お釣りを渡そうとした時、指先がこなたちゃんの手に当たった。
思わず、びくりと体が強張る。
手袋をしているんだから大丈夫だ。
自分に言い聞かせて、そっと硬貨を渡す。
そんなおれの動きを、こなたちゃんがじっと見ている。
「……ごめん」
いたたまれなくなって、なにか言われる前に謝る。
「なんで?」
「触れてごめん」
「だからなんで謝るの?」
「おれは髪切りだから……」
「だから? 右手の指先で直に触れたら髪が切れるってだけでしょ? それに切れるのは髪だけで、他のものにはなんの影響もない。だから手と手が触れたからってこなたの手が切れたりするわけでもないんでしょ?」
「そうだけど」
「しかも今狭霧は手袋をしているし、触れたのは左手よ?」
「そうなんだけど……」
でも、おれのこの手は触れた髪の毛を切ってしまうんだ。
いくら手袋をして隠したって、おれが髪を切るのは事実なんだ。
女の子の、大切なものを、傷つける。
空気を切り裂く悲鳴。投げつけられる罵声。恐怖と軽蔑のまなざし。
それらが頭から離れない。
仕事中は、業務用のゴム手袋を両手に着用している。
もちろんオーナーの許可はもらっている。
「そんなに気にしなくてもいいんじゃない、なんてこなたは言えないけど、こなたは狭霧ほど気にしてないわよ」
「え?」
「もしなにか予想外の出来事が起きて髪が切れたって、こなたは別に平気だもの。髪はまた伸びるんだし。それに、狭霧が心配しているようなトラブルはバイトを始めてからまだ一度も起きてないんでしょう?」
「うん……。まあ、ね。手袋は二重にしてあるし、こうしてカウンターを挟んでいれば不用意に髪に接触することもないだろうから、大丈夫だとは思うんだけど。いざとなったら日野さんがフォローしてくれるって言ってくれてるし」
パートの日野さんはもうほとんどアミーガの店長といっても過言ではない存在で、おれの研修も全て日野さんがやってくれた。
日野さんは今、バックヤードで店長代理として諸々の処理をしているはずだ。
二児の母だという日野さんは快活なショートカットの女性で、髪に触れてしまう可能性が少ない分、おれとしては接しやすい。
最近めっきりオーナー見ないんだよね、とぼやいていたけれど、おれの事情はオーナーから聞いていたらしい。
おれが妖怪だと事情を説明しても反応は「聞いてる」のひとことだけだった。
けれど、近づきすぎないように気を配ってくれている。
日野さんがおれに怯えている様子はないから、おれの気持ちを慮ってのことだろうということがわかる。
妖怪と普通に接することのできる人、なんだと思う。
どうやらこのあたりには、人間と妖怪のあいだにネットワークができているらしい。
こなたちゃんも、驚くほど妖怪を怖がらない。
八上だけでなく尋さんたちとも顔見知りで、彼らが妖怪だということも知っていた。
そのネットワークはきっと八上たちがこの地で暮らすあいだに長い年月をかけて築き上げてきたものなんだろうと思う。
おれはそこに、八上たちの厚意で混ぜてもらっている。
少なくとも彼らを前にしているあいだは、自分が妖怪であることを隠す必要はない。
今まで、一歩家の外に出れば、不審がられないようにバレないようにと気を張って暮らしていたからこういうのにはまだ慣れないけれど、安心して会える相手がいるというのは純粋に嬉しい。
「そ、よかったじゃない。ともかく、そういうことだから。それじゃ、バイトがんばってね」
「心配してくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
はーい、と返事をしてこなたちゃんが店を出てゆく。
揺れるポニーテールを見送ってから、小さく息を吐く。
神社での一件があったからか、こなたちゃんはおれのことを気にしてくれている。
小学生にそんな気遣いをさせてしまうなんて、自分が情けない。
接客業をすることで、カウンター越しでも、手袋越しでも、少しずつ他人と近づくことに慣れていきたいと思う。
せめて、おれの存在を許してくれる人たちだけには普通に接したい。
いつまでも小学生に心配をかけているようじゃ、あまりにも不甲斐なさすぎる。
そう、改めて思うのだった。




