第018話 五郎の愛想笑い
国立人類保全園 第七園
資料館 標本目録(抄)
作成 資料館
作成日 令和二百十二年四月一日
一、登載の状況
本目録に登載した標本は四十一体であった。うち展示室に置いているのは十九体、収蔵庫は二十二体である。
最も古い登載は令和百四十四年、最も新しいものは令和二百六年であった。
二、登載の区分
区分 体数 展示 収蔵
全身 六 四 二
頭部 十一 七 四
骨格 十四 五 九
部分 十 三 七
三、由来
登載の由来は、いずれも死亡後の処置によった。
志願による標本の登載は、開館以来無い。
四、説明板
説明板には、部門名と在籍の年数を記載する。氏名および個体番号は記載しない。
記載しない旨は令和百六十一年に定めた。同年の決定の綴りは、保存年限を超えて廃棄している。
前年度、来館者から説明板の記載について問い合わせが一件あった。内容は「この人は誰か」であった。回答は「記載しておりません」とした。
五、保存の状態
展示室の十九体について、年に一度の点検を行っている。前回は本年一月であった。
点検の項目は、表面の劣化、支持具の緩み、説明板の破損の三つとした。三つとも異状を認めていない。
支持具は開館時のものを継続して使用してきた。交換の実績は無い。交換を要する旨の判定が出ていないためである。
収蔵庫の二十二体については、展示中の分の点検に併せて行う取り扱いとした。前回の点検は令和二百四年であった。
六、来館者の動線
順路は一方通行とした。逆行の申し出は本年度に十四件あり、いずれも認めていない。
理由の記載は開館以来の綴りに無い。
七、標本の作製
作製は外部の事業者へ委託していた。委託は令和二百六年をもって終了した。
終了の理由は、当該事業者の廃業によるものであった。以後の委託先は選定していない。
選定を要する事案が発生していないためである。令和二百六年以降の新規の登載は無い。
八、収蔵庫
収蔵庫は資料館の地下にある。面積は八十七平方メートルであった。
温度および湿度は、建物の空調の設定によることとした。設定は資料館の全体で一つである。
前回の点検において、二体について表面の劣化を認めた。処置は行っていない。処置の所管が定まっていないためである。
九、備考
本目録は年に一度作成する。前年度からの増減は無い。
増減が無い年度が七年続いている。
(作成 資料館/写し 総務課)
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八月十四日は土曜だ。土曜は多い。
多い日は五人が並ぶ。並び方は朝、係員が決める。決め方は聞いていない。
私は端から二番目だった。真ん中はA-0114のことが多いが、今日は違う人だった。
A-0114はA区画の広場にいる日があると聞いた。聞いただけで、確かめる方法は無い。
朝は五時半に目が覚めた。点灯より三十分早い。
早く覚めるのは土曜だからだと思う。土曜は体のほうが先に起きる。起きても点灯までは動かない。動くと廊下で音が出る。
寝台の縁に座って、足の裏を床に付けた。床は温い。
温いのは八月だからで、四月は冷たかった。同じ樹脂の床が、季節で温度だけを変える。ほかは何も変わらない。
点灯を待つ間、私は手を見た。
指の腹に細かい皺がある。皺は洗った後に濃くなる。乾くと薄くなって、次に洗うとまた濃くなる。
昨日の皺と今日の皺が同じかどうかは、比べる方法が無い。写しを取る道具を私は持っていない。
六時に明かりが入る。廊下側が二秒遅れる。
起きて、名札を付けた。夜の間は枕の横に置いてある。付ける向きは決まっている。字が外を向く。
控室に入ると、石鹸が新しくなっていた。
真ん中がまだへこんでいない。角が四つとも立っている。指で押すと跡が付く。付いた跡は乾くと薄くなるが、消えはしない。
手を洗う。三度洗う。四度目はしない。
水は八月でも冷たくない。四月は冷たかった。腕を出したままで数えると、あの頃は二十まで我慢出来た。今は数える意味が無い。
石鹸の匂いは新しいうちだけ強い。
嗅ぐと鼻の先で止まる。奥まで来ない。来ないので、洗い終わると消える。
減ってくると匂いが変わる。変わるというより、石鹸の匂いに手の匂いが混ざる。
混ざったほうは奥まで来る。三度洗っても、指の股のところに残る。残る匂いのほうが、私には長く分かる。
隣で年上の男が洗っている。この人はよく笑う。洗いながら笑い、水を止めてからも笑っている。
三年、隣で洗っている。
「今日は多いねえ。朝から並んでたよ」
「多いです」
「土曜だからねえ。みんな来るんだよ」
この人は手を拭かない。振って乾かす。振ると水が飛ぶ。飛んだ水が私の腕にかかる。かかっても謝らない。笑っている。
控室の椅子は六脚ある。今日は五人なので一脚空く。
空くのはいつも窓の下の一脚だ。窓の下は午前だけ日が当たる。午前は私たちが広場にいるので、座る者はいない。
流しの縁には水の跡が輪の形で残っている。乾くと白くなる。拭く布は掛かっていない。
輪は一つではない。三つ重なっていて、重なったところだけ白さが濃い。誰かが手で拭った跡が、一番外の輪の一部を切っている。
切れた側から、次の輪が重なる。今朝はまだ切れていない。今日の最初に洗ったのが私だからだ。
最初に洗った日は、輪の形が私の手の大きさで決まる。決まっても、昼にはもう別の形になっている。
控室にはほかに三人いた。三人とも黙っている。
午後にまた声を使うからだ。声は使うと減る。減った分は夜まで戻らない。戻らないので、午前は使わないようにする。
これは誰かが決めたのではない。決まっていないのに、ここにいる者は全員そうしている。
「五郎さん、これ」
誰かがそう言って、布を渡した。渡されたのはこの人だった。
五郎、という音を、私はその時に聞いた。
三年隣で洗っていて、私はこの人の名を聞いたことがない。聞かなかったのは、聞く形の言葉を持っていなかったからだ。
名前は紙に載らない。載るのは番号だけだ。
名前があることは知っている。すずにもあるし、私にもある。私の名は千二百四票のうちの一つで決まった。
この人の名がどうやって決まったのかは、私は知らない。
知らないままでも、私は今日から五郎さんと呼べる。呼ぶ用があるかどうかは別だ。
十時に広場へ出た。
マットは日を受けている。朝一番は冷たいが、今日はもう温い。座ると腿の裏から温さが来る。
温まったマットは匂う。合成の繊維が日に当たると出る匂いで、埃とは違う。
午前の間に強くなって、日が回ると薄くなる。薄くなる頃に、今度は人の匂いのほうが強くなる。
人の匂いは手から来る。手は一人ずつ違う。違うのに、三百を過ぎると一つの匂いだ。
名札は背中に付ける。字が外を向く。自分では読めない向きだ。
背中の名札は触られると擦れる。擦れるので月に一度替わる。今月の分は先週替わった。
十時七分に最初の手が来た。
子どもの手だ。指が短くて、爪が丸い。頭に置いて、二度なでて、離れる。離れる時に髪が一本引かれた。
次に来たのは大人の手だった。大人の手は迷う。置く前に一度止まって、それから置く。
止まる時間は人によって違う。短い人は半秒、長い人は三秒ほどだ。長い人ほど、置いた後に長く置いている。
手のひらの温度は人によって違う。私より温かい手と、冷たい手がある。
冷たい手のほうが多い。館内が涼しいからだと思う。入ってきたばかりの人の手は外の温度をしている。しばらくいた人の手は館内の温度だ。
だから手を触られると、その人が入ってきてからどれくらい経ったかが分かる。
分かっても、言う相手がいない。誰も聞かない。
髪を触る人と、腕を触る人がいる。頭に置く人が一番多い。
肩に置く人は少ない。肩に置くと、こちらの体が動くのが分かるからだと思う。動くのが分かると、触っている人のほうが手を引く。
午前は百六十四あった。数えた。
数えると時間が減る。減らないが、減ったように感じる。感じるだけで、時計は同じ速さで進む。
数えるのは口の中でやる。声には出さない。
出さないので、途中で誰かに話しかけられると分からなくなる。今日は二度あった。二度とも十の位から数え直した。
五郎さんは私の三つ隣にいる。端だ。
端は多い。入ってきた人が最初に触るのは端だ。前に数えた時もそうだった。端の日は数が伸びる。
この人の前には列が出来る。出来るのは、この人が笑っているからだと思う。
笑っている人の前には人が立ちやすい。立ってから触るまでの間が短い。短いぶん、次の人が早く来る。
列は三人までしか続かない。四人目になると、後ろの人が別のところへ流れる。
流れた先は真ん中だ。真ん中は見えやすい位置にあって、写真を撮る人はそこで撮る。
写真は撮ってよい。光るのは駄目だと決まっている。
光った人には係員が声を掛ける。今日は二度あった。二度とも同じ人ではない。
声を掛けられた人は、掛けられた後で一度こちらを見る。見て、それから機械をしまう。
しまう動作は速い。見られていることが分かるからだと思う。
私の前に立った人のうち、四人が私の背中へ回った。
背中には名札がある。字が外を向いているので、回れば読める。読んで、それから前へ戻ってくる人がいる。
戻ってきた人は番号を口に出さない。読んだのに言わないでいる。
言わない理由を、私は聞いたことがない。前に一度、読んでから「これ、なんて読むの」と連れの人に聞いた人がいた。連れの人は「番号でしょ」と答えた。それだけだった。
十二時に一度外される。三十分ある。
控室に戻って、また洗う。三度。
石鹸は朝より減っている。真ん中に浅いへこみが出来ていた。朝は無かったものだ。
五郎さんは椅子に座って、両手を膝に置いている。
手のひらを上に向けている。上に向けているのは、下に向けると膝に付くからだと思う。付くと熱がこもる。
私はその向かいに座った。向かいに座ったのは初めてだ。
いつもは隣で洗って、洗い終わったら別の椅子へ行く。今日は空いている椅子が向かいしか無かった。
向かいだと顔が見える。
この人の目尻には線が五本ある。三本ではない。五本のうち二本は短くて、外側の三本より浅い。
笑うと線が動く。動くのは深いほうの三本で、浅い二本は動かない。
笑うのをやめると、深い三本が戻る。戻るのに三秒かかる。三秒経つと笑う前の形だ。
私は自分の目尻を指で触った。線は無い。押すと折れて、離すとすぐ戻る。
戻るのに一秒もかからない。この人のは三秒かかる。差は二秒だ。
二秒の差が何処から来るのかは、見ているだけでは出せない。
出せないので、私は戻る時間だけを覚えた。三秒と、一秒より短い何か。二つを並べて置いておく。
笑う前の形を、私は見ていなかった。
この人が笑うのをやめる瞬間を待った。待っている間、この人は何も言わない。私も言わない。
三十分のうち、笑っていない時間があった。水を飲んでいる時だ。飲む時は口が塞がる。塞がると笑えない。
飲み終わった。口が空く。
この人の口の端は、笑う前から上がっている。
左が少し高い。右も上がっているが、左のほうが高い。差は目盛りにすれば一つ分ほどだ。
上がったままで、この人は水の器を置いた。置いてから、笑った。笑うと左右の差が減る。減って、また戻る。
「顔、見てるね」
「見ています」
「そんなに面白い顔してる?」
「面白くないです」
「正直だねえ。もうちょっと嘘ついてくれてもいいのに」
この人は笑う。私も少し笑った。
「何年ここにいますか」
「二十年になるよ。今年でちょうど二十年」
「二十年」
「二十年。数えてないけど、紙に書いてある」
この人は自分の膝を見た。膝は日に焼けていない。腕と首は焼けている。広場のマットに座ると、膝から下は前の人の影に入る。
「一日に何回くらいですか」
「三百くらいかなあ。多い日はもっといくよ、たぶん」
「三百」
「聞いたのは十年前でね。今は数えてない」
三百に二十年を掛ける。一年を三百日として、二百十九万だ。
二百十九万という数を、私は置く場所を持っていない。私の数はいつも一日で終わる。
一日で終わる数は、夜に一度並べて、朝には消える。
消えるので、翌日また数える。数え直すことに手間はかからない。手間がかからないのは、前の日の数を持ち越さないからだ。
持ち越すとどうなるかを、私は考えたことがなかった。
二百十九万は持ち越した数だ。持ち越して、紙にも載っていない。この人はそれを覚えていないと言った。
「数えてないんですか」
「途中でやめちゃったんだよ」
「いつですか」
「十年目くらいかなあ。数えると増えるでしょ」
「増えます」
「増えるのが分かると、ちょっとねえ」
この人は笑う。笑ってから、両手を膝の上で組み替えた。
午後、また出た。
午後は二百七あった。合わせて三百七十一だ。土曜としては多い。
午後は日が回って、マットの半分が影に入る。
影の側は温くならない。座る場所は朝に決められているので、影に入った人はそのまま影にいる。私は今日、影の側の端だ。
影と日向の境目は、二時ごろに私の膝のところを通る。
通る速さは目で追えない。膝の上を見ていて、目を離して戻すと、境目は腿の付け根のあたりにある。
境目が体を通る間、片方の腿だけが温い。もう片方は温くない。
温い側と温くない側で、触られた時の感じ方が違う。温い側のほうが手を冷たく感じる。同じ手でも違う。
三時ごろに、五郎さんの前で子どもが泣いた。
泣いた理由は分からない。触ろうとして、触る前に泣いた。母親が抱き上げて、少し離れたところで宥めている。
五郎さんは笑ったままだった。
笑ったままで手を膝に置いて動かさない。動かさないのは、動かすと子どもがもっと泣くからだと思う。
母親が謝る。誰にでもなく、広場のほうへ向かって謝った。
「すみません、ごめんなさい、この子まだ小さくて」
五郎さんは笑ったままで、いいですよ、と言った。言い方は朝に土曜だからねえと言った時と同じだ。
母親は係員のほうを見た。係員は台のところにいて、こちらへ来ない。
来ないのは、来る規定が無いからだと思う。泣いた子どもについて何かをする欄は、係員の持っている紙には無い。
子どもは戻ってこなかった。母親が抱いたままで出口のほうへ行った。
出口までの間に、その子はもう一度こちらを見た。見て、また顔を伏せた。
伏せる時に、母親の肩に額が当たる。当たる音は聞こえない。距離が七メートルほどある。
列は止まらなかった。次の人が来て、私の頭に手を置いた。
置いた人は泣いた子どものほうを見ていない。見ていないのは、入ってきたばかりで見ていなかったからだ。
その人にとって、ここは何も起きていない場所だ。
五郎さんは私のほうを見た。見て、また笑った。
その笑いは子どもが来た時のものと同じ形をしていた。同じ形なのに、間に泣かれたことが入っている。
四時三十七分に外された。
外される時、係員が私の欄に何かを書き足した。書き足す時、係員はこちらを見ない。
書き足す長さは、日によって違う。今日は長かった。
長い日が何を意味するのかを、私は三年見ていて出せていない。多い日に長いこともあれば、少ない日に長いこともある。
立つ時に、膝が固まっている。座っている時間が長い日はそうなる。
伸ばすと音がする。音は骨のほうから来る。痛くはない。痛くないので、伸ばしてから歩き出すまでに二歩ぶん余分にかかるだけだ。
控室に三度目に戻る。
石鹸のへこみが深くなっている。朝の跡はもう無い。私の指の跡も、誰かの指の跡に消されている。
流しの輪も増えていた。朝は三つで、今は五つある。
五つのうち二つは新しい。新しいほうは縁がまだ濡れていて、白くなっていない。乾くと白くなって、三つのほうと見分けが付かなくなる。
見分けが付くのは、乾くまでの間だけだ。乾くのに十分ほどかかる。
十分の間に誰かがまた洗えば、輪は六つだ。六つ目が乾く頃には、私はもういない。
窓の下の椅子には、まだ日が当たっていない。当たらないまま夕方だ。
それでも誰かが、その椅子の向きを窓のほうへ直してある。今朝も直っていた。直す人を私は見たことがない。
五郎さんは洗い終わって、椅子に座っていた。
三度目の洗いの後は、この人も少し遅い。手を振る回数が朝より多い。朝は四回で、今は七回だ。
「あんた、まだ貯めてるんでしょ?」
私は手を止めた。
三年前に、同じ人に同じことを聞かれている。あの時は何を買うのかを聞かれて、私は答えなかった。
答えなかったら、この人は「言わないってことは、決まってるってことだよ」と言って、それきり聞かない。
「貯めています」
「今どれくらいになった?」
「百二十七枚です」
「おお、そんなにいったの」
この人は笑った。笑ってから、指を折り始める。折り方が速い。
「あと何枚で足りるの?」
「七十三です」
「じゃあ二百だね。切りがいいや」
二百と言われた。私は言っていない。
この人は指を折っただけで二百を出した。出してから、それが何なのかは聞かなかった。
「いい数字だねえ。覚えやすくていい」
「はい」
「二百までいったら、教えてくれる?」
「はい」
この人は椅子の背に凭れた。凭れると椅子が鳴る。
鳴ってから、この人は天井を見た。天井には何も無い。照明が二つ並んでいて、片方は少し暗い。
「俺もね、出してるんだよ」
「何をですか」
「志願書。毎年出してる」
志願書という語を、私はその時に知った。
「何の志願ですか」
「標本だよ。資料館に並んでるやつ」
「標本ですか」
「そう。あれになりたくてね」
資料館へは入ったことがない。段の三段目までは上がった。四段目からが券だ。
中に何があるかは、外から見た限りでは分からない。ガラスの向こうに台がいくつか並んでいるのは見えた。
「入ったことないんだ?」
「ありません」
「じゃあ見たことないか。並んでるんだよ、人が」
この人は両手を広げて、立っている形をした。広げた手はすぐ下ろす。
「ずっと同じ格好でね。動かないの」
「動かないんですか」
「動かない。動かないから、ずっといられる」
この人は笑っている。笑い方は変わらない。
「毎年出すんですか」
「毎年出してるよ。今年で二十回になるかな」
「返事は」
「返事はねえ、来たことがないんだよ」
来ないねえ、のところも笑っていた。
笑い方は今日のほかの時と同じ形をしている。子どもが泣いた時と同じで、水を飲む前と同じだ。
「来ないのに出すんですか」
「出さないと、無いことになるでしょ」
この人は膝の手を組み替えた。組み替えてから、少し前へ出る。
「消えるのはさ、順番が回ってきたら終わりなの。誰も見ないの」
「はい」
「飾られるほうがいいと思わない? 名前は書かないらしいけどね」
「名前は書かないんですか」
「部門と、年数だけ。ふれあい部門、二十年って」
この人はそう言って、また笑った。
「それでも残るでしょ。二十年って書いてあれば、二十年やった人がいたってことになる」
私は何も言わなかった。
言わなかったのは、言う言葉が出てこなかったからで、返事が要らない話に聞こえたからでもある。
「並んでる人は、笑ってますか」
私は聞いた。
この人は少し黙った。黙っている間も笑っている。
「見たことないんだよ、俺も」
「入ったことが」
「無いねえ。俺も券が要る側だからね」
この人も二百枚を持っていない。ふれあいの歩合は接触の数で付く。
一日に三百触られる人の歩合が、二十年でどれだけになるのかを、私は計算しかけてやめた。やめたのは、この人が今その話をしていないからだ。
「じゃあ、どうやって知ったんですか」
「聞いたの。前にいた人から」
「その人は見たんですか」
「見たって言ってたよ。本当かどうかは知らないけど」
その人の番号を、この人は言わなかった。私も聞かなかった。
聞かなかったのは、聞いても私が確かめられないからだ。
「あんたも出す? まだ早いか」
「早いです」
「そうだねえ。あんたはまだ早いねえ」
係員が入ってきて、板ばさみに何か書いた。私たちのほうは見ない。書いて、出ていく。
板ばさみの紙は何枚も重なっていて、係員はいつも二枚目に書く。一枚目には何も書かない。
五郎さんが立った。立つ時に椅子が鳴る。
鳴ってから、この人は流しのほうへ行って、石鹸をひっくり返した。へこんでいる面を下にする。
「こうすると、減り方が均されるんだよ」
「均されますか」
「均される。誰も気づかないけどね」
この人は扉のところで一度止まった。
止まって、私のほうを見る。見てから、何も言わずに出ていった。
三年前から、この人は毎日そうする。
止まる時間は一秒ほどで、毎日ほとんど同じだ。私は数えたことがある。長い日と短い日があるが、差は半秒に収まる。
私は流しの石鹸を見た。
ひっくり返した面が上を向いている。上の面は平らで、まだ誰も触っていない。
平らな面は、明日の朝には浅くへこむ。へこむのは真ん中で、端は残る。
端が残るのは、みな真ん中を使うからだ。使い方を決めた人はいない。決まっていないのに、全員が同じところを使う。
ひっくり返せば均される。均されるのは、下だった面が上に来る間だけだ。
二度目にひっくり返す頃には、どちらの面も同じくらいへこんでいるはずだ。そこから先は、ひっくり返しても変わらない。
控室を出る時、私は空いている一脚をもう一度見た。
窓の下の椅子だ。日はもう当たっていない。当たっていないのに、向きは窓のほうを向いている。
私は座らなかった。座ってみようかと思って、やめた。
やめたのは、明日の朝にまた直っているかどうかを見たいからだ。座ると向きが変わる。変わったものが直るかどうかで、直す人がいるかどうかが分かる。
分かる方法を思い付いたのに、私は使わなかった。使わなかった理由は自分でも分けられない。
夕方の給餌で、三八〇の人の隣に座った。
「今日、多かった?」
「三百七十一でした」
「土曜だものね」
この人は三口分を私の皿へ移した。移してから、匙を置く。
「五郎さんって知っていますか」
「ふれあいの人ね」
「はい」
「知ってるけど、話したことはないのよ」
「そうですか」
「あの人はいつも笑ってるでしょう。笑ってる人には、こっちから声を掛けないの」
この人は自分の皿を見た。三八〇の皿だ。
「掛けなくても、向こうが笑ってるから」
私は皿の底が見えるまで食べた。
底の中央に、刻印の裏側の窪みがある。四三〇の三のところが、裏から見ると一番深い。
居室へ戻る廊下で、私は二百十九万という数をもう一度思い出した。
思い出したが、置く場所は今日も出来ていない。
寝台に座って、枕の下を確かめた。百二十七のままだ。
確かめてから、私は自分の口の端を指で押した。押すと動く。離すと戻る。戻るのに一秒もかからない。
何度か押した。何度押しても、同じ速さで戻る。
左を押してから右を押した。左のほうがわずかに戻りが遅い。
遅いといっても、数えられる差ではない。数えられないものを差と呼んでよいかどうかを、私は決めていない。
二十年やれば、この差は数えられるようになるのだと思う。
思っただけで、私はそれを確かめる方法を持っていない。持っているのは今日の分だけだ。
明かりが落ちる前に、私は指を離した。
離した後の口の端は、押す前と同じ高さにある。同じ高さに戻ったことを、私は指で確かめた。
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国立人類保全園 第七園
標本志願 受理簿(抄)
作成 資料館
抄出 令和二百十二年八月
一、制度
標本志願は、個体本人の申し出により受理する。様式は資料館が交付する。
受理は年に一度、四月とした。受理の窓口は資料館とした。
制度の創設は令和百六十一年であった。創設の経緯を記載した文書は残っていない。
様式は創設時のものを継続して使用してきた。改定の実績は無い。
二、本年度の受理
本年度の受理は三件であった。前年度は二件、前々年度は四件である。
受理の際、様式の記載事項について補記を求めた事例が一件あった。補記の内容は在籍年数であった。
様式には志願の理由を記載する欄がある。本年度の三件について、当該の欄はいずれも空欄であった。空欄のまま受理した。空欄を認めない旨の定めは無い。
三、個体別の受理
個体番号 G-0511 部門 ふれあい 受理年 令和百九十三年から本年まで 件数 二十
個体番号 H-0044 部門 清掃 受理年 令和二百五年から本年まで 件数 八
個体番号 M-0091 部門 繁殖 受理年 令和二百九年 件数 一
個体番号 T-0002 部門 無し 受理年 令和百七十年 件数 一
四、処理
本簿に登載した志願について、決裁を経たものは無い。
決裁の手続を定めた文書は、資料館において確認できていない。所管の照会を令和百八十七年に行った。回答は受けていない。
五、本人への通知
受理の通知は行っている。処理の状況についての通知は行っていない。
通知を要する旨の定めが無いためである。
受理の通知は口頭によった。書面による通知は行っていない。書面の様式を作成していないためである。
六、照会
本簿の取り扱いについて、令和二百十年に個体から照会が一件あった。内容は「いつ決まるのか」であった。
回答は「担当ではない」とした。照会者の番号はG-0511であった。
七、備考
本簿は資料館で保管してきた。保存の年限は本簿の裏表紙に記入する欄があり、開館以来空である。
本簿を他の部門へ回付した実績は無い。回付先が定まっていないためである。
(作成 資料館)




