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創り人の箱庭  作者: サボ
第六章
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6-19『慣れない漆黒』

第六章

第十九話『慣れない漆黒』



 ただ黒く塗り潰されただけの空間は、これまでと同じように上下左右の認識さえ曖昧だ。

 自分たちは歩いていると思っても、本当に進んでいるのすら怪しく感じる。

 この空間ではぐれてしまうのが怖くて、私たちは手を繋いで歩いていた。

「話には聞いていたけどお、実際に体験すると驚くねえ」

 一つも驚いてないようなのんびりとした声で、隣を歩くクイニークさんが言う。

「怖くないかあい?」

「全く怖くない、とは言えないですけど」

 適当に真っすぐ先を目指して歩きながら、私は小さく苦笑した。

「三回目っていうこともありますし、クイニークさんが居てくれるので、大丈夫だと思ってます」

 何度体験したって、この圧倒的な黒に圧し潰されそうな閉塞感に恐怖を感じないなんてことはない。

 だけど、この先のことを少しは予想できるし、一人きりなわけでもないから、大丈夫だと強がりは言える。

「ふふ、そうだねえ。僕もアディが居てくれて助かってるよお」

 にこにこと微笑うクイニークさんを見上げて、私は首を傾げた。

「私が居ても、何もできないような気がするんですが」

 こんなことを胸を張って言うのもどうかと思うけど、実際のところ、私に戦闘能力はない。

 それに代わるような頭脳も、判断力も、何もない。

 私が居たところで、クイニークさんの助けになるようなことなんて、何もないんじゃないだろうか。

「そんなことはないよお。こんな場所に僕一人だったらあ、流石に不安だからねえ」

 歩きながら、クイニークさんは辺りを見回す。

 何処を見ても黒に塗り潰されたこの空間は、クイニークさんでもやっぱり不安を煽られるものらしい。

 まあ、そりゃ当然か。

 こんなところに一人で放置されて、不安の一つも感じない人なんて居ないだろう。

「誰かが一緒に居るだけでえ、楽になることもあるんだよお。ちゃんと護らないといけないなあって思うしい、生きて戻らなきゃなあって思えるからねえ」

 にこにこ、にこにこ。

 害のない笑顔で言うクイニークさんは、やっぱりファービリアさんやサンシュと同じ思考の持ち主らしい。

 護るべきものを護って、その上で自分も生還する。

 護衛という立場じゃなく、普段が護られて然るべき立場の人たちは、そういう思考が持てるんだろう。

「……そういえば、サンシュが言ってたんですけど」

「うん?」

 ふとこの状況で思い出したことがあって、口を開いた。

 クイニークさんはこてんと首を傾げて、私を見る。

「クイニークさんだったら、一瞬で辺り一面、焼け野原にできるとか」

 自分にはそんなことはできないけど、クイニークさんならできるって言ってたな。

「その時は、クイニークさんにそんなことができるなんて、想像もできなかったですけど」

 今なら、サンシュが言っていたことの意味が判る。

 竜化すれば、確かに辺り一面、焼け野原にできそうだ。

「ううん、僕もねえ、焼け野原は無理かなあ」

「はい?」

 納得してたところを否定されて、間の抜けた声が零れる。

 ……いや待て?

 この人、今、『一瞬で辺り一面』じゃなくて、『焼け野原』ってところを否定しなかった?

「僕が竜化したときのブレスってねえ、光のブレスなんだよお」

「は、はあ」

 確かに、クイニークさんの背中から見てたブレスは、普通の炎とか氷とかじゃなく、きらきらと輝く光の粒の集まりだった。

 綺麗だと思う反面、それが触れた道や建物が抉れたように破壊されていて、間違いなく凶器なんだと感じたのを憶えてる。

「光のブレスってえ、ものを焼くわけじゃあないんだよお」

 にこ、と笑って、クイニークさんはそんなことを言う。

 ああ、やっぱり。

 なんかちょっとずれてはいるけど、焼け野原にはできなくても、一瞬で辺り一面薙ぎ払うことはできるってことだ。

「そ、そうですか……」

 それしか返す言葉を探せなくて、はは、と乾いた笑が浮かぶ。

 やっぱり、私の周りに居る人たちって、とんでもない人たちばっかりだ。

「焼け野原ならあ、ファービリアかヒイラギならできると思うよお」

「やっぱりそう……え?」

 サンシュと話してる時も、ファービリアさんなら高笑いしながらできそうだと思ったけど、まさかの人の名前が飛び出して言葉が途切れる。

 そんな私を、クイニークさんは不思議そうに首を傾げて見つめてきた。

 いや、だってヒイラギさんでしょ?

 冷静沈着頭脳明晰を絵に描いたようなあの人、そんな力まで隠し持ってるの?

「焼け野原でなくていいならあ、アディが知ってる人なら大抵できるよお」

「あ、あはは……」

 サンシュと同じことを言われて、返す言葉が見付からない。

 なんていうか、もう、考えるのやめたほうがいいかもしれない。

 規格外な人たちに囲まれて、それと自分を比べるのも意味はないと思うし。

「だからねえ、これから先に何があってもお、心配することはないよお」

 ふと視線を前に向けて、クイニークさんは言う。

 釣られるように前を向いた私の視界に、黒以外の色が映った。

 きっと、あれが今回の出口だ。

「僕たちはあ、強いからねえ」

 穏やかな口調と静かな笑みの乗った声音は、全く『強さ』を感じないものなのかもしれない。

 だけど、あの竜化を見たあとだと、やけに説得力があった。

「はい、信じてます」

 繋いだ手に力を籠めて、私は微笑う。

 この場で何があっても、隣にクイニークさんが居るなら大丈夫だろう。

 はぐれてしまってる二人も、きっと大丈夫。

 それに。

 この異界から戻った先で、何があったとしても。

 きっとみんなが揃っていれば大丈夫なんだろう。

「君もねえ、充分強いよお」

「は?」

 ちらりとこっちを見て、クイニークさんは優しく微笑む。

 私は自分が強いなんて、今まで思ったこともなかった。

 大体、強いとか弱いとか、比べる対象が居ないと判断できないことだ。

 過去を持たない私が比較できる対象といえば、今周りに居てくれる人たちだけなわけで。

 彼らと比べて自分が強いだなんて、口が裂けても言えないっていうか、ちらりとすら脳裏にも浮かばないって。

「力が強いとかあ、魔力があるとかあ、そういう物理の話じゃなくてねえ」

 あからさまに『何言ってんですか?』って顔になっちゃってたんだろう。

 私を見るクイニークさんの顔に、苦笑が浮かんだ。

「精神的な話だよお」

「そ、そう、ですか……?」

 そう言われても、自分が精神的に強いとも思ったことがなくて、素直に受け入れられない。

 物理的な強さも、精神的な強さも、周りの人たちがずば抜け過ぎてる。

「君が強くなかったらあ、僕だってあんなに乱暴なことはしなかったよお」

 クイニークさんが言う乱暴なことっていうのは、私になんの説明もなく、急に町を襲ったことだろうか。

「もう少し時間を掛けてえ、ちゃんと説明をしたさあ」

 正直な話、できればそうして欲しかったとも思う。

 だけど、急にああいう手段を取ってくれたからこそ、感じたこともあった。

 私は多分、竜化したクイニークさんの背中で、不意に強大な力に襲われるほうと、襲うほうの両方の気持ちを体感したんだと思う。

 なんの説明もなく町を破壊する姿を見て怖いとも思ったし、一方的な暴力に怯える町の人たちの眼差しをそうする側として受けた。

「……自分が強いとは、素直には思えないですけど」

 溜め息を飲み込んで、私は正面を見る。

 少しずつ近付いてくる漆黒以外の景色の先がどうなっているのか、ここからじゃまだよく判らない。

「自分に望まれる役目くらいは、できるだけ果たしたいな、とは思います」

 過去のない自分には、今ここで隣に居てくれる人たちしか判断基準がない。

 その人たちの望みは正当なものだと思うし、それを果たす以外に道筋が見えてもいないから、こんなところまで来てるだけ。

 流されてるだけだと言われればその通りだけど、それ以外に遣りようがない。

「ありがとうねえ」

 穏やかに微笑み、クイニークさんは続ける。

「僕らにできることはあ、君を護ることとお、為政者らしいところを見せることくらいさあ」

「……そんなことできるの、皆さんくらいですよ」

 簡単に言ってのけるクイニークさんに、私は苦笑と微笑の中間くらいの笑みを向けた。

 人を護れる為政者なんて、世の中にそう多く居るとは思えない。

「お互い様の評価だねえ」

「はは、そうかもしれませんね」

 この漆黒の中で、それでも笑っていられるのは、誰かがこの手を引いてくれているから。

 遠くに見える景色の先に、きっと大樹の核があるんだと思えるから。

 私たちは手を繋いだまま、遠くに見える場所へと歩き続けた。



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