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創り人の箱庭  作者: サボ
第六章
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6-18『異界の役目』

第六章

第十八話『異界の役目』



 シューレット君が舞い上げた砂嵐の中、こっちに駆けてきてくれたカリスは、まず私の無事を確認した。

「怪我とかないな? 顔色がちょっと悪いが……」

「大丈夫だよ。少しびっくりしたのが、まだ治まってないだけ」

 心配性の騎士様に、つい苦笑が浮かんでしまう。

 正直なところ、ちょっと竜酔いしてるけど。

「結構派手にやってましたもんねえ」

 シューレット君の声が聞こえてそっちに目を向ければ、すっかりいつも通りの姿に戻った彼が苦笑を浮かべていた。

「ま、こっちも派手にやらせて貰いましたけど」

 にっこりと、まるで作ったみたいな笑顔を浮かべるシューレット君を、カリスは目を細めて見遣る。

「背中に俺乗ってるって、忘れてなかったか?」

「ちゃんと憶えてたよ? でも、陛下の近衛騎士様があの程度で音を上げるわけないと思ったし」

 じとっとした目のカリスに、シューレット君はあっけらかんと返した。

 どうやら、あっちはあっちで、言葉通り派手に飛び回ってきたらしい。

「……あの」

 この場に全員が揃ったところで、私は改めてクイニークさんに向き直る。

「どうして急にあんなことをしたのか、もう訊いていいですか?」

 この異界にやって来た当初、クイニークさんは町の人たちと交流して、困りごとを解決してあげようとしてたように見えた。

 町の人たちから信頼を寄せられる薬師っていう設定を守ろうとしてるようにも見えた。

 それが一転して、町を破壊して飛び出してくるなんて、どんな理由があるのか想像もできない。

「これが一番手っ取り早かったからだよお」

「え?」

 にこりと微笑わらって、クイニークさんは端的に言った。

 その意味を全く理解できずに、私は間の抜けた声を上げる。

「二つの集団があ、ずるずると長いこと争ってるとするだろう?」

「は、はい」

 例え話の形をとってくれてるけど、クイニークさんが言ってるのはあの町と島の人たちのことだろう。

「和解する為のお、明確な落としどころもなくてえ、第三者の利権も絡んでるとなるとお、相当に厄介だよねえ?」

「そうですね……」

 どうしてお互いが反発しあうことになったのか、その最初のきっかけを知る人も、もう居ないくらいの長い間、あの町と島の人たちは争い続けてるらしい。

 そうなってくると和睦の条件がどういうものが妥当なのか、そもそも和解する必要があるのかすら判らなくなってくるのかもしれない。

 その上、あの町と島が争うことで懐が潤う誰かが居るのなら、ますます収め方は難しくなるだろう。

 お前ならどうすると訊かれても、ぱっと思い付くことがないくらいに。

「そういうのを収めるのにい、一番簡単な解決法があってねえ」

 いつも通りにこにこしてるのに、いつもと違って何処か不穏なものを感じる。

「共通の敵を作るんだよお。それもお、できるだけ大きなねえ」

 さらりと言われた言葉はやっぱり不穏で、とても満面の笑顔で告げていいものじゃないような気がした。

 だけど……多分、間違ってない。

「いがみ合ってる暇も、利権がどうのって考えてる余裕もなくなるくらい、圧倒的なやつがいいね」

 それまで黙って話を聞いてたシューレット君が、軽く肩を竦めて言う。

「それでも利益狙いの奴が完全に消えるわけじゃねえってところが、頭のいてえ話だけどな」

 カリスはやれやれと溜め息を吐いて、腕を組んだ。

 確かに、唐突に現れた竜に町を破壊されれば、何を差し置いてもその対処に追われるものだろう。

 もしもその被害があの町か島のどちらか片方だけに出たのなら、被害のないほうが犯人として疑われると思う。

 今回は、町のほうはクイニークさん、島のほうはシューレット君が派手に姿を見せたから、ほぼ同時に竜からの襲撃があったと認識されるはずだ。

 クイニークさんが言うところの、共通の敵。

 シューレット君が言うところの、圧倒的な力。

 何処から現れたのか判らない竜からの襲撃は、きっと町や島の人たちの恐怖心を煽るだろう。

 いつまた竜が現れるか判らない。

 今回は被害が少なかったかもしれないけど、次もそうだとは限らない。

 対策を取ろうにも、自分たちだけでは限度があるとしたら。

 ほぼ同時に同じ被害に遭った人々と協力しようとするのは、確かに自然なことかもしれない。

「で、でも、どうして急に……?」

 そんなことをしようとしているようには、私には見えなかった。

 何かきっかけがあって、急に舵を切ったようにしか思えなかったんだけど、その理由が判らない。

「そうだねえ。僕らがこの異界に望まれてることにい、確信が持てたからかなあ」

「え?」

 穏やかに微笑んだまま、クイニークさんはじっと私を見つめる。

「流石にねえ、二回前例があればあ、少しは傾向と対策を思い付くものでねえ」

 困ったような苦笑を浮かべて、クイニークさんは辺りを見回した。

 釣られるように私も視線を景色に向けたけど、さっきまでと何も変わらない、砂浜と海が見えるだけだ。

「この異界っていうものはあ、最後に君が受ける問い掛けのお、答えを見付ける為だけにあるんだと思うよお」

「そ、れは……」

 それは確かに、薄々感じてたことではある。

 大樹の核に触れたあと、私だけが迷い込むあの特殊な空間で、博士と名乗る不思議な存在に訊かれること。

 それは過去二回とも、異界で見た状況に対する、私の感想だった。

 『どうすべきだったと思う?』なんて言い方をしておいて、博士が知りたいのは正解じゃない。

 私がどう答えるのか。

 それを知りたいだけだ。

「時間をかければあ、こんな力押しをしなくても良かったんだろうってことはあ、判るだろう?」

 クイニークさんに問い掛けられて、私は静かに頷く。

 彼が急に力技に舵を切る前に見せてくれていたように、あの町と島のことをもっときちんと知り、複雑に絡んでしまった糸を解せるだけの時間があれば、別の手段があっただろう。

 争いの始まりを知る人が居ない時代でも、だからこそ燻ぶり続ける熾火を鎮火させる方法だってあるはずだ。

「だからねえ、時間を掛けるやり方とお、掛けないやり方を見せておこうかなあって思ってねえ」

 柔らかく間延びした声も、整った唇が形作る笑みも、いつも通りのクイニークさんだったけど。

 こっちを見つめてくる赤い目は、少しだけ違って見えた。

 微笑んでるのにそう見えないのは、きっとその目のせいだ。

「……それを最初から私に言わなかったのは、自然体ができなくなりそうだから、ですか?」

 なんとなく思い至ってしまって、私はそれを口にした。

 もしも最初からそういうつもりで動くからって言われていたら、私はきっと、自然体で町の人たちと交流できてはいなかっただろう。

 それでなくても決められた役をそれなりに演じなきゃいけなかったのに、更に考えなきゃいけないことが増えたらパニックになってたはずだ。

「ごめんねえ」

 肯定も否定もせずに、クイニークさんは眉尻を下げて苦笑する。

 ああ、やっぱり。

 クイニークさんはのんびり穏やかであんまり難しいことを考えてないように見えて、その実、かなり頭脳派の人だと思う。

 かなり失礼な言い方だけど、見た目がこうだから仕方ないと思って欲しい。

 とにかく、見た目よりもずっと色んなことを考えてるクイニークさんなら、私を気遣って何も言わずにおくって判断くらいするだろう。

「えっと……二人は、知ってたの?」

 私はクイニークさんに首を振って応えてから、カリスたちを見た。

「言われてたわけじゃねえよ」

「そうそう。ただ、多分そういう感じだろうなって思って、応じただけ」

 成る程、この人たちは察したわけね。

 ……私、凄く情けなくない?

 だって、私だけなんにも気付かず、目の前で起こることの処理で精一杯だったとか。

 いやまあ、この人たちは揃って世界でトップクラスの人たちなんだから、それと比べるのはどうかってのは、頭では理解してるよ?

 だけどさ、今の私の周りって、そのトップクラスで固められてんだよね。

 比較対象が世界の上位希少種しかいないって、どういう了見だよ。

 誰にともなく文句をつけつつ、私はそっと、額を押さえる。

 何も気付かない私が悪かったのか、それともこの人たちがおかしいのか。

 私一人でぐるぐる考えたって、答えが出ない類の疑問だ。

「僕の予想ではあ、そろそろだと思うんだけどねえ」

「?」

 クイニークさんの独り言みたいな言葉を聞いて、私は顔を上げる。

 視線が絡んだ先で、彼はにこりと微笑んだ。

「空間転移だよお」

 まるで、その言葉を待っていたかのように。

 ふ、と明かりが消えたように、周りの景色が黒に塗り潰された。

「……!?」

 もうこれで三度目。

 だけど、微妙に心構えをさせてくれなかったそれに、私は息を飲んだ。

 無様な悲鳴を上げなかったところだけは、評価して欲しい。

 って、誰に評価されてるんだか。

「え、と……」

 思わず呟きながら、きょろきょろと辺りを見回す。

 これも過去二度の経験と同じなら、見回した先の何処かに、誰かの姿が浮かぶはずだ。

 果たして、私の視線の先に、白い後ろ姿が浮かび上がる。

「クイニークさん!」

 きっと今回は彼だろう。

 そう思ってたその人の後ろ姿にほっとして、名前を呼ぶ。

「ああ、良かったあ」

 私の声に振り返ったクイニークさんは、穏やかで優しい微笑みを浮かべた。

 思わず駆け寄る私を、両手を広げて迎え入れてくれる。

 その腕に飛び込むのは流石にどうだ、と直前で足を止めた私を、クイニークさんはふわりと包み込んでくれた。

「予想はしていたけれどねえ、外れじゃなくて良かったよお」

 とんとん、と子供をあやすように私の背を軽く叩きながら、クイニークさんは言う。

 三度目で流石に少しは慣れたとはいえ、この上下左右も判らない真っ黒な空間で、人の体温を感じるのはやっぱりほっとする。

「色々お任せしてしまって、済みません」

 ほっとしながら、私は正直な言葉を呟いた。

 一緒に異界に来てくれるのは、いつも違う人たちだ。

 他の人たちよりも異界という場所の経験値が高いはずの私は、けれどいつも、なんの対処もできない。

「いいんだよお。僕らにはあ、君をフォローすることしかあ、できないからねえ」

 そっと身体を離したクイニークさんは、優しく微笑んでそう言った。

 ああ、そうか。

 こんなことしかできないなんて思うのは、何も私だけじゃないのか。

 結局大樹の核に触れて、その先の博士のところに向かうことは私しかできなくて、そこまでのフォローはみんなに任せるしかない。

 お互いにできることを重ね合わせて、乗り越えていくしかないんだ。

「それじゃあ、歩いてみようかあ」

「はい」

 クイニークさんに促されて、私は頷いた。

 この場にカリスたちの姿がないことは、やっぱり心配だったけど。

 それでも今できることをするしかないと……過去二回と同じように進むしかないと、そう思ったから。



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