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創り人の箱庭  作者: サボ
第六章
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6-17『唐突絶叫マシン』

第六章

第十七話『唐突絶叫マシン』



 気が付いたら見も知らないところにいて、美形揃いの面々に『稀人』だと迎えられて、過去の記憶もない上に両性を持った身体だと知らされて、よく判らないまま異界を巡る。

 そんなとんでもない経験をしてる私でも、今のこの体験は、強烈としか言えなかった。

 今のこれ。

 竜化したクイニークさんの背に乗った状態で町の上空を高速で飛んでる状況。

 しかもクイニークさん、たまにブレスを吐いてる。

 きらきらと白く輝くブレスは見た目の優美さに反して、ごっそりと地面を削るような強い力を持っていた。

 最初にそれを見た時、『何をするんですか!?』と絶叫しそうになった。

 だけど声を出さないようにと言われていた私は、唇を噛んで必死に声を押し殺した。

 クイニークさんは、そんな私に『約束を守れていい子だねえ』なんて念話で声を掛けてきて、やってることと言ってることのギャップに混乱して、吐きそうになる。

 今まで見た誰かが戦っているところといえば、こっちに対して敵意があったときばかり。

 この町の人たちは、私たちに敵意があるどころか、受け入れてくれた。

 そういう役どころであったとしても。

 それをどうして、と思ったけど、よく見たらクイニークさんのブレスが抉るのが、人のいないところばかりだと気付く。

 急に現れたドラゴンに驚き、怯え、逃げ惑ってる人たち。

 その隙間を縫うように、命を奪うことは避けながら、できる限り町自体に被害を出さないようにブレスを吐いてるように見える。

 なんで、そんなおかしなことを。

 どうして、急にこんなことを。

 湧いてくる疑問はその二つだけで、それだけで頭が一杯になる。

 だけど、訊けない。

 声を出さないようにと言われたことを愚直に守ってるといえばそうかもしれないけど、実際は声も出せないと表現したほうが正しい気がする。

 私を乗せたクイニークさんは結構上下左右に激しく動くし、視界に映った人の中にはここ数日で見知った顔もあるしで、もう感情がぐちゃぐちゃだ。

 風圧からはクイニークさんが魔法で守ってくれてるらしいけど、それがあったらあっという間に転げ落ちてるだろう。

 でも、風の強さは感じなくても、重力を無視して動かれると内臓がひっくり返りそうになる感覚はある。

 正直、目もしっかり開けていられない時間のほうが長かった。

 ただ、一つだけはっきりと目にした光景がある。

 この町でひと際立派な邸宅……町長さんの屋敷の近くを通った時。

 あの時、助けたはず人たちが。

 あの時、あんなにも感謝の念を向けてくれた人たちが。

 恐怖に引き攣り、怯えた眼差しを、こっちに向けているのを見た。

 当たり前だ。

 クイニークさんの姿は竜化していて、名残といえば白い身体と赤い目だけ。

 それを名残だと言えるのは、彼が竜化するのを目の前で見ていたからだ。

 念話でクイニークさんの声を聞いているからだ。

 あの瞬きの間に起きた変化を見ていても、クイニークさんの声で語り掛けらなかったら、確かに自分の目で見たはずのことを信じられなかったかもしれない。

 なら、何も見ず、何も聞かず、唐突に現れたドラゴンに恐怖を感じ、怯えるのは当然の摂理だ。

 実際は人を傷付けるようなことはしていないとしても、ブレスを吐けば攻撃しているようにしか見えない。

 頭では、理解できる。

 彼らには、背に乗った私の姿も見えていないんだろうし。

 理解はできるけど、心の何処かが納得することを拒絶した。

 今のクイニークさんが、何を考えてこんなことをしているのかは判らない。

 常識的に考えて、私が同調するのは、クイニークさんにではなく、この町の人たちだとは思う。

 何してるんですか、やめてくださいと、そう言って止めるのが普通なんだろう。

 だけど私は、何も話してくれないクイニークさんを選んだ。

 彼がやることにはきっと意味があるんだと、そう信じた。

 ここが異界で、ここで生きる人たちは私たちにとって幻のようなものだと思ったから、そうしたわけじゃない。

 一つ目の異界の蟲人たちのように敵意を向けてくるわけでもなく。

 二つ目の異界の影法師たちのように、存在そのものが曖昧なわけでもなく。

 私たちを日常の延長として迎え入れてくれる人たちに、温もりすら感じていた。

 だけど。

 それでもクイニークさんのほうを選んでしまう、これは、なんだ?

 目を閉じて、ぎゅうとクイニークさんの鱗を握り締めるようにしながら、私は考える。

 当然のような気がする

 おかしいような気がする。

 相反する感情が胸の奥で渦巻いて、また吐きそうだ。

 ぐう、と喉の奥が鳴ったと思った時。

 不意に、身体に掛かる重力が一定になった。

 そろ、と目を開けると、もう辺りの景色は町じゃなくなっていた。

 辺りは一面、青い海が広がってる。

 はっとして振り返れば、遠くに町が見えた。

『よく頑張ったねえ』

 穏やかで優しい、いつものクイニークさんの声が聞こえる。

 それだけで、何故か涙が零れた。

『もう少しだけえ、我慢してねえ』

 涙で歪んだ視界に映るのは、広い海と、その上を飛ぶクイニークさんの背中だけ。

 零れた涙は何に拭われることもなく、ぽたりと白い鱗に落ちる。

 私はまだ声を出さないようにして、こくりと頷いた。



 合流地点っていう話になっていた小島に着いたのは、私たちのほうが先だったらしい。

 空から見れば随分小さな島だと感じたけど、浜辺に降りてみれば一周するにもそれなりの時間がかかりそうに思えた。

『着いたよお。降りられるかあい?』

 浜辺に身を伏せてくれたクイニークさんに、私はこくこくと何度か頷く。

 ぎっちりと鱗を握り込んでいた手を離すのは、ちょっとだけ苦労したけど。

 痺れたようになっている手で、なんとかクイニークさんの背中から降りて浜辺を踏んだ直後、目の前のドラゴンが人の姿に戻る。

 どういう原理なのか、着ていた服が弾け飛んでるわけでもなく、人に戻った姿は竜化する直前と全く同じだった。

 そういえば竜化した時、辺りに服が散らばることもなかったな、なんて、どうでもいいようなことを思う。

「よく頑張ったねえ」

 足早に私の傍までやって来たクイニークさんが、にこりと微笑んでそう言った。

 彼の背に乗ってるときにも、同じことを言われたっけ。

「もう、声を出しても大丈夫だよお」

 長身を折って私の顔を覗き込み、クイニークさんは言う。

「あ……」

 そう言われて、喉から零れ落ちたのは、意味のない声。

 何を言えばいいのか判らなくて……いや、正直にいえば言葉が喉を通らなくて、私は喉元を押さえた。

「……怖かったねえ」

 そんな私に、クイニークさんは静かに微笑み、そっと手を伸ばしてくる。

 頬に届いたその手の温もりに、安堵の溜め息が零れた。

 私に触れる手の優しさも、少しだけ困ったように眉尻を下げる表情も、いつものクイニークさんだ。

「何も教えなくてごめんねえ」

「……はい」

 優しい声に、『大丈夫です』とは言えなかった。

 きっとクイニークさんは、色々と考えて私に何も伝えなかったんだろうと思うけど、だからといってあの感情がぐちゃぐちゃになった体験を大丈夫だという言葉で片付ける気にはなれない。

 それでも、ただ頷くことはできた。

 言葉で応えることもできた。

 ただ、気が緩んだのか、涙がまた一粒、零れて落ちる。

「泣かないで」

 苦し気に眉根を寄せて、クイニークさんは小さな声で囁いた。

 その声はいつもみたいに間延びしていなくて、だけどあの時みたいに底冷えのする暗さを持ってもいない。

「ご、ごめん、なさい……」

 私は慌てて、手の甲で目尻を拭う。

「……謝らなくていいよお。謝るべきなのはあ、僕のほうだからねえ」

 そんな私を見て静かに微笑わらい、クイニークさんはそう言った。

 それから私の頬に添えていた手をどけて、振り返る。

「あっちも来たねえ」

「?」

 青く澄んだ空を見上げるクイニークさんの言葉に、私は首を傾げた。

 彼の視線を追うように目を細めて、その言葉の意味を悟る。

 遠くからこっちに飛んでくる影が、私たちの視線の先にあった。

 クイニークさんが竜化できるなら、同じ竜人族のシューレット君も竜化できて何も不思議はない。

 合流することに関しては一貫して問題視していなかった理由。

 それは、二つに分かれたグループの両方に、人を乗せて空を飛べる力を持った竜人族がいたからだ。

「う、わ……」

 かなりの速度でこっちに向かってくる影を見て、思わず口から声が漏れる。

 クイニークさんはホワイトドラゴンって感じだったけど、シューレット君はワイバーンって言ったらいいのかな。

 細身の身体に大きな皮膜の翼を持つ、飛ぶことに特化したような姿だった。

 近付いて来ると、深い緑色に覆われた鱗がてらりとした艶を持ってるのがよく判る。

 その背中にはカリスがいるはずなんだけど、ここからじゃよく見えないな。

 無意識に一歩踏み出そうとした私を、クイニークさんが前に立って手で押し留める。

 おや? と思ってる間に飛竜は砂浜に降り立ち、凄い勢いで砂が舞った。

「……!」

 全身を覆い隠すような砂嵐に、反射的に目を閉じ、両手で鼻を含めた口元を覆う。

 クイニークさんが止めてくれたのは、危ないからだったのか。

 そんなことを、自分の瞼で作った暗闇の中で思ってた時。

「アディ!」

 聞き慣れた、カリスの声が聞こえた。

 はっとして目を開ければ、飛竜の背中から飛び降りるカリスの姿が見える。

「カリス……!」

 この異界に来てから初めて見ることができた人の名を、思わず叫んだ。

 駆け出そうとした私の手を、クイニークさんの手が止める。

 手袋をつけ直していないせいで、視界が一瞬、白黒に染まった。

「あんまり僕から離れるとお、砂で大変なことになるよお?」

 のほほんとした声で言われて初めて、私は自分の周りに舞い散る砂が届いていないことに気付く。

 見上げたクイニークさんを中心とした半円状に、砂を弾くような透明な壁ができていた。

 カリスと再会できたのは素直に嬉しいけど、こうして止められると猛烈な砂嵐に足が動かなくなる。

 そんなものをものともせず駆け寄って来てくれる騎士様の姿を見ながら、内心でごめんなさい、と手を合わせてしまった。



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