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創り人の箱庭  作者: サボ
第六章
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6-2『青と緑の境目』

第六章

第二話『青と緑の境目』



 大樹の根元に現れた扉をくぐった先は、広い海を見下ろす崖の上だった。

 青い空とそれを映したような大海原が広がる解放感は、過去の異界からは想像もつかないものだ。

 ただ、その景色をゆっくり眺めている余裕は、私にはなかった。

「え……? あ、あれ?」

「おやあ?」

 慌てていて、まともな言葉も出ない私の目の前で、ゆっくりと首を傾げてるのはクイニークさんだ。

 そう。

 クイニークさんしかいない。

「カリスとシューレット君は……?」

「ううん、どうやらあ、はぐれちゃったみたいだねえ」

 いつも通りの間延びした声で告げられた言葉が、私の背筋を冷たい温度で撫でていく。

 異界を進む中で同行者と別行動をとったことはあるけど、最初から一緒にいないってことはなかった。

「は、はぐれ、た?」

 どっと音をたてて、嫌な汗が出てくる。

 この異界がどんなものかも判らないのに、最初からはぐれてしまったらどこかで再会できるんだろうか。

 再会できなかったとしても、戻るときは一緒に戻れるんだろうか。

 それに、私はクイニークさんと一緒にいるけど、あの二人がそれぞれ孤立してたとしたらどうしよう?

「どう、しよう? どう、したら? 二人に、何か、あったら……!」

 私じゃどうすることもできない。

 どこにいるかも判らない。

 探す手段も、最後に合流できる保証もない。

 そんなの、そんなの、どうしたら……!?

「アディ」

 クイニークさんに呼ばれて、はっとする。

 次から次へと不安ばかりが浮かんで、心臓がばくばくと嫌な音をたてていた。

「大丈夫だよお。二人はねえ、とっても強いしい、賢いんだからあ」

 長身のクイニークさんは私と視線を合わせるように腰を折って、いつも通りの優しい声で続ける。

「もしも二人がどこかで一人きりでもねえ、臨機応変にやってくれるさあ」

 にこにこ、にこにこ。

 穏やかで人好きのする笑顔と、ゆっくりと沁み込む低い声に、少しずつ心臓がいつものペースを取り戻していくのが判った。

「大丈夫、大丈夫だよお」

 クイニークさんはそう続けて、なだめるように優しい力で私の頭をぽんぽんと叩く。

 穏やかでのんびりとした口調が特徴的で、線の細い印象のあるクイニークさんだけど、私の頭を撫でてくれてる手は大きくて骨ばっていて、やっぱり男の人なんだなあ、と今はどうでもいいことを感じた。

「あ、えっと、す、済みません……」

 なんて返せばいいのか判らなくて、反射で出た言葉は謝罪だった。

「いいんだよお。心配するのはあ、当たり前だからねえ」

 とんとんと、私の頭で一定のリズムを刻む大きな手は、どこまでも優しい。

「自分のことよりい、あの二人の心配をするんだねえ」

 ふふ、と微笑わらうクイニークさんに、私は目を瞬かせた。

「だって、私はクイニークさんと一緒ですから」

 そう言ったら、今度はクイニークさんがきょとんと瞬きを繰り返す。

 え? だって、クイニークさんも強いんだよね?

 陛下やファービリアさんのお墨付きだと思って言ったんだけど……あれ? そういえば『頼りになる』とは言われたけど、『強い』とは言われてない?

「あはは~、素直だねえ」

 さっきまでとは違う意味の冷や汗をかきそうになってたら、クイニークさんはころころと軽く笑った。

 私の心の中を全部見透かしたみたいな言葉に、なんとも居た堪れない気持ちになる。

「うんうん、素直なことはいいことだよお。いい子だねえ」

 そう言いながら、クイニークさんはぽんぽんと私の頭を撫でた。

 なんていうか、大人が小さい子供を可愛がるような撫で方だな。

 落ち着いてみるとそう感じるせいか、頭の上の手はちょっと気恥ずかしいけど嫌悪感を覚えるようなものじゃなかった。

「大丈夫だよお。ちゃんと僕は強いからねえ」

 にこにこ、にこにこ。

 いつもと同じ笑顔で言われる言葉は、正直言ってあんまり説得力がない。

 だけど、人は見た目に寄らないってことを、私はこれまでの経験で確かに知っていた。

 親戚の優しいお姉ちゃんみたいなヒールや、フォークやナイフより重いものなんて持ったことなさそうなファービリアさんがあんなに強いなんて、この世界はどうかしてる。

「はい……」

 私はただ小さく頷くことしかできなくて、クイニークさんはなんだか少し、困ったような顔をした。

「本当に大丈夫だよお。僕が必ずう、君を護るからねえ」

 眉尻の下がった、少しだけ情けない顔が、妙に似合う人だな、と思った。

 四方領主の一画を相手にそんなことを思うなんて、多分申し訳ないことなんだろうけど。

 でも、なんだかやけに身近に感じて、口元に自然と笑みが浮かんだ。

 嫌な汗はもうかいてないし、心臓も普通の速度で血を全身に送ってくれてる。

「二人との合流はあ、手がないわけじゃないからねえ。心配は要らないよお」

 私の頭から手を離し、にこにことクイニークさんは微笑わらった。

「はい、判りました」

 手がないわけじゃないっていう言い方が少し気になったけど、心配しなくていいと言われれば頷くしかない。

 この異界がどういうところなのか全く判らない以上、私にできることなんてほとんどなにもないんだし。

「本当にい、素直な子で助かるよお」

 さっきと似たようなことを言って、クイニークさんはもう一度ぽん、と私の頭を撫でた。

 なんとも慣れた手付きと声の掛け方だなあ。

 弟妹や年下の親族の面倒をよくみてるっていうサンシュは『お兄さん』って感じだったけど、クイニークさんは『お父さん』……いや、近所の『おじいちゃん』?

 なんか、飴とかくれそうだ。

「さてえ、少し周りを見てみようかあ」

「あ、は、はい」

 余計なことを考えてぼんやりしてた私は、そう言われてはっとした。

 改めて周りを見てみると、正面は海と大きな空を広がってるけど、後ろは鬱蒼とした森に続いてる。

 すたすたと崖の先のほうへ進んで行くクイニークさんに付いていくと、崖の下、海辺のほうに町のようなものが見えた。

 遠くて人影までは見えないけど、小さな船が何艘か海に出てるから、誰かが生活してる生きた町ではあるらしい。

 過去二回の異界とは、雰囲気が全然違う。

「ここ、どこでしょう?」

「ううん、そうだねえ」

 思わずぽつんと呟いてしまった私に、クイニークさんは続けた。

「多分だけどお、どこでもないと思うよお」

「え?」

 どこでもない、と言い切ってしまうには、ありふれた景色に見える。

 反射的にクイニークさんを見上げると、彼の視線は街並みじゃなく、海の向こうに向いていた。

 遠く、遠く。

 海と空以外の何もない先のほう。

「こういう地形の海の先にい、壁が見えない場所はなかったはずだよお」

 海の先の、壁。

 そういえば、そんなものがあるんだっけ。

 それ自体が見えない場所で生活してると違和感もないから忘れがちだけど、この世界は巨大な壁で四角く切り取られたような形をしてるんだった。

「僕が知る限りだけどねえ」

 そう付け足して、クイニークさんは私のほうを見る。

「じゃあ、現実っぽく見えるようで、やっぱり異界ってこと、ですよね?」

「そうなるねえ」

 クイニークさんは穏やかな調子を崩すことなく、こくりと頷いた。

 それを見てから、私はもう一度、崖の向こうに視線を向ける。

 からりと晴れた青い空に、薄く千切れたような雲が浮かんでいた。

 その空を映したかのような、でもそれよりも深い青を湛えた広い海。

 入り江を囲むような形で広がる家々は、真っ白な壁と色とりどりの鮮やかな色彩に塗られた屋根が特徴的だ。

 振り返れば、鮮やかな緑と暗い緑が折り重なったような深い森がある。

 潮と緑の匂いか混ざり合った風は少しだけ冷たくて、夏に似た陽射しの中だと涼しく感じた。

 森の奥から何種類かの鳥の鳴き声も聞こえてくるこの景色は、今までの異界とは違うと思える。

 だって今までの異界は、現実っていう概念から切り離されたような場所だった。

 時間の進まない、シーンだけを用意された砂漠と、切り絵の上映会をする為の会場。

 そこには自然や時の流れっていうような当たり前のものが何もなくて、まるで世界の舞台裏にでも通されたみたいな気分だった。

「今までとはあ、少し違うみたいだけどねえ」

 私たちからの報告をちゃんと憶えててくれてるんだろう、クイニークさんはそう言いながら、ぽん、と私の肩を叩く。

「先に進まなきゃいけないことはあ、きっと変わらないよお」

 見上げた先のクイニークさんは、いつも通りの穏やかな微笑を浮かべていた。

「はい……そうですね」

 ここで何を考えていても、事態が好転することはない。

 私はクイニークさんに微笑み返して頷いた。

「あの町に行くとしてえ、この崖を降りるのはあ、最終手段にしておこうかあ」

「え?」

 にこにこ微笑わらって崖の先を指さすクイニークさんに言われて、声が詰まる。

 いや、崖を降りるって、こ、ここを?

 ごつごつとした白い岩肌をむき出しにした崖はほとんど垂直で、登るも降りるも不可能に見えた。

「地形からしてえ、きっとあっちに道があると思うんだよねえ」

「え? あ、は、はあ」

 私が戸惑ってることなんて百も承知だろうに、にこにこしたまま、クイニークさんは森のほうを指さす。

 促されるままに歩き出して、ふと気付いた。

「クイニークさんって、地形に詳しいんですか?」

「ええ?」

 思ったままのことを口にしたら、並んで歩いてくれながら、クイニークさんは首を傾げる。

「いえ、さっき何度か『地形からして』って言ってたので」

「ああ~、言ったねえ」

 うんうんと何度か頷いてから、クイニークさんは前を見た。

「町に着くまでにい、少し話をしようかあ」

「あ、はい」

 クイニークさんの横顔は、いつもと変わらない優しいものだったけど。

 どこか少しだけ、寂しそうな気配がした。



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