6-3『南の領主たちのこと』
第六章
第三話『南の領主たちのこと』
見上げるような木々が密集した森は薄暗くて、手入れのされてない道なき道は酷く歩きにくい。
クイニークさんは私の前を歩いてくれて、足元に大きな根や折れた枝なんかがあったらその都度声を掛けてくれた。
そうして少しゆっくりめに進みながらクイニークさんが話してくれたのは、彼の『祝福』と『呪い』についてだった。
彼の『祝福』は『月の囁き』といって、月が見える夜ならあらゆる生き物と会話が可能になるっていうものらしい。
対して『呪い』は『色なし』。
読んで字の如く、クイニークさんの視界には白と黒以外の色がないんだそうだ。
光の加減は判るらしいから、正確には白と黒と灰色の世界だろうか。
前の異界で似たような景色を見たけど、クイニークさんは生まれた頃からそれが普通だったんだな。
そのせいで、色で何かを判別したり記憶したりっていうことができないから、形に頼ることが多いんだそうだ。
「本当はあ、ここに来る前に話しておかなきゃいけなかったんだけどねえ」
前を歩きながら、クイニークさんはいつも通りの口調で言った。
異界でどんなことが起こるか判らない以上、クイニークさんが色を判別できないってことを共有しておく必要は、確かにあったと思う。
「大丈夫ですよ。何かある前に、こうして話してくれましたし」
細身の背中に向かって、私はそう言った。
『月の囁き』も『色なし』も、他人からの好奇心と同情心を誘うものだと思う。
それに、敵対してる人には知られたくない『呪い』だとも思う。
私がクイニークさんと敵対することなんてないだろうけど、口に出して話したことはどこで誰が聞いてるかも、そこからどう伝わるかも判らないから。
「ありがとうねえ。でもお、こういう状況だからあ、シューの話もさせて貰うねえ」
こっちを振り返らずに、クイニークさんは続けた。
「シューにはねえ、『祝福』も『呪い』もないんだよお」
「え?」
それを聞いて、私は間の抜けた声を上げてしまう。
陛下の騎士になるには、『祝福』と『呪い』を授かってることが必須って聞いてたから、勝手に筆頭護衛の人たちもそうなんだと思い込んでいた。
ものによるけど、やっぱりそういう能力があったほうが、近衛としての実力は上だと思うし。
「意外かなあ?」
「はい……っと、ごめんなさい」
「あはは~、いいんだよお」
反射的に頷いてしまってから、まるで『祝福』も『呪い』も持たない人は無能だとでも言ってるみたいだと気付いた。
慌てて謝った私に、クイニークさんは穏やかに笑う。
「君の周りはあ、授かってる人のほうが多いからねえ。だけどお、順番が逆なんだよお」
「逆?」
正面を見たままのクイニークさんが、軽く頷くのが見えた。
「『祝福』がなければあ、近衛になれないんじゃなくてえ、近衛に向いてる『祝福』を授かってる人をお、近衛にしてる人が多いっていうだけだよお」
ああ、それはそうか。
たまたま私が知ってる人たちが、近衛向きっていうか戦闘向きの『祝福』を授かってるだけで、この世界にはそういうことに向かない『祝福』もある。
そういう人と比べれば、鍛え抜いた普通の戦士のほうが間違いなく強いだろう。
「シューはねえ、ちゃんと訓練を積んでるからあ、心配しなくても大丈夫だよお。それにねえ、竜人族にはあ、奥の手があるからねえ」
「奥の手?」
なんの話か判らなくて首を傾げる私に、クイニークさんは軽く振り返った。
「そうそう~。僕たち竜人族はねえ、竜化することができるんだよお」
「りゅう、か?」
にこにこといつも通りの微笑みで告げられた言葉には聞き覚えが全くないけど、想像することはできる。
『りゅうか』って、竜人族だし『竜化』だよな?
言葉通りなら、竜になれるってこと?
「どの程度の竜になるかはあ、人それぞれなんだけどねえ」
あ、やっぱり竜になるんだ。
しかも、どんな竜になるかは個人差があるとか言ってる。
魔物だの魔法だのがある世界なんだから、竜がいるって言われても驚きはしないけど、それになれると言われると、流石に驚くよね。
「秘密にしておいてえ、びっくりさせようかとも思ったんだけどねえ」
ふふ、と小さく微笑って、クイニークさんは正面に向き直る。
「ここでそんなことを言ってたらあ、シューに怒られそうだからねえ」
「あ、あはは……」
軽く肩を竦めるクイニークさんの背中を見ながら、私は二人の気軽な関係を思い出していた。
四方領主の一人であるクイニークさんに対して、シューレット君はかなり遠慮のない態度で接してたと思う。
本来の主従がどうあるべきかっていうのはいまいちよく判らないけど、もう少し距離っていうか敬意っていうか、そういうものがあるのが普通なんじゃないだろうか。
シューレット君は主人であるクイニークさんに結構ずけずけものを言って、なんか際限なく広がりそうになってるお喋りも遠慮なくぶった切って、なんなら敬語すら甘いこともある。
そんな彼だから、呆れたような口調でクイニークさんを叱る様子が簡単に思い描けた。
……そういえば、今日のクイニークさん、余談が少ないような?
さっき『竜化には個人差がある』って話をしてくれたけど、いつものクイニークさんなら色んな人の例を挙げるような気がする。
「あの、クイニークさん」
「なんだあい?」
呼び掛けると、顔だけちらりとこっちを振り返ってくれた。
「ひょっとして、お話、我慢してます?」
そう訊いたら、クイニークさんの足がぴたりと止まった。
そんな彼の背中にぶつからないよう、私も足を止める。
「え、ええとねえ……」
視線を斜め上へうろうろとさまよわせてから、クイニークさんはくるりと身体ごとこっちに振り返った。
「気を付けてはいるよお。よく判ったねえ」
眉尻を下げて、はは、と情けなく微笑いながら、クイニークさんは頬を掻く。
な、なんか、可愛い人だなあ……!
「気にしなくていいのに、って言いたいところなんですけど」
一歩クイニークさんに近付いて、笑いながら彼を見上げる。
長身ではあるけど、リクのほうがもう少し高いかな。
「護ろうとしてくれて、ありがとう御座います」
クイニークさんが、頑張って意識して普段の行動を制限してくれてるのは、ここに彼以外、私を護れる人がいないからだ。
四方領主なんて立場の人は、本来は誰かを護るんじゃなく、誰かに護られることのほうが多いはずなのに。
「ふふ、護衛の側に回るっていうのは初めてだけどお、色々判って貰えるっていうのはあ、嬉しいものだねえ」
にこりと微笑って、クイニークさんは何度か頷いた。
何かを意識して言ったつもりもない私は、その言葉の意味を全部は理解できなかったけど。
なんとなく、私の騎士さんたちが私を可愛がってくれる理由に近いものがあるんじゃないかって、そんな気がした。
*
道もない森の中を二人で少し歩いた先で、私たちはひっそりとたたずむ山小屋のようなものを見付けた。
人がいるかもしれないとクイニークさんが声を掛けてくれたけど、中から返事はなく、裏手から誰かが顔を覗かせることもなかった。
ドアには鍵がかかっていなくて、中を勝手に確認することもできはしたんだけど、私たちはそれ以上何もしないで、崖の上から見えた町へ降りることを選んだ。
『家探ししてる最中にい、家主が戻って来てもお、面倒だからねえ』とか、クイニークさんの口から出るとは思えない言葉が飛び出て来たのには、ちょっとびっくりしたけど。
ほのぼのというよりはぼのんぼのんっていう擬音が似合いそうなクイニークさんだけど、流石は四方領主と言うべきか。
どう表現するべきかは置いといて、この外見とこの性格でも、ちゃんと四方領主の一画として艱難辛苦乗り越えてんだろうなって、改めて思った。
普段はしっかりもののシューレット君が傍に控えてるから、あんまり気付かなかったけど。
まあ、クイニークさんの印象の話は置いておくとて、山小屋から下の町へは細い道があった。
綺麗に整えられてるわけじゃなく、人が何度も歩いたからできたっていうだけの小道だけど、さっきまでの草地と比べれば随分歩きやすい。
木の根とか大きな石とか足に絡まるような草とか、そういうものがないだけで歩くのが楽だった。
なだらかな坂道を麓へ向かって歩き続けることしばし。
急に森の木々が途切れて、視界が開けた。
その先に見える真っ白な外壁が、緑に慣れた目に少し痛い。
「町に入る前にい、少しだけいいかあい?」
「え? あ、はい」
先を歩いてくれていたクイニークさんが、立ち止まって身体ごとこっちに振り返った。
慌てて頷く私に、クイニークさんはにこりと微笑む。
「町での話はあ、僕がするからねえ。どういう反応がくるか判らないからあ、できるだけ僕から離れないでねえ」
「はい、判りました」
クイニークさんに告げられた内容は、言われるまでもないことではあった。
それはクイニークさんも判ってのことだとは思うんだけど、わざわざ言葉にするってことで改めて意識させようとしてくれてるんだろう。
「うんうん、素直ないい子だねえ」
にこにこと穏やかに微笑んで、クイニークさんは何度か頷いた。
いやあ、やっぱりこの雰囲気、お爺ちゃんっぽいなあ。
外見は精々がお父さんだけどさ。
「それじゃあ、行ってみようかあ」
「はい」
緊張感のない声に頷きながら、私は少し遠くに見える街並みを見る。
最初の異界には、過去に絶滅した蟲人がいた。
二番目の異界には、いつか、どこかに存在していたであろう人たちの影法師がいた。
三番目のここには、どんな人たちがいるんだろう。
どんな事情を、私たちに訴えてくるんだろう。
続




