6-1『次の扉』
第六章
第一話『次の扉』
今まで何度も、変な夢を見てきた気がする。
起きる度に忘れて、また別の日に似たような夢を見て、の繰り返しだった。
何度か似たような夢を見たことは思い出したけど、前の夢の内容までは思い出せなくて、なんとも歯痒い。
ただ、思い出せたとしても、そこに何かの意味を見出せるかどうかは怪しいところだ。
憶えてる夢だって、どこを見回しても目を閉じたのと同じ色の闇で、ただ名前を呼ばれるだけのものだった。
それは異界の奥で博士と出会うときと似ていて、あの声も博士のものだったと思う。
異界での体験はどれも強烈な印象を私に残してくれてるから、それに係わる夢を見るのは自然といえば自然なんだけど。
この世界に来る前の私のことも知ってそうな博士が、なんかよく判んない力を使って何かしてるのかもしれない。
って、自分で考えておいて、『何か』とか『よく判らない』とか、曖昧な言葉ばっかりだな。
だけど、この世界では常識の魔法なんてことも根本的なことはよく理解してない上に、その常識を超えた先で出会った博士の力なんて、そりゃあ何も判りゃしないだろう。
この世界に来て結構色々知ってきたつもりだけど、やっぱり判らないことばっかりだ。
習慣も、礼儀も、常識も、何もかも。
ある日転がり込んできただけの私には、凡そ飲み下すことのできないくらいの大きな情報の波。
私がこの世界に生まれ落ちた普通の存在だったなら、この半分くらいは理解できたのかもしれない。
なんて、そんなことを考えてもしょうがないって、判っちゃいるんだけどね。
判っちゃいるけど、考えちゃうのが人間って気もする。
こういうのが胸の奥に溜まり過ぎると、まあ、宜しくない状態になると思うんだけど。
今の私には遠慮なく話ができる相手がいるから、なんとかなると思う。
リクに預けていたあの魔法石、無事にペンダントの形に加工されて戻って来たし。
……いや、このペンダントにも言いたいことが幾つかあったんだんだけどさ。
ぱっと見、そこそこ長期間預けてたにしてはシンプルだな、って感じたんだけど、よくよく見たら細かな細工がびっしりと施されていた。
マダムから貰った雫の形をした水色の魔法石はそのままの形で、ペンダントトップとして綺麗な輝きを放ってる。
それを支える土台も周りを飾る枠も、まるで蔦が絡んだような繊細な意匠が施されていた。
それは首に掛けるだけのチェーンの部分まで及んでいて、全てを手作業で作り上げたんだろうから、かなり大変だったんじゃないだろうか。
ぱっと見はシンプルな作りだから、貴族の夜会とかファービリアさんみたいな生粋の貴婦人の胸元を飾るには少し物足りないと感じるけど、ただの普段使いかと訊かれれば首を振る。
普段使いの皮を被った超絶技巧の賜物に、それを持ってきてくれたリクを思わずじっと見つめてしまったんだけど。
『その……うちのお抱えの技師が、自分がこのような依頼をするのが初めてだと、妙な勘繰りをして、張り切ってしまって……』
私から目を逸らし、どこか遠くを見ながらぼそぼそと呟くリクに、それ以上何も訊けなかった。
ここまでになるとは、頼んだリクも思ってなかったんだろう。
でも、その技師さんには悪いことをしたな、と思う。
技師さん的には、レヴァン家の次男坊が初めて異性に贈る為にアクセサリーを注文してきたって感じなんだろうけど、実際はそうじゃない。
本当のことを言えば、異性なんだかどうだかも判らない警護対象が、同じく異性なんだかどうだかも判らない人から貰ったものを、どうにかしていつも着けていられるようにしてくれって話なんだけど。
本当のことを話しても意味が判らないよな、と思いつつ、私はリクにお礼を言ってそれを受け取った。
もしもこれが、技師さんの思うような人へ贈る為のものだったら、きっと喜ばしいことだったんだろう。
次男とはいえ侯爵家の嫡流が、異性の為の贈り物にしそうなものを初めて持ち込んできたとなれば、そりゃまあ色めき立つ気持ちも判る。
リクも否定したみたいなんだけど、実際のことを詳しく説明するわけにもいかないから、なあなあのまま気合の入ったデザインになってしまったらしい。
辛うじて普段使いにできる形にしてくれただけ、向こうも譲歩してくれたってところなんだろう。
困ったような顔でペンダントを差し出してくれるリクに、お礼を以外の何を言えば良かったんだろうか。
それからずっと、私の胸元にそのペンダントはある。
魔法石自体が高価っていうこともあるけど、施された細工も値打ちが高いだろうから、他の人に見えないよう、服の下に隠すようにして。
そういう風に着けることを見越してか、チェーンも長めにしてくれてたし。
歩きながら、服の上から魔法石に触れる。
胸元に触れる、少しだけ冷たく感じる台座の感触と、服越しに感じる硬さ。
これを貰って早数日が経つけど、どっちの感触にもまだ慣れなくて、つい触っちゃうんだよね。
こうして大事な場所へ向かってる最中にも、無意識に。
そう、今私は、あの場所へ向かってる。
この王宮の地下にある、銀色の大樹のもとへ。
リクから魔法石を返して貰った日、次の異界行きのことが通達された。
三番目の異界へは、クイニークさんとシューレット君、それとカリスが一緒に来てくれる。
いつもと同じように、地下への道を騎士さんたち三人が同行してくれていた。
カツン、カツンと規則正しく響く複数の靴音と、地下特有のひんやりとした空気。
この状況に慣れたかって訊かれると、首を傾げる。
三度目ともなれば少しは慣れたような気もするけど、いつまでも慣れることはないような気もするんだよな。
というか、慣れちゃいけないような気もする。
緊張でガチガチになるのは良くないと思うけど、舐めて掛かるわけにもいかない。
ただでさえ自分の身を護る力もほとんどないのに、油断なんかしてたら危ないどころの話じゃないからな。
「緊張してる?」
そんなことを考えていた丁度そのタイミングで、横を歩いてるヒールにそう声を掛けられた。
「ちょっとね。でも、少し慣れてきた気もする」
正直なことを言って、私は小さく苦笑する。
こんなこと、嘘を吐いても仕方ないし。
「良かった……って言っていいところか、ちょっと迷うわね」
私と同じように小さな苦笑を浮かべつつ、ヒールは小さく肩を竦めた。
「俺たちとしては、護りやすくていいけどな」
前を歩いてるカリスが、ちらりとこっちに視線を向ける。
彼の腰には、普段は帯びてない細くて短めの剣が二振り、背中側で交差する形で収まっていた。
カリスの攻撃手段はヒールと同じように魔法が主体なんだけど、状況によって双剣と使い分けをするらしい。
「ビクつきまくってる奴も、逆に突っ走る奴も、護る側としちゃ面倒だからな」
まあ、そうだよね。
怯えまくって歩くこともままならないような人も、話も聞かずにずんずん先に進むような人も、護衛としてはやりづらいよね。
「今回は俺がちゃんと護るからな」
に、と男前な笑みを浮かべて、カリスは親指を立てる。
「大丈夫だとは思うけど、もしものときはすぐにクイニーク閣下の後ろに隠れるのよ?」
「おい」
割りと真剣な顔で言うヒールに、カリスが低めの声で突っ込んだ。
ところで、クイニークさんの後ろに隠れていいんだろうか?
クイニークさん本人も、筆頭護衛のシューレット君も、ぱっと見は強いって感じしないんだよね。
少なくとも筆頭護衛っていう肩書がある以上、シューレット君は強いんだろうけど、見た目で判る感じじゃない。
まあ、それを言ったらファービリアさんなんて、見た目からはあんなに強いなんて全然判んないんだけど。
「異界でどういう状況になるかは判らないが」
カリスとヒールが言い合いを重ねるより先に、カリスの隣を歩くリクが続けた。
「危険と思ったら、その場の誰の後ろでもいいから隠れてくれ」
軽くこっちを振り返ったリクは、真顔で諭すように告げた。
「うん、判ったよ」
私を見る目に、『心配してます』って色がありありと浮かんでいて、私はただ素直に頷くだけだ。
そうして歩いているうちに、通路の先に銀色の光が見えるようになってきた。
私がこの世界で初めて見た光景に近い景色は、何度見ても不思議な気持ちになる。
懐かしいような、少しだけ怖いような。
いや、少しだけ怖く感じるの、ひょっとしたらあの大樹の上のほうに引っ掛かってたからかもしれないけど。
起きた弾みにバランスを崩して枝から落ちてたら、何かが始まる前に終わってただろうな。
まあ、あの場にいたのって、この人たちだからなあ。
大樹の根元に集まってる人たちが見えてきて、内心で苦笑する。
例えあのときの私が枝から落ちたとしても、誰かが助けてくれただろう。
実際、少しバランスを崩したのを助けて貰ったわけだし。
「やあ、来たねえ」
最初に声を掛けてくれたのは、今日一緒に行ってくれるクイニークさんだ。
相変わらず少し間延びした、のんびりと聞こえる声なんだけど、腰に細めの剣を帯びていた。
「今回はヨロシク」
ひら、と手を振るのはシューレット君だ。
彼は背中に身長くらいある槍を背負ってる。
男性にしては小柄なもんだから、彼の身長と同じくらいの長さっていっても、リクの大剣よりは短い気がするな。
……誰の気分も良くならなさそうなそんな感想、勿論口にはしないけど。
「二人とも、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、二人はにこりと笑い掛けてくれる。
「クイニークはこう見えて頼もしいから、安心して」
陛下がにこりと微笑って、そんなことを言った。
「こう見えてなんてえ、酷いなあ」
ほわんほわん、とした雰囲気で微笑うクイニークさん。
うん、そういうところが『こう見えて』なんだと思うんだけど。
長身だけど細身で、白い髪と赤い目っていうアルビノっぽい見た目は、屈強って言葉とは縁遠い印象がある。
穏やかで優しい笑顔が似合う整った顔立ちからして、荒事には不向きに見えた。
でもねえ。
「見た目で強さが判断できないっていうのは、重々承知してます」
そう言いながら、私の視線は自然とファービリアさんのほうに向いてしまう。
笑って言ったつもりだったけど、多分ちょっと、口元が引き攣ってたんじゃないだろうか。
私の視線を受けたファービリアさんは、大輪の花が咲き綻ぶような笑みを浮かべて、こっちに投げキスして見せた。
うわあ、普通の人がやったらドン引きしそうな仕草も、ファービリアさんがやると見惚れるしかない。
何度も言うけど、美人って凄い。
「やだなあ、ファービリアほどじゃないと思ってるよお?」
「何を申すか」
ふわん、と小首を傾げるクイニークさんに、ファービリアさんが呆れたような声を零す。
うん、よく判んないけど、クイニークさんはきっと強いんだ。
きっととんでもない魔法とか使えるんだ。
「みんな、気を付けて行って来てね」
それまで黙っていたヒイラギさんが、この場を収めるようにそう言ってくれた。
しょうがないな、っていう感じの苦笑が、なんとも似合ってると言わざるを得ないのが申し訳ない気がする。
「はい」
現れてる扉の先の風景は何も想像できないけど、『気を付けて』っていう言葉には素直に頷くことができた。
さて、今度はどんなことになるんだろう。
それと……今度は博士と、まともな話ができるんだろうか。
続




