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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-15『貸切店の夜は更ける』

第五章

第十五話『貸切店の夜は更ける』



 話すだけ話して、泣くだけ泣いたら、なんだか妙にすっきりした。

 強く在ろうとかとか、稀人なんだからとか、そういうことを一切考えなくていい時間だったってことも、このすっきり感を増してくれてる気がする。

 いつも誰かに気を遣って生活してたつもりはないんだけど、やっぱり何かを気にしてたんだろう。

「落ち着いたか?」

「うん、大丈夫」

 カウンターの上からゴラちゃんに訊かれて、私はこくりと頷いた。

 自然と口元に笑みが浮かんだのは、頭も心も不思議とすっきりしてるからかもしれない。

「よし、じゃあちょっと抱っこしてくれ」

「え?」

 急に言われて、戸惑った声が出てしまう。

 だけどゴラちゃんは特に表情を変えるでもなく、カウンターの上で私に向かって両手を伸ばしてひょいひょいと振った。

 小さな子供が抱っこをせがむような様子が、なんだかちょっと微笑ましい。

 私は両手で包むようにして、そっとゴラちゃんを抱き上げた。

 手の平に、人肌に似た温もりが伝わってくる。

「もうちょい上だ。顔のとこまで持ち上げてくれ」

「え? こ、こう?」

 ちょいちょいと手を動かしながら指示されて、大人しく従ってみた。

 自分とゴラちゃんの目線が丁度平行になるくらいまで持ち上げると、ゴラちゃんは右手をそっと私の顔のほうにかざした。

「『ヒール』」

「え……」

 唐突に聞こえた言葉と、ふわりと目元を包んだ温もりに、思わず声が出る。

 魔法を間近で見るのはこれが初めてじゃないけど、ゴラちゃんが魔法を使えること自体に驚いた。

「そのままにしとくと目が腫れちまうからな。あとで騎士の連中に騒がれても嫌だろ?」

「あ……うん、ありがとう」

 ふわりと温かさを感じた目元を癒してくれたんだと判って、私は素直にお礼を言う。

 腫れてしまった目をみんなに見られて、ああだこうだ詮索されるのも、逆に何も訊かれずにそっとおいておかれるのも、どっちも妙に居心地が悪い。

 この場所では何もなかった。

 ただお喋りをして帰ってきただけだと、みんなに思って欲しい。

 事実、この店で嫌なことなんて一つもなくて、ただただ優しくて温かい時間しかない。

 下手に勘ぐって欲しくもないし、心配して欲しくもないから、ぼろ泣きしたことは気付かないで欲しかった。

 まあ、みんなのことだから、何かしらは察するんだろうけど。

「流石、ヒイラギちゃんを生まれる前から見守ってるだけあるわね」

「まあな」

 マダムの言葉に、ゴラちゃんはこりこりと頭を掻く。

 明らかに『人間』のそれとは違う見た目のゴラちゃんの年齢は、私にはよく判らない。

 だけど少なくともヒイラギさんが生まれる前から東にいて、その頃には今と同じような感じだったんだなってことだけが判る。

 今の私を囲んでくれてる人たちの中で、ずば抜けて正体不明な存在なのに、ここにいることになんの不安も感じない、不思議な魔物。

「アイツも小さい頃は、手が掛かる子供だったよ」

 ふ、と小さな笑みを口元に浮かべて、ゴラちゃんは言った。

 『手が掛かる』なんて、私が知ってるヒイラギさんからは想像もつかない言葉だけど、ゴラちゃんが言うならそうなのかもしれない。

「なんか想像できないけど……可愛かったんだろうなあ」

「おう」

 私の言葉に、ゴラちゃんが笑顔で胸を張った。

「可愛かったぞ。今も可愛いけどな」

 ふ、と微笑わらうゴラちゃんは、どこか遠い場所を見てるような、懐かしい時を思い出してるような、なんともいえない表情だ。

 目も鼻も口も、全部直線を引いただけみたいなシンプルな顔立ちなのに、不思議と色んな表情を感じる。

「ヒイラギちゃんも面倒な『呪い』持ってるものねえ」

「ヒイラギさんの『呪い』、ですか……」

 しみじみと呟くように言ったマダムの言葉を、私は無意識に繰り返した。

 そういえば私、ヒイラギさんの『祝福』も『呪い』も、まだ訊いてないんだった。

「ああ、まだみんなの分、聞いてないのね」

「気になるなら訊いてみるといいぞ。当人じゃねえと話しづれえもんだけど、ヒイラギは普通に答えてくれるからな」

「うん、タイミングが合ったら訊いてみるよ」

 ゴラちゃんに言われて、私は小さく苦笑を浮かべる。

 人の『祝福』や『呪い』を絶対に知りたい、と思って生活してないから、それを授かってるって知ってる人が目の前にいても、なかなか『よし、訊こう!』って気持ちにならないんだよね。

 もしも私がこの世界の本来の住人で、しかも人の弱点をいつも探ってるような立場だったら、どうにかして確認しようとしたんだろうけど。

 ……自分で想像しといてなんだけど、どういう立場だったら積極的に知ろうと思うのか、いまいち判らない。

 私みたいな特殊な立場で、それが判らないまま生活できてるのは、多分、とても恵まれてるんだろう。

「そういうのはまあ、別にして」

 ふ、と穏やかな笑みを浮かべて、マダムは続けた。

「今一番アディが困ってるのは、レヴァン家の前『英雄』のことよね」

「あ……はい……」

 急に現実に引き戻されたような気がして、喉の奥に言葉が張り付く。

 今の私が一番悩んでるのは、やっぱり人を殺せるかっていうところだ。

「いきなり人を殺せなんて、血生臭いこと言ってくるわよねえ」

「いかにも戦うのが日常って奴らの発想だよな」

 どうしたらいいとか、こうするのはおかしいとか、そういうアドバイス的なことを言われると思ってた私は、二人の言葉に目を瞬かせる。

「騎士だの護衛だの、そういう仕事の奴らだって、人を殺したことがねえ奴もいるくらいなのによ」

 騎士や護衛が戦うのは、何も人間ばっかりじゃない。

 実際、私が異界に行ったとき、みんなが戦ったのは魔素堕ちした魔物だった。

 魔物だろうが動物だろうが、命を奪うという意味では変わらない行為だけど、対象が人間になると急に拒絶感と罪悪感が強くなる。

「そうよねえ。随分勝手な押し付けだとは思うけど」

 マダムはそこで一つ言葉を切って、私に微笑んだ。

「それでも、できればやってあげたいと思ってるのよね?」

「……はい」

 穏やかに微笑むマダムに、私は少し躊躇うように間を開けてから、こくりと頷く。

「自分の手が汚れねえんなら、殺してやったほうがいいって無責任に言えるよなあ」

 うんうん、と頷きながら、ゴラちゃんが言った。

 あの声を聞いた今なら、その言葉に異論なんて一つもない。

「ソレイドさん本人の意思を尊重したいとは思うんですけど、どうしても尻込みしちゃって……」

 尻すぼみになる私の手に、とん、と小さな温もりが重なる。

「大丈夫だ、それが普通の感性だからな」

 声を掛けてくれたのはゴラちゃんで、知らず俯いていた視界に、優しげに微笑わらった顔が映った。

「お前は周りが特殊な奴らしかいねえから、悩むこと自体が間違ってるって思っちまうかもしれねえけど、怖気付くのも拒否反応が出るのも、普通のことだ」

 とんとん、と優しく、小さな手が私の手を叩く。

 それはまるで小さな子供を寝かしつけるときみたいな仕草で、なんだかほっと息が零れた。

「そうよ~。やれって言われて即決する人も悩む人も、少数派になるような問題よ?」

「大体の奴は嫌だって即答するさ」

 重ねて言われた言葉に、どんどん身体から力が抜けていくのが判る。

 当事者じゃない人に自分の気持ちに寄り添って貰えるって、こんなにほっとするんだ。

 当然だけどこの話は当事者以外にすることができなくて、その当事者に何をフォローされてもなんともいえない気持ちになるだけだった。

「即答で嫌だって逃げ出さずに、先代の『英雄』の声まで聞いたアナタは、それだけで充分、よくやってるわ」

 マダムの大きな手が、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれる。

 その温もりに、目の奥がじわりと熱くなった。

「今でも充分よくやってるとは思うが、これに答えを出さなきゃいけねえんだよな」

 腕を組んで、ゴラちゃんはふむ、と呟く。

「そうねえ。いつまでも保留にしておけるものじゃないものねえ」

 私を撫でていた手を自分の頬に当てて、マダムは小さく首を傾げた。

 誰にも言えなかったことを、ただ静かに聞いてくれるだけで心の重さが減ったのに、二人はまだ相談に乗ってくれるつもりらしい。

「……お二人だったら、どうします?」

 おずおずと問い掛けると、二人は顔を見合わせた。

「その答えは、あんまり参考にならないと思うわあ」

「だな」

 苦笑するマダムと、こくりと頷くゴラちゃん。

 なんで参考にならないのか判らなくて、首を傾げる私。

「忘れてるかもしれねえけど、俺、ヒイラギの筆頭近衛だぞ?」

「え」

 忘れてたっていうか今でも信じ難いっていうか……。

「アタシはねえ、昔取った杵柄ってやつよ!」

「え、えええ……?」

 口元を隠してホホホ、とわざとらしく笑うマダムの言葉は、何を指してるのかいまいち想像がつかない。

 要は二人とも、過去に人を殺したことがあって、いざとなれば躊躇わない覚悟があるから、私の質問への回答は知れてるってことだろう。

「俺たちの答えは参考にできねえってことは、横に置いといて、だ」

 ひょい、と物を横に置くような仕草をして、ゴラちゃんは私を見た。

「あの声聞いたら、まあ、死なせてやったほうがいいと思うよな」

「……うん……」

 今も頭の奥、心の裏側にこびり付いている、死だけを望む声。

 あれを聞いたら、その望みを叶えてあげるのが最良という結論以外、何も浮かばない。

 ……ゴラちゃんって、あの声、聞いたことあるんだな。

「普通は『誰か殺してやってくれ』って思うだろうし、もし俺がお前と同じ育ちだったら、『なんでそれができるのが自分だけなんだ』って思うだろうな」

「……うん……」

 思っていることそのままを言われて、私はただ、小さく頷く。

 あの人は可哀想過ぎるけど、自分の手を汚すのは嫌だから、誰か他の人が殺してあげて欲しい。

 そう思ってる。

「そう思うのが普通よ。俯かなくていいわ」

 知らず俯きかけた私に、マダムが優しく声を掛けてくれた。

「アタシだって、昔取った杵柄がなかったら同じこと思ってたわよ」

「え、えええ……」

 マダムの『昔取った杵柄』っていうのがなんなのか想像もできなくて、なんともいえない声しか出ない。

「こんなことを言っても、なんの救いにもならないかもしれないけど」

 ふ、と穏やかな笑みを浮かべて、マダムは私を優しい目で見つめた。

「アナタはどっちを選んだとしても、誰にどう責められるいわれはないわ」

「で、でも……」

 誰かに責められるとか、そういうことはあんまり考えてなかったけど、改めて考えるとどっちを選んでも誰かには責められるような気もする。

 正確にいうと、断ったら責められるというより、レヴァン家の皆様をがっかりさせると思ってる。

「お前じゃなきゃ絶対に殺せねえって、誰が証明したわけでもねえだろ」

 言い淀んだ私に、ゴラちゃんが微笑んでそう言った。

「そりゃ確かに今まで『不死』を消せる奴はお前以外にいなかったけどよ、これからも出てこねえとは限らねえし、薬草とか秘薬みてえなもんができるかもしれねえ」

「そうよ~。絶対にどうしてもアナタじゃなきゃできないことなんて、『稀人』ってものだけで充分じゃない」

 この世界のルールブックである石板が告げた、『稀人』という存在。

 それが私であろうことは、流石に覆しようがない。

 そしてそれは、私以外にはできないことだ。

「どうしてもできないと思うなら、断ったっていいのよ。誰が何を言ったって、アタシたちが間違ってないって保証してあげるから」

「おう」

 バチン、とウインクするマダムと、こくりと頷くゴラちゃん。

「逆にお前が覚悟決めて人を殺したとしても、俺たちは何も変わりゃしねえ。よくやったって誉めるくれえだな」

「そうね。よく頑張ったわって誉めるだけね」

 人を殺して誉められるとか、なんか想像できないな。

 だけど、レヴァン家と関わりのない二人に受け入れて貰えるのは、ちょっと心強い。

「どっちを選んでもいいって結論なんて、最初と変わらないと思うかもしれないけど」

 穏やかに微笑みながら、マダムは続ける。

「今までは、どっちを選んでも不正解って思ってたんじゃないかしら?」

「……そうだと、思います……」

 自分の気持ちを整理しきれてなかったから、そうですと断言することはできない。

 だけど多分、そういう気持ちだったんじゃないかって、二人と話してたら思えた。

「それは逆よ。どっちを選んでも正解なの」

 大丈夫、大丈夫。

 繰り返し伝えてくれる、優しい言葉。

 どっちを選んでも、どっちを選べなくても、二人は認めてくれるんだろう。

 無条件で受け入れてくれる人が居る安心感は、無意識に凝り固まっていた心の一部をゆっくりと解してくれた。



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