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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-14『打ち明け話をしよう』

第五章

第十四話『打ち明け話をしよう』



 私とマダム、それからゴラちゃんだけが残された店内は、妙に広く感じられた。

 ヒイラギさんたちが出て行ってから、マダムがカウンター以外の明かりを絞ってくれたから、余計にそう思うのかもしれない。

「さ、お喋りしましょうか」

 カウンターの中に戻ってから、マダムはにっこり笑ってそう言った。

「あ、あの……」

 にこやかに促されても、今までの流れにちょっと付いていけてない。

 一番付いていけてない理由……カウンターの上にちょこんと座るゴラちゃんを見ながら、言葉を探す。

「うん?」

 私の視線に気付いたのか、ゴラちゃんがこっちを見上げて小首を傾げた。

 こんなに小さな身体で、ヒイラギさんの筆頭近衛が勤まるとは、私には到底思えない。

 近衛ってことは、少なくともヒイラギさんより強くないと護衛としての意味がないわけだし。

 その上、いつも影みたいにヒイラギさんに付き従ってるサイゾウさんより強くないと、筆頭にはなれないわけだ。

 ヒイラギさんやサイゾウさんがどのくらい強いかは判らないけど、人の肩にちょこんと座れるサイズのゴラちゃんがその二人より上っていう想像が、私にはできなかった。

 ……まあ、問題はサイズ以外のところにもあるってことも、よく判ってるんだけど。

「ああ、ゴラちゃんがヒイラギちゃんの筆頭近衛っていうのが気になってるのね」

 私の疑問を的確に察してくれたマダムが、ちょっと苦笑する。

「見た目の可愛さに騙されちゃいけねえぞ」

 ちょいちょい、と手を振りながら、ゴラちゃんは口の端を小さく持ち上げた。

 自分で自分を『可愛い』って言い切れるところ、ファービリアさんみたいで強いな。

「ヒイラギちゃんが可愛い可愛いって誉めそやすから、すっかり自信満々ねえ」

「そりゃあな」

 ふふ、と微笑わらうマダムに、ゴラちゃんは軽く肩を竦める。

「俺が自分を可愛くねえって言ったら、あいつが嘘吐きになっちまうだろ? だから俺は可愛いんだよ」

 表情をあんまり汲み取れない、平らな声でそう言ったゴラちゃんの言葉は、独り言みたいな雰囲気とは裏腹に、なんだか重さを感じるものだった。

 ヒイラギさんへの愛情というべきか、執着というべきか……なんて言えばいいのか判らないけど、とにかく彼女への強い感情がそこにあると思う。

 それはとても重くて、強くて、鋭利なのにどこかが鈍い。

 付き合いの浅い私には、とても計り知れない何かがそこにあるような気がした。

「ま、俺が可愛いってことはおいといて、だ」

 うん、と頷いてから、ゴラちゃんはひらひらと手を振る。

「こう見えて、少なくともさっきまでここにいた奴らの中じゃ、俺が一番強いからな」

「え、えええ……?」

 なんでもないことみたいに言われた言葉が信じられなくて、私は意味のない声を吐き出すしかなかった。

「あとな、今日ここで見聞きしたことは、誰にどんな拷問されても話しゃしねえ。ヒイラギに訊かれても答えねえ。それは約束する」

 平坦な、それでも静かに優しく聞こえる声で、ゴラちゃんが言う。

「アタシも今夜のことは誰にも言わないわ。だから、何も気にしなくていいのよ」

 優しく微笑んで、カウンターの向こうからマダムが手を伸ばしてきた。

 大きな手が、ぽんぽんと私の頭を撫でてくれる。

 その手の温かさと力強さに、身体の力が抜けていくのが判った。

「アナタ、アタシがあげた魔法石も使ってくれてないでしょ?」

「あ、あれは……その、身に着けやすいようにして貰うように、リクに預けてて……」

 あまりにも高価な魔法石だから、失くしたり盗られたりしたら大変だ。

 魔法石自体を加工するわけじゃないとしても、レヴァン侯爵家御用達の職人が納得する形にするには、それなりに日数がかかるものだと言われてる。

「そうね。それはもうすぐ、手元に届くと思うけど」

 私の頭を撫でたまま、マダムはそんなことを言った。

 魔法石を預けてることを知ってるのも凄いというか不思議だけど、それにも増していつできあがるか判ってることのほうが不思議だ。

 ヒイラギさんが、『君が知ってることなら大抵知ってると思ったほうがいい』って言ってたのは、こういうことなんだろうか。

「それが手元にあったとしても、アナタ、使ってなかったんじゃない?」

 困ったように眉尻を下げて、マダムは小さく首を傾げる。

 そう言われてしまえば、確かにその通りと思って何も言えない。

 例えあの魔法石がずっと手元にあったとしても、私は結局、マダムに通信を繋ぐことはなかっただろう。

 いつ連絡をくれてもいいんだと言われていても。

 他愛ない世間話がしたいだけでも構わないと言われても。

 それでも、きっと私はあの魔石を使わなかっただろう。

 私が関わってることは、この世界の重要な部分に属してることが多くて、迂闊に世間話ができないと思ってるから。

「心配すんな、いい子じゃなくていいんだ」

 ゴラちゃんの声が聞こえて、ちょん、と手の甲に何かが触れる。

 視線を落とせば、カウンターの上に出していた私の手に、ゴラちゃんが手を重ねて、私を見上げていた。

「別に何を聞きてえってんじゃねえし、何聞いたって誰にも言わねえ。独り言の延長線に俺らがいるだけだ。うんうんって聞いてくれる奴がいるだけでも、心持は違うだろ?」

 平坦だけど優しい温度が確かにある声に、何故だかじわりと涙が浮かんでくる。

 撫で続けてくれるマダムの手の温かさも重なって、滲んでいた涙がぼろりと零れた。

「っ……!」

 泣くつもりなんて一つもなかったから、ぼとりと零れたひと滴の涙を見て、自分で驚いた。

「大丈夫よ。大丈夫」

「無理に止めようとすんな。今夜ひと晩、ここは貸し切りだからな」

 なんで自分が泣いてるのか判らない私に、マダムとゴラちゃんはただひたすら優しい。

 まるで、ここで私が泣くことを想定してたみたいな二人の言葉と温もりに、涙が止まらない。

 そんな私を、二人とも何を言うでもなく、ただ頭を撫でたり、手の甲をさすったりし続けてくれる。

 自分自身、どうしてこんなところで涙が出るのか、しかもそれが止まらないのか、最初はよく判らなかった。

 だけど涙が止まるまでに、なんとなく気付いた。

 私は多分、無理をし続けてたんだろう。

 自分で思ってるより、ずっと。

 記憶がないから。

 過去がないから。

 嘗ての自分の思考回路も、何もかもがないから、気付けずにいたけど。

 いい子でいようと思って演技をしていたわけじゃない。

 でも、確かに息が詰まるような感覚が、ずっとあった。

 自分自身さえ何ものかも判らず、性別さえあやふやな状態の自分を。

 ずっとずっと、無理に抑え付けてきたんだろう。



 私は別に、みんなにいい顔をしようと思って生きてたわけじゃない。

 万人に好かれようとしてたわけじゃない。

 ただ、『この人にこういうことは言っちゃいけないだろうな』って思うこととか、『強くなると決めたなら言っちゃいけないだろうな』って思うこととかがあっただけ。

 それは私に限らず、きっとみんなそういう感じで生きてると思う。

 だけど、どうやら私は知らないうちに、自分本来の心を超えるくらいの強がりをし続けてしまったみたいだ。

 例えそれを自分で気付けてたとしても、そんなことを誰に相談することもできない環境で。

 ヒイラギさんが整えてくれたこの場で、私は自分にあったこと、感じたことを、ぽつぽつと話すことができた。

 マダムは私が知ってることは大体知ってるって話だったから、自分が稀人であるってことも、身体が両性だっていうことも。

 それから異界でのことも、王宮で狂気の貴族に会ったことも、それからレヴァン侯爵家であったことも、全部。

 私が記憶してること……この世界にきてから見聞きした全部を話したんじゃないかって思えるくらい、包み隠さずに。

 なんの整理もせずに話し続けたから、まとまりもないし、つっかかるしで、聞いてるほうはきっと大変だったんじゃないだろうか。

 それでも、マダムもゴラちゃんも文句ひとつ言わず、優しく静かに話を聞いてくれた。

 うんうんと頷きながら、たまに小さな質問を挟みつつ聞いてくれる人たちがいるお陰で、話はしやすかったと思う。

 それでもきっと、普通の思い出話を聞くよりずっと大変で、根気が要る作業だったんじゃないだろうか。

「……話は、大体判ったわ」

 静かな低い声に視線を向ければ、正面に立つマダムの姿が滲んで見えた。

 なんで、と、ただ不思議に思う。

 照明の絞られた薄暗い店内で、それでもはっきりと相手の顔が見える距離だってことは、何度かこの店に来てるから知ってることだ。

 じゃあ、どうしてマダムの輪郭が歪んで見えるのか。

「ああ、そんなに泣かないのよ」

 困ったような笑顔で、マダムが私のほうに手を伸ばしてきた。

 厚みのある温かい手が、そっと頬を包む。

 その手と頬の間に、マダムの温度とは違う冷たい何かを感じて、やっと理解した。

 私、泣いてるんだ。

 話始める前から泣き続けてるのか、それとも一度は止まったのか、それさえも判らない。

 自分のことなのに、そんなことすら判らないなんて、今の私はどうかしてる。

「あ、えっと……」

「ダメよ、擦らないで」

 慌てて目元を拭おうとした手を、マダムがやんわりと止めた。

「大丈夫だ、慌てんな」

 カウンターの上から、ゴラちゃんの声が聞こえる。

 視線を落とせば、すぐ傍でこっちを見上げてくるゴラちゃんと目が合った。

 彼の目は線を引っ張っただけみたいな、絵に描いたような糸目だけど、何故か目が合うとかそういうことは判る。

 そんな不思議をなんとなく頭の片隅で覚えながら、ふ、と口元が緩むのを感じた。

 無意識で零れる涙は、止まりつつある。

 ただ頬を撫でてくれるマダムの手と、カウンターにある私の腕にそっと添えられたゴラちゃんの手の温もりばかりを強く感じた。

「大丈夫だ」

 もう一度繰り返された、ゴラちゃんの低い声。

 相変わらず平坦なのに、何故だかはっきりと労わりの音を感じる、不思議な声だ。

「色んな子たちに気を遣ってたのよね。よく頑張ってきたわ」

「無意識なんだろうけどな」

 マダムとゴラちゃんの言葉に、知らず、頷いていた。

 いつもいい子でいようとか、誰かに気を遣って生きようとか、そういうことを考えて生活してたわけじゃない。

 だけど、もしも周りの人たちから不興を買ったら、自分は生きていけないだろうと思ったのも事実。

 私はきっと無意識に、みんなに迷惑を掛けないようにすることを優先してたんだと思う。

「そうしねえと、どう考えても生きづらくなるからな。自分の立ち位置を確保しようとするのは、生きるのに当たり前の思考回路だ。俺だってやってる」

 とんとん、と私の腕を軽く叩きながら言うゴラちゃんは、なんだか小さい子供をあやしてるみたいな感じだった。

 実際、意味も判らず泣く私をあやしてくれてるんだから、そう感じるのも間違ってないような気もする。

「自分の立ち位置を確保するのに、無意識でも誰かを傷付けようとしなかったのよね。いい子いい子」

「そうだな、いい子いい子だ」

「ふふっ」

 二人の優しい、おどけたような口調に、自然と笑みが零れた。

 そんな私に、二人とも穏やかな笑顔を向けてくれる。

 ああ、私は本当に恵まれた場所に落ちて来たんだ。

 王宮でも思ったことを、こんなところでもまた思い知らされる。

 もしもこの場所でなく、この時代じゃないところに落ちてきてたら。

 そう思うと、酷く怖く感じるのと同時に、なんともいえない安堵感に満たされる。

 言いようのない気持ちのまま、私はそっと手を伸ばして、ゴラちゃんを撫でた。



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