5-13『意外な事実』
第五章
第十三話『意外な事実』
貸し切りにされた店内で、私たちはカウンターに並んで座った。
今まで座ってるのを見たことがないサイゾウさんも、特に何を渋ることもなくヒイラギさんの隣に座ったのが、ちょっとだけ不思議だった。
ひょっとしたら、過去にマダムと押し問答があったのかもしれない。
マダムって独特の強さがあるから、口で勝つのは難しそうだな。
その時の様子をぼんやりと想像してたら、マダムが棚から何かを取り出して、ヒイラギさんの前に置いた。
それは手の平サイズの椅子で、私たちが腰掛けてるのと同じような形だ。
「よっと」
平坦な掛け声とともに、ゴラちゃんがヒイラギさんの肩から身軽くカウンターに降り立って、その椅子に腰掛ける。
なんていうか、物凄く手慣れた感じで、それがちょっと微笑ましい。
一年で何度もここに来る機会があるわけじゃないだろうゴラちゃん用の椅子を、それでも用意してくれてるこのお店って、なんか凄いよなあ。
「みんな同じものにしておくわね」
そう言って、マダムは人数分の飲み物を、手早く用意してくれた。
その手捌きは瞬きしてると違う工程になって、見惚れるというよりは圧倒されるって表現したほうが正しいような気がする。
それこそ『あっという間』に人数分の飲み物が用意されて、私たちの前に並べられた。
背の高いグラスに注がれた、透明感のある青い飲み物は、涼やかな見た目でとても綺麗だ。
ゴラちゃんにはちゃんと専用の小さなグラスが用意されてて、そっちの見た目はなんだか可愛い。
「さ、どーぞ」
前にここに来たときと同じように、にこにこ笑顔で勧めてくれるマダムを見てると、つられてこっちも笑顔になる。
「ちゃんとアルコールは抜いてあるから。サイゾウちゃんとか見てたでしょ?」
さ、サイゾウ、ちゃん……?
聞き慣れない上になんとも似合わない呼び方に、ついサイゾウさんのほうを見てしまう。
彼はいつも通り全く表情を変えず、ただ静かに目礼した。
「ありがとう御座います」
サイゾウさんの代わりとばかりに、ヒイラギさんが小さく苦笑しながらそう応える。
ヒイラギさんから凄い慣れた空気が伝わってきて、いつもこういう感じの遣り取りをしてるんだろうなって感じた。
「さ、乾杯しましょ!」
前に来たときと同じように、マダムがそう声を掛けてくれて、みんなグラスを持ち上げる。
「乾杯!」
「「「乾杯!」」」
サイゾウさん以外のみんなの声が、静かな店内に響いた。
サイゾウさんは無言だったけど、ちゃんとグラスを持ち上げて乾杯に参加してくれてる。
そんな様子を横目に口にした飲み物は、尖りのない爽やかさと、その奥に感じる優しい甘さを感じた。
「美味しい」
グラスから口を離して、思わず呟く。
「ありがと♪」
いつも通りの満面の笑顔で、マダムは嬉しそうにお礼を言ってくれた。
こっちからしたら美味しい飲み物を出してくれたマダムにお礼を言いたいところだけどね。
それから私たちは、他愛のない雑談で時間を少し過ごした。
このお店の近くに、人慣れした可愛い猫がいるだとか、猫といえばヒイラギさんは猫好きでご自宅には何匹か猫がいるだとか、ゴラちゃんはその猫に乗って移動することもあるだとか、そういう雑談っていうか、連想ゲームみたいな世間話っていうか。
そういう話を楽しく聞きながら、気付けば全員のグラスが空いてるな、と思ったとき。
「さて」
ヒイラギさんがそう言って、ちらりとマダムを見た。
マダムは心得たとばかりに、バチンとウインクをする。
「あ、これって謀られてます?」
「謀ってるってほどじゃないけどね」
唐突に妙なことを言いだしたカリスに、ヒイラギさんは苦笑で応えた。
え?
何?
謀ってるって、何を?
「アディ」
何が起こってるのか判らなくて、きょときょととみんなの顔を見回してると、ヒイラギさんが優しい声を掛けてくれた。
「私たちは先に戻るから、誰かに話したいようなことがあったら、マダムに聞いて貰うといい」
「はい?」
何を言われてるのか理解できなくて、私はただ目を瞬かせてヒイラギさんを見つめることしかできない。
「マダムはかなり特殊な立ち位置でね。君が知ってることは、大抵知ってると思っていい」
「え……?」
続けられた言葉で、ついマダムを見てしまう。
マダムは悪戯っぽい笑みを浮かべて、大袈裟に肩を竦めた。
私が知ってることは大抵知ってるってことは、私が何ものなのかも知ってるってこと?
じゃあ、今まで何も知らない風で私に接してくれたのは、敢えて何も知らない風でいてくれたってこと?
それって、なんか、凄くない?
今まで騙されてたんだっていう嫌悪感よりも、知らない演技を突き通してあれだったんだっていう驚きのほうが強かった。
「初めて会った時は、流石に何も知らなかったと思うけどね」
そう言って、ヒイラギさんは小さく苦笑する。
「二回以上対面してるなら、大体なんでも知ってると思ってくれて間違ってないよ」
「え、えええ……?」
なんだそれ、と思いながらちらっとカリスを見たら、なんともいえない顔で目を逸らした。
おおう……これはなんか、本当にそうっぽい……?
「流石にね、焚き付けたのが私だから」
「え?」
少し寂しそうな顔でヒイラギさんに言われたんだけど、その言葉の意味が判らない。
瞬きを繰り返す私に、ヒイラギさんはなんともいえない苦笑を向けた。
「レヴァン家に行ってきたんだろう? そうするように焚き付けたのが私ってこと」
「あ……」
ぞくん、と、胸の奥で音がした。
あの声を思い出してしまったから。
「できるフォローはしておきましょうってね」
固まってしまった私に、ヒイラギさんは穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
思い出してしまったものは消えないけど、ヒイラギさんの優し気な表情と声は少しほっとする。
「今日、君がマダムに話したことは、私を含めて誰にも伝わらない。例え陛下が尋ねても、マダムは答えない」
温かい表情のまま、ヒイラギさんは続けた。
「だから、何を話しても大丈夫。相談するのも、ただ話を聞いて欲しいっていうのも大丈夫。マダムはそういうのに慣れてるから、気兼ねなく話すといい」
普段よりもゆっくりと、噛んで含めるような言い方が、より優しさを感じさせる。
「そういうわけだから、カリスも私たちと一緒に帰って貰うよ」
「え、俺もですか?」
ヒイラギさんに促されたカリスが、驚いたように目を瞬かせ、狼の耳もぴくりと震えた。
今は私付きの護衛っていう立場なんだから、護衛対象者から離れろってのは異議があるよね。
「アディにはできる限り、気兼ねなく話ができる状況を提供したいからね」
「でも、帰り道をアディ一人で歩かせるわけにはいかねえでしょ?」
「ああ、それね」
カリスの言い方は自分よりも格上の人への言葉遣いにしては、随分だな、と感じるようなものだったけど、ヒイラギさんは何も気にしてないみたいだ。
隣に控えるサイゾウさんも、表情も雰囲気も変わってないから、きっと気にしてないんだろう。
「ここにはゴラちゃんを残していくから」
「はい?」
ヒイラギさんの返答に反応したのは、カリスじゃなくて私だった。
いや、だって、予想外過ぎない?
『ある程度の時間で迎えに来るから』とか、『カリスはこの店の外で待ってるから』とか、そういう話だったらすぐに納得できたんだけど、『ゴラちゃんを置いていくから』っていうのは流石に予想外に過ぎる。
「あ~、それなら、まあ」
「はい?」
予想外に普通に納得するカリスに、私はさっきと同じ反応をしてしまった。
「心配すんな」
そんな私に、カウンターの上からのんびりした声が掛かる。
「大抵のことからは、俺が護ってやれるからよ」
声の主……ゴラちゃんに視線を移すと、横線だけで表現されてるみたいな口の端を僅かに持ち上げているのが見えた。
「え、ええ、と……?」
何をどう言えばいいのか判らなくて、意味のない言葉を呟く私に、ゴラちゃんは小さく首を傾げる。
い、いやいやいや。
私の護衛として誰かを残すっていったら、普通はカリスだろうし、百歩譲ってもサイゾウさんじゃない?
「ああ、ひょっとして聞いてないかな?」
完全に混乱してる私に、ヒイラギさんが苦笑しながら小さく首を傾げた。
「私の筆頭近衛は、サイゾウじゃなくてゴラちゃんだよ」
「は、はあ!?」
ヒイラギさんが事も無げに言った言葉が信じられなくて、声がひっくり返る。
そんな私に、ヒイラギさんは苦笑を浮かべた。
「見た目が独特だから誤解するかもしれないけど、ゴラちゃんはサイゾウより強いんだよ」
「あ、俺より強いから安心していいぜ」
ヒイラギさんの言葉を補足するように言ったカリスは、なんだか呆れたような顔をしてる。
ゴラちゃんへの呆れっていうより、それを超えられない自分に対する呆れか自嘲みたいな感じだ。
「まあ、任せておけよ」
のんびりとした平坦な声でそう言いながら、ゴラちゃんはひらひらと手を振った。
え、ええっと、誰からも異論が出ないってことは、本当にゴラちゃんは、この中の誰より強いってこと?
ちらっとサイゾウさんを見てみたけど、その顔には相変わらずなんの色も浮かんでない。
ってことは、本当に、本当にこの小さな存在が、カリスやサイゾウさんより強いってこと?
なんとも信じられない気持ちのまま、私はまじまじとゴラちゃんを見つめてしまった。
続




