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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-12『想定外のお誘い』

第五章

第十二話『想定外のお誘い』



 レヴァン家でしばらく休ませて貰ってから、王宮に戻ってきたはずなんだけど、その道中についてはあんまり憶えてない。

 怪我をしたわけでも、病気になったわけでもないのに、情けないっていうか、申し訳ないっていうか。

 精神的なショックが大きかったんだから、何も気にしなくていいってリクは言ってくれたけど、やっぱり気になる。

 出際にちゃんとリクのご家族に挨拶できなかったような気がするし、なんかもう、ほんとにぐだぐだな感じで終わったもんだ。

 まあ、そんなことを改めて考えられるようになったのは、レヴァン家に行った翌日になってからなんだけど。

 ひと晩ゆっくり休んで、やっと色んなことを考えられるようになった。

 人の心を直接聞くっていう行為は……それも、あそこまで純度の高い『死を望む言葉』を聞くっていう行為は、私が思っていたよりもずっと負担が大きかったらしい。

 そうはいっても、こうなったのは私だけ。

 あの場では、私以外にもリクとカスミさんが同じ声を聞いてた。

 だけど目を回したのは私だけ。

 二人とも、過去何度も大祖父様の声を聞いたことがあるんだろうけど。

 その程度の差、あの声を前にしたらなんだ、と言いたい。

 あんなにも強い。

 あんなにも純粋な。

 ただ。

 ただ。

 己の死を望む強い声。

 何度聞いたって、あの心を蝕んでいくような声に慣れることなんてないだろうって、私は思う。

 あの二人だって、きっとそれに慣れてるっていうわけじゃなくて。

 そこから受ける衝撃を、上手にいなしてるだけだと思う。

 自分ではない人が望む、強い、強い負の声を、私はあの二人ほど巧く『他人のものだ』と思うことができずに飲み込まれた。

 あの二人……特にカスミさんは、今まで何度も何度も、何人も何人もの心の声を聞いてきたんだろう。

 彼女はこれまで生きてきた間、どれだけ他者の声を聞き続けてきたんだろう。

 人の心の声を聞くなんて、正直言って、御免被りたい力だ。

 人は他人の心の声が聞こえないからこそ自分の心の平静を保っていられるところもあって、全部聞こえてたら気が狂うと思う。

 触れた人の心の声が聞こえてくる能力ちから

 そんなものが『祝福』と呼ばれることに、少し違和感を覚える。

 それでもこの世界ではそんなものが『祝福』で、気を抜いたら簡単に死んでしまうような能力ちからが『呪い』と呼ばれている。

 この世界は、歪だ。

 思っていたよりも、感じていたよりも、ずっと。

 歪でありながら、確かに歴史を紡いできたこの世界で、私は……『稀人』は、何をすればいいんだろう。

 望まれる通りに大樹の核に触れたからって、この世界の何が変わるわけでもないだろうに。

「どした、アディ?」

「え?」

 ふと呼び掛けられた声に、顔を上げる。

 今日、傍に付いてくれてるカリスが、少し心配そうな目で私を見ていた。

「あ、うん、大丈夫だよ」

 なんの説明にもなってないって自分でも判る言葉を、それでもそれ以外に選べるものがなくて口にする。

 カリスが昨日のことをどこまで知ってるのか、私にはよく判らない。

 よく判らないから、話ができない。

 なんだろう。

喉の奥が、胸の奥が、苦しい。

「そうか? 本当に大丈夫なら、夜にヒイラギ様が面会希望してんだけど、受けるか?」

「はい?」

 思ってもみなかった人の名前を出されて、私は目を瞬かせた。

 ヒイラギさんが?

 夜に?

 あの人が、わざわざ日時を指定して会いたいって言ってくれてるってことは、そこに意味があると思ったほうがいいような気がする。

「私は大丈夫だけど……」

「そんな構えなくて大丈夫だって」

 言葉尻がすぼんでしまった私に、カリスはにっこり笑った。

「そりゃあの人のこと知れば知るだけ、声掛けられたら『あ、こりゃなんかある』って構えちまうのも判るけどよ、それだけじゃねえから」

「う」

 思ってたことをそのまま言い当てられて、返す言葉もない。

 ヒイラギさん本人には悪いと思うんだけど、あの人は特殊過ぎる。

 色んな人が、彼女を冷静沈着で頭脳明晰だと讃えているのを聞いた。

 でも、ただ『頭がいい』と評価されている人とは、どこかが少し違うような気がする。

 なんて表現すればいいのか……占い師とか予言者なんかを相手にしてるような、千里眼の持ち主と接してるような、そんな感覚が近いかもしれない。

「警戒され過ぎるってのも、寂しいもんだろ」

 そう言って苦笑を浮かべるカリスの目には、ただの一般論を語ってるのとは違う色が浮かんでるような気がした。

 なんて言うか……実感が籠ってる?

 自分の実体験を盛り込んだことを話してるような……あ、そっか。

 カリスもある意味、警戒されてるのか。

 貴族という立場に警戒されて、ヒールに一線引かれてるようなもんだからなあ。

「……うん、そうだね」

 そう言うことしかできずに、それでも私は心からの笑みを浮かべる。

「うん、受けるよ。折角ヒイラギさんが誘ってくれたことだし、私もあの人たちと話すの楽しいし」

 そう告げた言葉に、嘘はない。

 確かに話をしてるときに、身構えてしまうのは否めないけど。

 だけど、ヒイラギさんたちと話してるとき、それほど沢山のことを知ってるわけじゃないこの世界の中でも、何故か懐かしさを感じる。

 ヒイラギさん自身に感じるっていうよりは、東の慣習に触れたときにそう感じるような気がした。

 髪や目の色とか、お茶とか、そういうものに。

 それに、ヒイラギさんはいつもこっちを気遣ってくれるし、ゴラちゃんのどこかのんびりとすっとぼけた空気も、なんだか癒しでほっとする。

 サイゾウさんは……今のところほとんど話したことがないから、なんとも言えないか。

「じゃあ受けるって伝えとくわ。俺も同席すっから、なんか困ったことあったらすぐ言えよ?」

「うん、ありがとう」

 に、と笑ってくれるカリスに、私も笑って頷いた。

 カリスの明るい優しさは、ヒールと同じ温度だな。



 ヒイラギさんが、わざわざ夜に会いたいって指定してきたのには、ちゃんとした理由があった。

 私と一緒に行きたいところがあって、そこが夜にしか開いてない場所だったからだ。

 でも、まさかヒイラギさんがここに誘ってくれるとは思わなかったなあ。

「あら~! いらっしゃ~い!!」

 聞き覚えのある、野太くて黄色い声が出迎えてくれる場所。

 マダムが経営する、あの酒場だ。

「こんばんは、マダム」

「待ってたわよぉ!」

 にこりと微笑わらって挨拶をすれば、満面の笑みで返してくれる。

 薄暗い店内で、マダムの周りはひと際明るく見えた。

「悪いね、マダム。我が儘を聞いて貰って」

「あらあ、いいのよう、ヒイラギちゃん」

 小首を傾げたヒイラギさんに、マダムはバチンと音が鳴りそうなウインクをする。

 ヒイラギさんの我が儘って、なんだろう?

「今日はここ、貸し切りなんだよ」

 私の内心の疑問を見透かしたみたいに、ヒイラギさんの肩に座ってるゴラちゃんがそう教えてくれた。

「か、貸し切り?」

「まあ、お忍びとはいえヒイラギ様がいらっしゃるんだから、そうなるわな」

 私の隣で、カリスはそう言って肩を竦める。

 東の領主代行が、庶民の利用する酒場に来るとなれば、そりゃ貸し切りにもするか。

「いや、ただ遊びに来るだけなら、貸し切りにまでしないよ」

 勝手に納得してる私たちに、ヒイラギさんは苦笑を浮かべながら手を振る。

 そ、そうかなあ?

 寧ろ貸し切りにしたほうが良くない?

「ファービリア閣下だったら、やったほうがいいと思うけど」

 続けられた言葉に、思わず物凄く納得してしまった。

 あの光り輝く美貌の妖精王は、そこに居るだけで嫌でも人目を引く。

 それと比べれば、ヒイラギさんはまだ庶民に溶け込め……るかなあ?

 ヒイラギさん単体ならクール系の美人ってだけの注目で済むかもしれないけど、肩に乗っかった動植物とか、脇に控えた影色の氷でできた人形みたいな美形とかさあ……。

「目立つ具合だったら、ヒイラギちゃんたちも似たようなものよ」

「そうですか?」

 私が思ってた通りのことを言ってくれたマダムに、ヒイラギさんはあんまり納得いってないって感じで小首を傾げる。

「照れるな」

 単体で見たとき、一番人目を引きそうなゴラちゃんが、こりこりと頬を掻いた。

 ひと欠片も照れてなさそうな、のほ~んとしたいつも通りの声なのが、ゴラちゃんらしいというか、なんというか。

 そんなゴラちゃんを、ヒイラギさんは愛しそうに目を細めて撫でる。

「さ、いいからみんなこっち来なさい」

「お~」

 大きな手で招いてくれるマダムに、ゴラちゃんがひらひらと手を振った。

 ヒイラギさんの肩に乗ったまま、自分では動こうとしない様子が、なんだかちょっと面白い。

「行こうか」

「あ、はい」

 穏やかに微笑むヒイラギさんに促されて、私は慌てて頷いた。



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