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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-11『呼吸を整えて』

第五章

第十一話『呼吸を整えて』



 目の前が、真っ暗になった。

 博士と出会う空間で、同じように黒い空間に放り込まれたことはあるんだけど、それとは全く種類が違う黒だったと思う。

 純粋に灯りがない暗がりとも、勿論違う。

 黒だとか闇だとかにも種類が幾つもあるんだなあなんて、ぼんやりとそう思う。

 改めてそんなことを思えたのは、別室に運ばれてしばらく休んでからだ。

 どうやって運ばれたのかその時はよく判んなかったんだけど、きっとリクにお姫様抱っこされてたんだろう。

 まだ頭の奥に靄がかかってるみたいではっきりしないけど、調子が完全に戻ったら絵面を思い出してもっと恥ずかしくなりそうだ。

 今はそんなことをまるで他人事みたいに頭の片隅で考える程度のことしかできないくらい、どんよりと頭が重い。

「アディ」

 曖昧な聴覚の端に、聞き馴染んだ声が静かに届く。

 閉じていた目を開けて、俯いていた顔を持ち上げてみれば、酷く心配そうな顔をしたリクが見えた。

 そういえば目を閉じて俯いてたのか、なんて、自分が無意識にした動きでやっと気付くくらい、本当にぼんやりしてるな。

「矢張り、少し横になるか?」

 表情にも声にも、ありありと『心配しています』って色を浮かべながら、小さく首を傾げてる。

 正直、横になって休みたいっていう感覚はあった。

 だけど、初めて来たお宅……いや、『お宅』なんて言葉で表現できない大邸宅なわけだけど……いやいや、そんなことはどうでもよくて。

 ダメだな、巧く考えがまとまらない。

 とにかく、初めて来た場所で、ベッドまで借りて休むっていうのにちょっと抵抗があるっていうだけ。

 これが意識を失くしただとか、座ってることも無理とか、そういう状態ならまだしも、意識はあるし、座ってることくらいはできるしっていう自覚があると、どうも気が引ける。

「大丈夫だよ」

 できるだけ大丈夫そうに見えるように微笑わらったつもりだけど、多分、巧くはいかなかったんだろう。

 リクが困ったように更に眉尻を下げてるから、多分そうなんだと思う。

「もう少し休んだら、多分、大丈夫だと思うから」

 無理して大丈夫そうに微笑わらうのはやめて、脱力しきった情けない笑みに変えた。

 身体に力が入らなくて、今はまだ自分で立ち上がるのも無理な気がするけど、もう少し休めば多分大丈夫だと思う。

「そうか」

 納得してるのかしてないのか、それはよく判らないけど、リクは困ったような顔で微笑わらったまま、それでも頷いてくれた。

 私が無理をしてるってことを判ってて、それでも私の意思を尊重してくれるところに、なんだかほっとした。

 もしここに居たのがヒールだったら、問答無用でベッドに放り込まれてるんじゃないだろうか。

 例えそうだったとして、ヒールのことが嫌だっていうんじゃないんだけど。

 それでも今は、私の意思を尊重してくれてるのが、少しだけ嬉しかった。

「身体に力は入るか?」

「もう少し休めば、多分」

 今はあんまり動けそうにないってことを、さっきと同じ言葉で伝えると、リクは更に眉尻を下げる。

 はは、と緩く微笑わらいながら、私は静かに息を吐く。

 改めて周りを見れば、ここが最初に通された、応接室みたいな部屋だろうとすぐに判った。

 こうして落ち着いて周りを見るまで、それすら判らなかったのは、ずっと目を閉じてたせいなのか、それとも意識が曖昧だったせいなのか。

 どっちにせよ、今は自分が置かれてる現状を視覚として認識できるんだから、さっきまでよりずっと回復したように思う。

 だから、きっと大丈夫。

 もう少し休めば、誰かに手を貸して貰ってなら歩けそう。

 それでも、少なくとも今は身動きできないことは、自分にもリクにも伝わっただろう。

 そう、自分でも意識しないと判らないくらい、私の身体は動かない。

 肉体的にダメージを受けたわけじゃない。

 私はただ、ソレイドさんの声を聞いただけ。

 心からの。

 心の底からの。

 ただ、ただ、望む声を聞いただけだ。

 それは全ての声を飛び越えて。

 それは全ての音を飛び越えて。

 震わせるはずのない私の鼓膜を、確かに震わせた。

 渇望。

 もう、それ以外に望めない。

 ただ、それだけを望む。

 最早意識を現実に浮上させているのか、そうでないのかすら判らないほどに生き続けた彼が、寝ても覚めても望む、ただ一つの想い。

 それを、聞いただけ。

 彼は、死だけを望んでいた。

 それ以外の言葉、何一つ発することもできなかったからこそ、私の意識を飲み込むくらいの意識が雪崩れ込んできた。

「リクが私に声を聞かせるのを怖がってた理由、やっとちゃんと判った気がする」

 怖がってたっていうか、躊躇ってたっていうか。

 声に出して『怖い』とか『嫌だ』とか、そういうことを言われたことはないけど。

 それでも彼が抱えた恐れに近い何かを感じることはできたと思う。

「そうか」

 絵に描いたような苦笑を浮かべながら、リクは小さく頷いた。

 つらい思いをしたことだとか、そもそもここに連れてきたことだとか、そういうことを謝って欲しいとは思ってないから、済まないとか言われなくて良かったな、と思う。

 ひょっとしたらリクは私のそんな気持ちを察して、本当は言いたいのに言わないでいてくれるのかもしれない。

 一緒にいる時間が長いから判るけど、私に付いてくれてる騎士さんたちは色んな意味で優秀だ。

 護衛なんだから人を護れるだけの力があるのは勿論なんだけど、それ以外のところ……護衛対象の心も護ろうっていう意識を強く感じる。

 三人の騎士に付いて貰ってるからよく判るけど、彼らはできるだけ私の心に掛かる負担を減らそうとしてくれてた。

 軽い話題で心を和ませてくれたり、隣に寄り添うような話題で落ち着かせてくれたり、気晴らしになるようなことを提案してくれたり。

 とにかく私のことを思い遣ってくれてるんだってしみじみ感じることが多かった。

「もう少し、しっかり休んでいたほうがいいな」

 そう言って、リクは穏やかに微笑んだ。

「目を閉じていたほうが、頭も身体も休まるものだ」

「そういうもんなんだ?」

 そんなもんかな、と思いながら、大人しく目を閉じる。

 意識して力を抜いて、ソファーに身体を預けてみた。

「経験上、そう感じることが多くてな」

 目を閉じた向こう側から、静かで優しい声が聞こえてくる。

「そっか」

 経験者の助言は、大人しく聞いておくに限るよね。

 深く、静かに息を吐き出して。

 さっき聞いたあの声を思い出さないように、休むことに集中することにした。



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