表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
108/137

5-9『ねがい』

第五章

第九話『ねがい』



 私の力は、直に触れてる人の『祝福』と『呪い』を完全に消し去ることができる。

 今のところそれには例外がなくて、どんな力であろうとも、相手が誰であろうとも、完璧に消してきた。

 もしも私がカスミさんに触れれば、彼女の『伝心』もきっと消してしまうだろう。

 でも、私の力は直に触れてる人限定だ。

 それはヒイラギさんの実験で立証されてる。

 カスミさんの『伝心』が、もしも私と同じように直接触れてる人にしか発揮されない『祝福』なら、どうやっても私にソレイドさんの声を届けることはできなかっただろう。

 だけど、彼女の『伝心』は、間に一人、人を挟んでも発揮される。

 間に入ってくれるのはリクみたいなんだけど、彼は『英雄』や『悲恋』の力を失いながら、私にソレイドさんの声を届けてくれることになる。

 生まれた頃から自分の中に在る力を失うことに、恐怖を感じてないはずなんてないのに、彼はいつもそんなことをおくびにも出さない。

 その上、人の思考を流し込まれるとか、普通はご遠慮したいところなんじゃないだろうか。

 そんなことを思いながら、少しだけぼんやりと正面を見た。

 今は枕元にカスミさん、そのすぐ隣にリク、その更に隣に私っていう感じで並んでる。

 いつも着けてる手袋は、当たり前だけど外しておいた。

 これがあると私の力も働かないけど、カスミさんも同じらしい。

「アデリシア嬢」

 聞き覚えがない声に、呼ばれ慣れてない敬称で呼び掛けられて、私は慌てて振り返った。

 私に声を掛けてくれたのは、リクのお兄さんだ。

 私に対して『嬢』って敬称を付けてくれてるけど、実際には男でも女でもないんだよなあ。

 その辺は面倒くさい部分だから、きっとリクが女性だって話を通してくれてるんだろう。

「君が決断してくれたことへ、心からの感謝を」

 そう言って、リクのお兄さんは胸に手を当てて、静かに礼をしてくれた。

「あ、あの……」

 綺麗な礼にどう返していいのか判らなくて、わたわたと手を振る。

 私が戸惑ってることをすぐに察してくれたんだろう、お兄さんは顔を上げて、小さく微笑んでくれた。

 リクがもう少し表情を大きく動かす人だったら、きっと彼みたいに微笑わらうんだろうな。

 そんなことを思うくらいには、血の繋がりを感じる。

「その……私に、何ができるかはまだ判らないんですけど」

 この期に及んで何を、と思われるかもしれない。

 だけど私は、ソレイドさんを殺す為にここに来たわけじゃないんだ。

「ただ、自分ができると思うことはしたいと、そう思ってここに来ました」

 人を殺す覚悟は、まだできてない。

 これから先も、そんな覚悟ができるのかどうか判らない。

 でも、ソレイドさんの声を聞くことくらいはできると、そう思ったからここに居る。

「大祖父の声がどれほどのものであるか、その想像はされたのでしょう?」

 私の言葉に、お兄さんは悲しそうな目をして小さく首を傾げた。

「それは……はい」

 この場に立った今でも、ソレイドさんがどんな声で、どんな言葉を伝えてくるのか、よく判っちゃいない。

 だけど、一族の皆さんが揃いも揃って彼の死を望むほどだ。

 相当強くてキツい何かを聞くことになるんだろうって、そのくらいは覚悟してきた。

 逆に言えば、その程度の覚悟しかしてきてない。

「好奇心ではなく、覚悟を以て来てくれた。ただそれだけで、私たちは嬉しい」

 そう言って微笑んでくれたお兄さんの表情はとても優しくて、思わず見惚れてしまった。

 リクやお父さんもそうだけど、お兄さんもびっくりするくらい顔立ちが整ってるから、こういう顔で見つめられると、困るというか、なんというか。

「い、いえ、その、いや、あの……」

 なんて答えればいいのか、全然判らない。

 意味のない言葉っていうか声しか口から出てこない私を、お兄さんはきょとんとした顔で見つめてくる。

 ううう、美形はやっぱりどんな顔してても絵になるなあ……!

「アディ」

 あわあわしてる私を見かねたのか、リクが声を掛けてくれた。

 なんともいえない苦笑を浮かべたリクの顔に、何故だかほっとしてる自分が居る。

 美形って括りは一緒なんだけど、見慣れた顔だとほっとするんだろうか。

 美といえば美の権化みたいなファービリアさんが浮かぶんだけど、あの人は見慣れるってことがないような気がする。

 いつ、何度見ても、あの美しさには衝撃を覚えるっていうか、なんていうか。

 あの人の傍にいつも寄り添って、更に愛を囁かれるクレアさんって、毎日毎秒、どんな気持ちなんだろう。

「アディ?」

「え? あ、いや、大丈夫大丈夫」

 うわの空で何も応えない私に、リクが不思議そうに首を傾げた。

 私は反射的に意味の判らない言葉を呟きながら両手を振る。

「そうか?」

 完全に不審人物みたいなことになってる私に、リクはしょうがいないな、っていう感じの苦笑を浮かべた。

 ああ、やっぱりなんか、ほっとするな。

 周りがみんな初対面っていうこともあるんだろうけど、リクと向き合ってるとなんだか落ち着く。

「なら、そろそろ始めよう」

 リクはそう言って、大きな手を差し伸べてくれた。

 今まで何度も何度も、この手に縋って先に進んだような気がする。

 思い返せば、あの大樹の上で最初に手を差し伸べてくれたのもリクだった。

「……うん」

 私はこくりと頷いて、大きな手に自分の手を重ねる。

 その瞬間、視界が白黒に染まった。

 この感覚にも、それからリクに優しい力で手を握られる感覚にもすっかり慣れたな、なんて思う。

 力強い大きな手を緩く握り返して、改めてソレイドさんを見た。

 緩く、緩く、ほんの僅か胸の辺りが上下しているだけ。

 ただ細く呼吸を繰り返してるだけに見える、先代の『英雄』、ソレイドさん。

 彼が何を考えてるのか、そもそも何かを考えることができるのかすら、こうして見てる私には判らない。

 だけど、少なくとも一族の人たちは彼の言葉を聞いてるらしい。

 その言葉を聞いて、『不死』の彼を誰かに殺して欲しいと願うくらいのものを。

 それを、私はこれから聞くことになる。

 怖くないかと訊かれれば、そりゃ怖いよと答えるしかない。

 異界に行くのとはまたちょっと違った恐怖と緊張感が、足元からじわじわと這い上がって来る。

 だけど、その感覚は手の辺りで途切れて、全身を支配することはない。

 手の平で繋がったリクの温度が、それを消してくれるから。

 この世界で最初に私を見付けてくれて。

 わけの判らない存在でしかなかった頃から、結局わけ判らないことに変わりない今この瞬間まで、徹底して私の味方でいてくれる人の手だ。

 ……改めて考えても、私って一から百まで漏らすとこなく怪しいな。

 せめて私に前の記憶が残ってれば、もう少し違ったんだろうけど。

「アディ、先に言っておくが」

 ぎゅ、と私の手を握り締めて、リクは静かに続ける。

「察してくれているとは思うが、大祖父の声は、かなり覚悟がいる」

 改めて伝えてくれた低くて静かな声はとても真摯で、私を思い遣ってくれてるんだってよく判った。

 私に頼みごとをしたあの時からずっと、後ろめたさを抱え続けてきたんだろうな。

「無理だと思ったら、自分の手を振り解いてくれて構わない」

「うん、判ったよ」

 静かな声に頷いて、繋いだ手に力を籠めた。

 振り解け、と言われた手を握り締めるなんて、ちょっと違うような気もするけど。

 それでも今は、この力強い手を握って離したくないって、そう思った。

「それでは、宜しいですか?」

 カスミさんの優しい声に、はっと顔を向ける。

 彼女はソレイドさんとリクの間で、小首を傾げて私を見ていた。

「大丈夫です」

 そう答えた自分の手に、無意識に力が入るのを感じる。

 繋がった先のリクの手から、強くて温かい力が返ってきた。

「判りました」

 こくりと頷いたカスミさんは、白い手をリクに差し伸べる。

 私と同じように、素手で触れた相手に対して効果がある『祝福』を授かってるから、彼女はいつも手袋をしてるそうだ。

 そのお陰で日に焼けていない手はとても白いけど、上に向けられた手の平にはマメなのかタコなのか、少し歪に見える痕が幾つも見える。

 カスミさんはリクと比べるまでもなくほっそりした体つきで、騎士という言葉で想像するような力強さはほとんど感じない。

 だけど、彼女は騎士で在り続ける為の努力を怠ってはいないんだろう。

 クレアさんの手は、きっと彼女よりずっと歪な形になってしまってるんだろうな。

 努力を重ねた二人の手を、汚いものだとは思わない。

 積み重ねた努力の証は、その人たちが持ってる信念の証だと思う。

 リクはその手を、空いている手でそっと包んだ。

「それでは、参ります」

 小さな声で呟くように言って、カスミさんはベッドの中に手を入れる。

 ソレイドさんの手を握る為なんだろうな、なんて、そう思った直後。


  し。


 え?

 今、何か、聞こえた?


  し。

  し。

  たい。


 聞こえる。

 誰かの声。


  しに。

  たい。


 死にたい。

 そう聞こえた。

 その声は、私が聞いたことのある誰のものとも違う、低くてささくれたものだった。


  しに。

  たい。

  しに。

  たい。


 繰り返される、同じ音、同じ言葉。

 歯車が噛み合っていないような、歪に軋んだ不協和音みたいな音が、鼓膜じゃなくて脳を直接震わせる。


  しに。

  たい。

  しに。

  たい。

  しに。

  たい。


 その音の強さに、喉の奥がひゅ、と乾いた音を立てた。

 声は出ない。

 出ていないと、思う。

 誰かが、私の名前を呼んだような気がしたけど。

 だけど、それよりも。


  しに。

  たい。

  しに。

  たい。

  しに。

  たい。

  しに。

  たい。


 繰り返される声が強くて。

 強くて。

 強過ぎて。

 目を開いてるはずなのに。

 何も。

 何も見えない。



  しに。

  たい。

  しに。

  たい。

  死に。

  たい。

  死に。

  死に。

  死に。

  死に。



 幾重にも。

 幾重にも。

 繰り返される。

 冷たい音。



  死に。

  死。

  死に。

  死。

  死に死に死に。

死に死死に死に死に死に。

死に死死に死に死に死に死に。

死死に死に死に死に死に死に死に死死に死死に死に死に死に死死死死死死死死死死死死死死。



 脳が。

 心が。

 蝕まれるような。

 冷たさで。

 塗り潰されるような。


  ころ。

  ころし。

  ころし、て。

  殺、して。

  ころし、て。

  ころ、て。

  殺。

  殺殺ろ。

  殺殺こ殺殺殺殺殺ろし殺殺殺殺殺殺ろ殺殺殺殺殺殺殺ころ殺殺殺殺殺殺こ殺殺ろ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺。



  殺して、くれ。



 脳髄をぐちゃぐちゃに掻き乱されるような音に、意識が吹き飛ばされた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ