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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-8『不死の英雄』

第五章

第八話『不死の英雄』



 穏やかな日差しが降り注ぐ、静かな部屋。

 肌に感じる温度は暖かくて優しいのに、一歩ずつベッドに近付くごとに、その温度が下がっていくような気がした。

 実際に肌に感じる温度じゃなくて……なんていうか、心が感じる温度っていうんだろうか。

 そういうものが、少しずつ下がってる気がする。

 そこに横たわってる人のことを考えると、そんな風に感じるのが失礼だっていう思いと、そう感じるのが当然だっていう気持ちがせめぎ合う。

 緊張で騒ぐ心臓の音が、耳元で煩い。

 少しだけ先を、リクが歩いてくれてる。

 その逞しい背中を追うことだけに意識を集中して、足を進めた。

 広くゆったりした部屋とはいえ、個人の寝室だ。

 ベッドの近くに辿り着くまで、歩数にすればほんの僅かなもの。

 だけど、その時間が妙に長く感じられた。

「アディ」

 前を歩くリクが立ち止まり、振り返って私を呼んだ。

 どくんと、ひと際大きく、心臓が音をたてる。

「……うん」

 もう目の前に、一人用にしては大きなベッドがある。

 キングサイズとまではいかないけど、ダブルかクイーンサイズくらいはあるんじゃないだろうか。

 そういえば私にと用意されたベッドも、同じくらい大きかったっけ。

 そんな余計なことを考えながら、私はもう何歩か、足を進める。

 そうして私の目に、はっきりとその人が映った。

 リクから遡って、五代前のレヴァン家直系の人。

 先代の『英雄』。

 人間族であれば、とっくに亡くなっていて当たり前の人。

 その人が、ベッドに横たわっている。

 ベッドの足元のほうに立った私から見えているのは、その顔だけ。

 深い、深い皴。

 いや、皴なんて表現じゃ生ぬるいくらいに、肉というものを感じさせない顔だった。

 肉が削げ落ちて、頭蓋骨にだぶだぶの皮が被せられてるだけだと思えるような顔だ。

 髪はもうほとんど残っていなくて、レヴァン家特有なんだろう綺麗な金髪の名残を僅かに感じられるような程度。

 肌は不自然なくらいに白くて、でもあちこちにシミやくすみがあって、まだらに見える。

 この人を、なんて表現したらいいんだろう。

 『人間の干物』なんて、言葉にするのも憚られるような表現しか浮かんでこないのが申し訳ない。

 だけど、このベッドに横たわるこの人を。

 人間としては有り得ないくらいに生きるこの人を。

 ただの『人間』だとは、表現できなかった。

 掠れた瞼を閉じたまま、それでも自発呼吸をしてるらしい、胸元に微かな上下運動が見える。

 生きている。

 この人は、間違いなく生きている。

 だけど、きっとこの閉じた瞼は、もう二度と開かない。

 私はこの人を何も知らないけど、そう確信してしまうくらいの何かを、その姿で感じた。

「彼が先代の『英雄』、ソレイド・レヴァンだ」

 静かなリクの声は普段より少しだけ硬くて、見上げた先の顔もやっぱりいつもより少しだけ硬い。

 初対面だったら、きっと怒ってるのかなって感じてただろう。

 だけど今は、きっと緊張してるんだろうなって、そんな風に感じた。

 日数にすれば、そんなに長い付き合いじゃないと思う。

 だけど、付き合い自体がかなり濃いからか、なんとなく感情が汲み取れるような気がした。

「うん、ありがとね、リク」

 彼の緊張は、きっと私をここに連れてきたことへの責任からくるものだ。

 そう感じた私は、できるだけ穏やかに見えるように意識して微笑わらう。

 貴族でもない私が、侯爵家直系のリクにこんな話し方をしてるのは、ひょっとしたらご家族によく思われないのかもしれない。

 そう思ったのはもう口を開いてからで、今更ほんと、どうしようもないな。

 だけど、リクの表情が少しだけ柔らかくなったし、部屋に居る人たちの誰も嫌な顔一つしてないから、まあ、多分、大丈夫だろう。

 気を取り直して、足を踏み出した。

 あと数歩だけ進めば、枕元。

 そんな距離で止まっていた足を動かして、少しだけ前に居たリクを追い越す。

 ほんの少しの距離を詰めて、先代の『英雄』さんの枕元に立った。

 どうしてだろう、さっきよりも少しだけ、彼に感じる恐怖心が薄らいでる。

 そう思ってから、自分が彼に対して恐怖心を抱いてたんだって、そう実感した。

 人間として有り得ない時間を刻み続ける彼の姿が。

 本来ならとっくの昔に呼吸を止め、鼓動を止め、命の灯を掻き消して地に還ってるはずの人間の姿が。

 怖かったんだと、そう思った。

 そんな自分の感情に向き合えたのは、きっとリクの顔を改めて見たからだろう。

 いつも傍に居てくれるリクの顔を真っすぐに見ると、その『いつも』に戻れるような気がするんだ。

 そうして『いつも』に戻ると、自分が感じた感情に正しく向き合えるような気がする。

 そんなことを思いながら、先代の『英雄』に視線を戻した。

 まだ彼は生きているんだから。

 『先代』なんていう表現は、ひょっとしたら間違ってるのかもしれない。

 だけど、文字通り骨と皮だけになって、目を開けることもできずにただ呼吸を繰り返すだけの彼……ソレイドさんを見てると、『先代』って表現したくなる。

「……初めまして、アデリシアと申します。お休みのところ、枕元を騒がせて済みません」

 ぺこりと下げた頭も、自己紹介や謝罪の言葉も、貴族やその従者さんたちが使うような綺麗な形のものじゃない。

 ルーディアさんが幾つか教えてくれたはずのことは結局馴染まずに、私は私なりに思う普通のことしかできないのかもしれない。

 そんな私の声は、きっとソレイドさんに聞こえてないんだろう。

 それでも、招かれた場所で紹介された相手を前に、ただ呆然と突っ立ってるのはおかしいと思った。

 ソレイドさんからの返事は、当然、ない。

 瞼の一つ、動くこともない。

「……アディ」

 細く浅い呼吸を繰り返すソレイドさんの顔を見つめていたら、すぐ傍からリクの声が聞こえた。

 振り返れば、穏やかで優しい笑みを浮かべてこっちを見てる。

「ありがとう」

 リクはそう言って、静かな笑みを少しだけ深くした。

「? ど、どういたしまして?」

 なんでお礼を言われたのか判らなくて、返した言葉尻が上がる。

 戸惑いが顔に出てるだろう私に、リクは何も言わずに小さく首を振った。

 まるで『どうして礼を言ったかなんて、言葉にする必要はない』って言われてるみたいで、突っ込んで訊くことができない。

「改めて紹介しよう」

 きょとんとしてる私から、リクは視線を外した。

 彼の視線は、ベッドの足元辺りに立ってるカスミさんに向いてる。

「自分と同じ近衛騎士団が一人、カスミだ。彼女は『伝心』の『祝福』を授かっている」

 改めてそう紹介されたカスミさんは、リクやヒールたちと同じ形の礼を私に向けてくれた。

 彼女が騎士だっていうことも、カスミさんって名前だってこともさっき教えて貰ったけど、『祝福』のことは初めて聞く。

「『伝心』の『祝福』は、触れた人の言葉が伝わってくるものだ」

 目を瞬かせる私に、リクがそう続けた。

 そ、それって、触れた人の心の声が聞こえるってことだよね?

 それは安易に『祝福』って言っていいやつ?

「彼女は、触れた人の言葉を、そのまま別の人に伝えることもできる」

「え?」

 意外な言葉に、思わず意味のない声が零れた。

「私は、触れた人の心の声を聞くことができます。その声をそのまま、触れた別の人に伝えることもできます」

 直立不動の形に戻ったカスミさんが、リクの言葉をそのままの形で繰り返してくれる。

 それはつまり、心の声の中継点になれるっていうこと?

「『伝心』の力は、間に人が一人挟まっても効果がある」

「そ、そうなんだ……?」

 リクが追加でそう説明してくれて、私は曖昧に頷いた。

 触れた人の心の声を自分が聞くだけじゃなくて、それを別の誰かにまで伝えることができる。

 その上、更に先の人にまで届かせるなんて、改めて『祝福』の強さってものを感じた。

 いや、感じたっていうか、痛感したって表現するほうが正しいのかもしれない。

 『祝福』にしろ『呪い』にしろ、強過ぎる執着みたいなものを感じる。

 その得体の知れなさに、背筋がぞくぞくするくらいに。

「アディ」

「え?」

 改まった声で呼ばれて、私はリクを仰ぎ見た。

 真っすぐに私を見る視線は痛いくらいに真摯で、だけど微かな躊躇いみたいなものを感じさせる、不思議な色だと感じる。

 この目から視線をそらしちゃいけないと、そう思った。

「……」

 ほんの少し、躊躇うような間を置いてから、リクは一度、唇を引き結んだ。

「高祖父の声を……彼が望む言葉を、聞いてやってくれないか?」

 低い声にゆっくりと静かに告げられても、私はなんの反応もできなかった。

「自分たち家族は、全員高祖父の言葉を聞いたことがある」

 そっと伏し目がちな視線をソレイドさんに向けてから、もう一度リクは私を見る。

 その目はやっぱりどこまでも真摯で、だけどほんの僅かな躊躇いを感じられた。

「その言葉を聞いた我が一族が是非にと願うことが、どういうことか。それを、君にも知って欲しい」

 ああ、そうか。

 そういうことか。

 それはきっと。

 数代前の存在であろうとも。

 今や口を開いて意思を伝えるどころか、目を開けることさえ望めない姿であろうとも。

 確かに生きて呼吸を繰り返す人の鼓動を止めて欲しいと、一族全員が願うほどの言葉。

 『不死』の『呪い』を授かってしまったソレイドさんを殺すことができるであろう力を持つ私に、その言葉を聞けということが、どういうことか。

 それがどれほど残酷なことなのか。

 リクはきっと、そう思ってくれてるんだろう。

 ああ、この人は。

 この人は、なんて優しいんだろう。

「……うん、判った」

 彼の瞳に宿るほんの少しの躊躇いの色。

 それはきっと、私に残された最後の逃げ道だったんだろう。

 そんなことをする義理はないと、私を巻き込まないでくれと、ここでそう言ったっていいんだと、言葉にできなくてもそう告げてくれてたんだろう。

 そう判ったけど、私は小さく頷いて、微笑んだ。

「彼の言葉を、聞かせて欲しい」

 本当は、少し無理をしてるって、自分でも充分判ってる。

 だけど、できるだけ自然に微笑わらって見えるように努力して、そう言った。

「……ありがとう」

 応えてくれたリクの微笑は、少しだけ寂しそうな、申し訳なさそうな、そんな色が浮かんでて。

 多分、私の笑い方も、同じ程度にはぎこちなかったんだろうって、そう思った。



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