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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-6『レヴァン侯爵家』

第五章

第六話『レヴァン侯爵家』



 クイニークさんとのお茶会の、翌日のこと。

 私は、やけに豪華な馬車に乗っていた。

 四人乗りの馬車に、私と一緒に乗っているのはリクだけだ。

 あとは外に御者の人が居て、二頭の馬を操ってくれてる。

 私たちが向かっているのは、レヴァン侯爵家の本邸だ。

 高位の貴族たちは幾つか屋敷を持ってることが普通だそうで、今は特殊な事情から王城で寝起きしてる公爵様たちも、本来は王都にそれぞれ屋敷があるらしい。

 ファービリアさんのお屋敷って、物凄い煌びやかな気がするんだけど、どうなんだろ?

 そんなどうでもいい想像はおいといて、私たちがレヴァン侯爵本邸に向かってる理由は、ただ一つ。

 リクが大祖父と呼んでる人に会う為だ。

 馬車の窓はカーテンで覆われてるから、外は見えない。

 だけど、会話のない今は、なんとなく、視線はそっちのほうを向いてしまう。

 王城からほとんど出たことがない私にしてみれば、初めて乗った馬車の揺れも、馬の蹄の音も、視界の覆われた馬車の内部さえ物珍しいものだけど。

 それを純粋に楽しめるほど、この先に待ってるものは軽くなかった。

 出入り口のほうを眺めていた視線を、ふと正面に向ける。

 私の真向かいに座ったリクは、静かに視線を落としていた。

 端正な顔には表情らしいものは浮かんでいなくて、なんだかよくできた絵か彫刻みたいだな、と思う。

 この人も、貴族なんだよな。

 騎士としての印象のほうが強いけど、今から向かう先は高位貴族のお屋敷で、彼の生家だ。

 四方領主の公爵家を除けば、この世界で一番高い地位を持つ貴族中の貴族が侯爵家。

 リクはその家の次男で、きっと彼も自由な恋愛や結婚は望めないんだろう。

 いや、その前に、リクは『悲恋』持ちだっけ。

 その『呪い』がある限り、彼は愛した人と結ばれることはない。

 例え自由な恋愛ができたとしても、それが実ることはないっていうのは、なんともいえない拷問みたいな感じがする。

 でも。

 じゃあ、政略結婚だったとしても結ばれた先で、相手に情を持ったとしたら、どうなるんだろう?

「……どうした?」

「え?」

 不意に声を掛けられて、私は間の抜けた声を上げてしまった。

 はっとして瞬けば、正面から私を見つめるリクの顔がある。

「矢張り、怖いか?」

「ああ、いや、そういうこと考えてたんじゃないんだ」

 私を気遣ってくれる心配そうな顔に、ひらひらと手を振った。

 『その手で殺して欲しい』と頼まれた人に会いに行くこと。

 それそのものが怖くないなんて、嘘でも言えない。

 だけど、今考えてたのはそれとは全然関係ないことだ。

「ぼんやりしてただけだよ」

 考えてたことをそのまま素直に言うわけにもいかなくて、私は適当な言葉でお茶を濁す。

 この世界で当たり前に存在してる、身分階級と『祝福』や『呪い』のこと。

 私の持つ記録の中では身近なものじゃなかったそれらを受け入れるのは、やっぱり少しだけ難しい。

「……そうか」

 あんまり納得してないような顔で、それでも深く追求せずに、リクはそう言った。

 追及されても巧く答えられる自信がなかったから、突っ込んでこないのはちょっとありがたい。

 そういえば、リクに限らず、騎士のみんなってあんまり根掘り葉掘り突っ込んで訊いてこない気がする。

 そういうところも、騎士としての心得の一つなのかもしれない。

「あとどのくらいで着くのかな?」

 話題を変えた私に、リクは小さく苦笑した。

「もう着く頃だ」

 そう言って、ちらりと窓のほうを見る。

 カーテンに覆われた窓から外の景色を見ることはできないけど、その向こうを予想してるような仕草だった。

 外は見えなくても、馬車に乗ってる時間とか、曲がった回数とか、そういうので現在地を想像してるのかな。

「外も眺められない窮屈な移動で済まないな」

「ううん、大丈夫だよ。高位貴族の馬車はこういうもんだって、先に聞いてたし」

 申し訳なさそうな顔で言うリクに、私は微笑わらって首を振る。

 馬車に乗ったときにリクが説明してくれたんだけど、位の高い貴族が使う馬車は、カーテンで窓を塞いでおくのが普通なんだそうだ。

 内側からそれを開けたり、隙間から顔を出したりするのはマナー違反っていうか、常識外れの行動らしい。

 高位貴族にもなると暗殺だの誘拐だのきな臭いことが日常茶飯事になるらしくて、それを防ぐ一環でもあるんだそうだ。

 もっとも、この立派な馬車、レヴァン家の紋章がでかでかと入っちゃってるし、中の人が顔を出すとか出さないとかは些細な問題な気もするけどなあ。

 まあ、その辺は貴族様たちのよく判らない常識って意味合いが強いんだろう。

 ……いや、ファービリアさんみたいな人が馬車に乗ってるのが外から見えたら色んな意味で大混乱だろうし、よく判らない常識とまでは言えないかも。

「そうか」

 申し訳なさそうだったリクの表情が、少しだけ安堵したようなものになる。

 それに微笑わらい返したところで、馬車の揺れが静かに止まった。

 多分徐々に速度を落としてくれてたんだろうけど、馬車に乗り慣れてない私にはよく判らなかったな。

「着いたな」

 完全に停まった馬車の中で、リクは静かにそう言ったまま、動こうとしない。

 私もそれに倣って座ったままでいると、すぐにドアのほうからノックの音が続けて四回聞こえた。

 そしてゆっくりと静かに、馬車のドアが開いた。

 流れるような所作で先にリクが馬車を降りていくのを見て、私もそれに続く。

 ずっとカーテンで窓を仕切られてたから、外の陽の光が凄く眩しい。

 思わず目を細めた私の視界に、当たり前みたいに差し出された手だけが見える。

 誰のものか判らないけど、きっとリクなんだろうな。

 反射でその手を取って、馬車を降りてから何度か瞬きをしてみれば、光の強さに目が慣れて辺りの景色がはっきり見えるようになった。

 私が馬車から降りるときに手を差し出してくれてたのは、予想通りリクだった。

 馬車のドアを開けてくれたのは、馬車の御者さんとも違う見覚えのない男性だったみたいだ。

 身近なところを確認してから、改めて正面を見る。

 ……こ、侯爵家本邸って、こんなでかいの?

 王宮と比べれば劣るとは思うけど、私がイメージするような『豪邸』って言葉を形にしても、目の前のこれに以下だと思う。

 王宮は豪邸を幾つも繋げたくらいの規模で、ひと家族が住むっていうのとは別の役割の場所だから、比べるのはちょっと違う気がするし。

 そう考えると、目の前の屋敷の圧倒感が凄い。

 人が住む為の屋敷っていうより、公共の施設ってレベルだと思う。

「え、ええっと……」

「どうした?」

 目の前のどどーんとか音が付きそうな豪邸に、何を言えばいいのか判らなくなった私に、リクが少し不思議そうな顔で首を傾げた。

「ど、どうもこうも……」

 ここが生家なら、リクにとってはこれが『自宅』なのが普通のこと。

 そんな彼に、私が何を言ったって伝わることはないだろう。

「……いや、なんでもないよ……」

「そうか?」

「うん、そうそう」

 不思議そうな顔をするリクに何度か頷いて、私は改めて豪邸を見た。

 正面玄関であろう大きな両開きの扉の前に馬車が停められてるんだけど、敷地の境界線である門はずっと向こう側に見える。

 見えるっていうか、なんか遠くに壁があるから、その辺が門なんだろうって想像できる程度ってくらいだ。

 お屋敷と門の間には広い広い前庭があって、綺麗に刈り込まれた低木や整えられた花壇が目を楽しませてくれる。

おまけに大きな噴水まであって、涼し気な音をたてて水を循環させていた。

 屋敷は大理石なのか白を基調とした建材でまとめられていて、すっきりしてるけど頑強な姿を見せている。

「それなら、中に入っても構わないか?」

「あ、うん、勿論」

 小さく首を傾げるリクに、私は何度か頷いた。

 いつまでも家の立派さに唖然としてても、何も始まらない。

 頷いた私を見て、リクは正面の扉を開けた。

 キイ、と微かに軋む音を響かせて、両開きの扉が開く。

 その向こうは大きく開けた明るいロビーみたいになっていて、十数人の人影があった。

 左右一列ずつに並んでるのはメイド服を着た綺麗な女性たちで、正面に一人だけ執事服を着た壮齢の男性が居る。

「お帰りなさいませ、リークレット様」

 その人たちが一斉に深々と礼をした。

 お、おおう……な、なんか、どうすればいいのか判らない絵面だな……。

「ああ、今戻った」

 あわあわしてる私とは対照的に、リクは落ち着いた様子で静かに言う。

 それからリクは、私のほうに視線を向けた。

「普段の出迎えだとお前が委縮するとヒールに何度も念押しされたんだが……これは大丈夫か?」

「え」

 思ってもみなかったことを言われて、私はリクと出迎えてくれた十数名の人を見比べる。

 リクの言葉を受けて、皆様頭を上げてらっしゃるけど、こんな大人数で整然とお出迎えされると流石に驚くよ。

 異界から帰ってきたときは、これよりもずっと壮観な図にお出迎えされるんだけどさ、それはまた別の話な気がする。

 いっそ誰かにタックルされたほうが気が楽なんだって、この光景を見て初めて知ったよ。

「え、ええっと、普段ってどんな?」

 質問に質問で返すのもどうかと思ったんだけど、ついそんな言葉が口をついて出た。

「出迎えが外に並ぶだけだ」

 あれ? 意外とあんまり変わらない?

 いや、ヒールが念押ししてくれたってことは、ただそれだけじゃないのでは?

「あとは、人数が少し増えるくらいか」

「す、少しって、どのくらい?」

「そうだな、この三倍くらいか」

 ……ヒール、先回りしてくれて本当にありがとう。

 この三倍の人数が玄関先に並んでお出迎えとか、委縮しきりだろうよ。

 私がここに来る理由を全部知ってるかどうかは判らないけど、行動予定は騎士同士で共有してくれてるんだろうから、そのお陰かな。

「それに比べれば、大丈夫デス……」

「そうか、良かった」

 絞り出すような声で答えた私に、リクは小さく微笑わらって頷いた。

 なんていうか、育ちの良さそうな表情だなあ。

 いや、実際に育ちがいいんだけども。

 なんとも無垢な微笑みを見ると、他に何も言う気がなくなるな。

 まあ取り敢えず気を取り直して、だ。

 改めて正面に向き直れば、お綺麗なメイドさんたちと、白髪をびしっと後ろに撫で付けた執事さんが、静かに私たちを見てる。

 お、おおう……王宮でも同じような格好をした人たちを目にするけど、これだけ並んで出迎えられたことはないから、やっぱりなんともいえない気持ちになるな。

「お部屋にご案内致しましょう」

「ああ、頼む」

 呼び掛けた執事さんにリクが頷くと、また一斉に皆様が礼をする。

 う、ううん……ひょっとしたら王宮でも当たり前みたいに繰り返されてることなのかもしれないけど、実際に目の当たりにするのが初めてだから、なんか戸惑うなあ。



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