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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-5『貴族の面倒事』

第五章

第五話『貴族の面倒事』



 穏やかなお茶会の最中、ヒイラギさんのところから使者がやって来た。

 曰く、どうしても緊急で四方領主と陛下、それに元老院のお歴々に報告したいことができたんだそうだ。

 お茶会の途中で申し訳ないんだけど、と謝るお二人を見送ってから、私たちも自分の部屋へ戻ることにした。

「ヒイラギさん、どうしたんだろうね?」

「ううん、細かいところは判らないけど、だいぶ急いでる感じだったわね」

 部屋に戻ってから首を傾げた私に、ヒールは小さく肩を竦める。

「それに、呼ばれてる人たちが普通じゃないから、あんまり詮索しないほうがいいと思うわ」

「え? あ、元老院の方々?」

「そうそう」

 普段はあんまり話題に出てこない、元老院のお歴々。

 先代の四方領主の方々で構成されてる元老院は、『王』をサポートしてこの世界全体の政治的な統治をしてくれてるらしい。

 その人たちが居るお陰で、『王』がどんなタイプの人でも、世界全体が混迷極まるなんてことはないらしい。

 それでもやっぱり、『王』の資質は大事らしいけど。

「色々複雑なのよ、上のほうって」

 小さく溜め息を吐くヒールの表情は、呆れと諦めと悔しさを混ぜたような、凄く複雑なものだった。

 判るのは、ヒールが『上のほう』……つまりは貴族社会に、いい感情を持ってないってことかな。

 ヒール自身は陛下の近衛騎士だから、彼女本人の身分は貴族階級と同じになってるんだろうけど、生まれが下町だから感覚は平民のままだ。

 平民からしたら、貴族の生活は『自分たちの納めた税でぬくぬく暮らしてる挙句、威張り散らしてくる』って感じなのかもしれない。

 『寝てても年収数千万』とかいう意味不明な言葉が脳裏に浮かんだんだけど、なんなんだこれ。

 と、取り敢えず、よく判らない記録はおいといて、ヒールが貴族嫌いなのはやっぱりそれなりの理由があるんだろう。

「ヒールって、貴族が嫌いなの?」

「え?」

 私の素朴な問い掛けに、ヒールは心底驚いたって顔を一瞬して、それから絵に描いたような苦笑を浮かべた。

「嫌いっていうか……ううん、その、ね」

 いつもはきはききっぱりしゃっきり喋るヒールにしては珍しく、歯切れの悪い言い方だ。

 ヒールがこういう話し方になるのは、私が知ってる限り、カリスに関することだけなんだよね。

 普段は年齢不詳の私から見ても『肝っ玉お姉ちゃん』って感じなんだけど、カリスに関することを聞くときだけは、『可愛く恋してる同級生』みたいな感じになるんだ。

 こういうギャップもヒールの魅力だと思うんだけど、当のカリスがこの姿を見ることができないのが勿体ないとも思う。

「うううん……こういう話、できればマダムの店で、お酒入ってるときにしたいんだけど……」

 片手で顔を覆って、深々と溜め息を吐くヒールを見てると、なんかむず痒い気持ちになった。

 多分だけど、聞いてるこっちも多少はお酒が入ってたほうが聞きやすい話なのかもしれない。

 でも、私たちが二人でお酒を飲むことなんて多分ないと思うから、その辺は妥協して貰うしかないよね。

「アディ相手だと、それも無理よね」

 私が何かを言う前に、ヒールがそう言って息を吐いた。

 そうだねえ。

 ヒールは私の護衛をしてくれてるから、勤務中にお酒を一緒に飲むってことはできないし、もう一人護衛を連れてたらこんな話はできないよね。

「しょうがない。ちょっと情けない話になるけど、聞いてくれる?」

「うん。異界で話したいことがあるって言ってたの、こういうことだし」

「えええ?」

 予想外だったんだろう、ヒールは意外そうに目を丸くする。

「まあ、気にもなるわよね」

 それから深い苦笑を浮かべて、小さく息を吐いた。

「私が貴族を嫌ってるかって質問だったけど、下町に住んでるような低所得の平民たちは、大抵嫌ってるわね」

「あ、ああ、うん、そうだよね……」

 予想はしてたけど、こうきっぱり言われると、なんて返せばいいのか判らなくなる。

「平民は貴族に税を納めてるから、どうしたって不満は出るのよ」

 ああ、まあ、それはねえ。

 貴族はこの世界を統治するのに力を尽くしてくれてはいるんだろうけど、自分たちが生きる糧を渡さなきゃいけない側からしてみると、どうしたって不満は出てくるもんだ。

 全人類が幸福になる方法なんて、そう簡単に思い付かないし。

「平民のことをよく考えてくれてる貴族たちも居るには居るから、そういう人の傍で生活してると、尊敬してるってこともあるみたいだけどね。でも、『貴族は民に生かされてるんだから、彼らの為に生きるべき』なんて真面目に思ってる貴族って、かなり少数なのよ」

 軽く肩を竦めて言うヒールの声は、呆れの色が隠しきれてなかった。

 私が知ってる貴族といえば四方領主の方々で、ヒールがいうところの『かなりの少数派』に入るんじゃないかと思う。

 あの人たちが直接統治してる場所なら、他と比べて安心して住めるような気がするんだよね。

 派手好きで天上天下唯我独尊みたいな雰囲気のファービリアさんだって、『統治する』ってことに関しては妥協しないと思うし。

「下町みたいなところで生まれ育つと、自分たちの生活と貴族の生活をどうしても比べちゃうから、余計にそうなるかもしれないわね。ま、下町育ちの人たちに、貴族の生活をちゃんと判ってる人なんて居ないんだけどね」

 貴族の生活っていうのが本当はどういうものなのか、私にもよく判らない。

 だけど、少なくとも今日を生きる為の衣食住に困るってことはないだろうし、煌びやかな社交界で豪遊してるようなイメージもある。

 この世界の平民も、私と同じような漠然としたイメージで貴族のことを見てるのかもしれない。

 しかもその煌びやかな生活の為に使ってるのは自分たちが納めてる税なんだから、嫌な印象も持つよな。

「私も近衛騎士になって色んな貴族を見るまで、貴族なんて大体同じで、平民から搾取して豪遊してるんだろうって思ってたから」

「あ~、でも、その気持ちも判るよ」

 私がこの世界の平民でも、同じ感覚だっただろう。

「そうよねえ」

 ふふ、と笑ってから、ヒールは小さく溜め息を吐いた。

「実際は、想像通りの人たちも居たし、そうじゃない人たちも居たし、色々だったんだけどね。ま、当たり前のことよね」

「あはは、そうかもしれないね」

 貴族だろうと平民だろうと下町の人たちだろうと、そりゃあ色んな人が居るよね。

「それでもやっぱり、貴族の生き方と平民の生き方は違うのよ」

 少し寂しそうな顔でそう言って、ヒールは視線を落とす。

「アディは、貴族の婚姻ってどういうものか、想像できる?」

「え?」

 ふ、と顔を上げたヒールに問い掛けられて、私は目を瞬かせた。

 貴族の結婚といえば政略結婚?

「ええっと、大事にするのは血とか権力とかそういうもので、個人の意思なんてものはそこにはない感じ?」

「うん、そういう感じ」

 なんとなくの想像で口にした私の言葉は、ちゃんと的を得てたらしい。

「特に下級貴族にとっての結婚っていうのは、地位向上の為にとても大事なものらしいのよ」

「そ、そうなの?」

「そうなの。自力で爵位を上げるには相当な成果か武功が必要だけど、婚姻っていう血の繋がりができればそれより楽だからね」

 どうしてそこまでして、今より高い地位が必要なのか。

 私にはよく判らないけど、少なくともこの世界では個人の意思なんてどうでもいいくらいに大事なことなんだろう。

「貴族の中で最下級の爵位ってなんだか知ってる?」

「えっと、男爵?」

「そう。カリスの家も男爵ね」

 ヒールはそう言って、小さく溜め息を吐いた。

「下級貴族は、基本的に爵位を上げたくてたまらないものなのよ。そんな中で、陛下の近衛騎士に選ばれた人が居たら、どうなると思う?」

 そう訊いてきたヒールの表情は、呆れと諦めに彩られたものだった。

 貴族の中でも一番平民に近い男爵家に生まれた、陛下の近衛騎士を務められる逸材。

 それは私が想像するよりもずっと割のいい、政略結婚の餌だろう。

 特にカリスはクレイフォール家の長男だ。

 男爵家を繋ぐ為、叶うのなら爵位を上げる為に、子爵以上のご令嬢と結婚するのが最善なのかもしれない。

「……そういう考えは、貴族特有のもの、だよね?」

 問い掛けに問い掛けで返す形になって悪いとは思うけど、私の口から零れたのはそんなものだった。

「そうね。貴族たちの中だと普通の考えよ」

 静かに頷いて答えてくれたヒールの顔には、相変わらず諦めと呆れの色が浮かんでいる。

「色んな貴族が居るって知った私が、それでも貴族を嫌ってるように見えるなら、そういうところが嫌なのかもね」

 ふ、と表情を緩めて、ヒールは軽く肩を竦めた。

「凄く個人的な理由。アイツはどうしたって、子爵以上の令嬢と結婚しないといけないの」

 それは、カリス個人の意思じゃない。

 クレイフォール家の意思だ。

 それでも。

 この世界では誰も邪魔のできない、確固たる意思だ。

「私は、だから、貴族が嫌いなの」

 そう言ったヒールの表情は諦めに支配されたもので。

 見てるこっちが、胸の奥に痛みを感じるような、そんな顔だった。

「……どうしても、駄目なもの?」

「そうね、駄目なものだと思うわ」

 一縷の望みを託したような私の言葉に、ヒールは即座に首を振る。

「叶わないって理屈では判ってるのに、諦めきれない自分が、つくづく嫌になるんだけどね」

 残酷な言葉を自分で口にして、ヒールは痛々しく微笑んだ。

 幾ら陛下の近衛騎士でも、ヒールは平民以下の下町の生まれで、貴族の血筋じゃない。

 少しでも高い地位をと目指す男爵家から見れば、選択肢にすら入らない相手だろう。

「私がこのままカリスを好きでいたって何もいいことはないって判ってるし、なんの望みもないって判ってるけど」

 そう言って、ヒールは両手で顔を覆う。

「それでも簡単に割り切れないのよねえ」

 ヒールは大きく溜め息を吐いて、独り言みたいに呟いた。

 人を好きになるとか嫌いになるとか、そういう感情は理屈でどうにかできるものじゃない。

 持ってるだけ無駄な感情なんてそう多くないと思うんだけど、それだけの話でもないんだろうし。

 私が見る限り、カリスだってヒールのこと好きなんだと思うんだけどなあ。

「……貴族って、面倒なんだね」

 下手な慰めも、感情論だけの励ましも口にできなかった私は、当たり障りのない言葉を呟くことしかできなかった。

 私には、全員が笑える形に収めるだけの知恵も、権力もない。

 私は……私の言葉は、無力だ。

「そうね」

 そんな私の言葉に、ヒールは顔を上げて小さく微笑む。

「面倒なのよ」

 痛々しいくらいに切ない微笑に、私は何も返すことができなかった。



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