5-4『穏やかな陽の下で』
第五章
第四話『穏やかな陽の下で』
私がコーヒーを口にすると、ヒールとシューレット君もそれぞれ手元のコーヒーに手を伸ばした。
それから最初の話題としてクイニークさんと陛下が話してくれたのは、二人が南の公爵家で一緒に生活していた頃のことだ。
さっき少し聞いたけど、『王』の『祝福』を授かった子供は、生まれてすぐにそれぞれの地方の公爵家に引き取られるんだそうだ。
実の家族とは離れ離れで生活することになるけど、面会自体が禁止されるってことはなくて、ご家族の方が望めば、公爵家で面会することがいつでもできたらしい。
『王』としての教育を受けることになるし、命を狙われる危険性があるから平民みたいな自由はないけど、物心ついて以来ずっとそうだから、不自由だと感じたことはないって陛下は言った。
庶民の感覚しか持ってない私としては、息苦しそうな生活だなあって思ってしまうけど、 生まれてすぐにそういう生活をしてきた陛下は、そのこと自体には特に不服はなかったんだそうだ。
生まれの家庭は平民だったけど、育った環境のお陰で上位貴族の感覚になってるんだろうな。
将来、世界で一人だけの王様になるんだったら、多分、そういう感覚になっておいたほうがいいんだろうけど。
まあ、そういう感覚の話は、今は置いといて。
陛下には、八十歳ちょっとくらい年の離れた妹が居たんだそうだ。
人間でその年齢差の兄妹はあんまりないことだろうけど、竜人族は長命だから珍しいことじゃないんだって。
年齢差があることより、兄弟姉妹が居ることのほうが珍しいらしい。
竜人族や妖精族みたいな長寿の種族は、一人っ子のほうが多いんだそうだ。
その妹さんが、陛下が王宮に行くと決まった頃、二十歳そこそこの若さで突然亡くなってしまった。
「病気でね。ある日倒れて、亡くなるまではとても短かったんだ」
そっと目を伏せて言う陛下は、懐かしさと寂しさと悲しさが入り混じった、複雑な微笑を浮かべてる。
「倒れてからはほとんど会えないままだったから、そこだけは、自分の立場が少し恨めしかったよ」
公爵家で家族と面会することはいつでもできたけど、陛下が自由に外に出ることができたわけじゃない。
しかも王宮行きが決まってる時期となれば、色々立て込んでた頃だろう。
致し方ないこととはいえ、立場を恨むのも当たり前だ。
話を聞いてる限り、家族仲は良好だったようだし。
「彼女は僕よりも見た目の年齢が高くてね。ちょうど、君と同じくらいだった」
どこか懐かしそうに私のほうを見て、陛下はそう言った。
私のほうっていうか、私の向こう側に妹さん……本物の『アデリシア』さんを見てるんだろう。
「今までも君と同じ年頃の女性に名前を与えることは何度かあったんだけど、妹の名前そのものを使ったのはこれが初めてだから、クイも驚いたみたいだね」
「ふふ、そうだねぇ」
陛下の言葉を受けて、クイニークさんは静かに微笑みながら頷いた。
表情の振れ幅がなさ過ぎて、あんまり驚いてる感じがしないな。
それにしても、陛下が人に名前を与える機会って、結構あるもんなんだろうか。
私に名前を付けてくれたとき、そういえば陛下も周りも手慣れた感じだった気がする。
「親しい人の名前をぉ、自分の子供に付けるのはぁ、竜人族では珍しくないんだけどねぇ」
独特の間延びした話し方をしながら、クイニークさんは続けた。
「そのお陰でぇ、同じ名前の人がぁ、たあっくさん集まってる地域もあったりしてぇ、ちょっと大変なんだよ~」
「あ~、なんとなく、想像つきます」
にこにこ笑うクイニークさんの言葉に、私はちょっと苦笑を浮かべながら頷く。
同じ名前の人が沢山住んでる地域なんて、想像しただけで面倒くさそう。
「そうそう、ジューデル地区だとねぇ……」
「はい、そこまでそこまで」
ぼのぼのと何か言い募ろうとしたクイニークさんを、隣に座るシューレット君が止めた。
「話逸れますから」
筆頭近衛にすぱっと話を切られたクイニークさんは、ちょっとしょぼんとしてるように見える。
それでも顔に浮かんでる表情は笑顔に分類されてるんだから、口角を上げてるのが地顔なんだろうか。
いや、陛下も似たような雰囲気だから、ひょっとしたら南の公爵家特有の教育なのかもしれない。
「それより、アデリシアさんが気になってることがあると思うんですけど」
そう言って、シューレット君は私を見た。
「多分だけど、陛下が誰かに名前を授けることがちょいちょいあること、不思議だって思ってない?」
「あ、うん。思ってた」
引っ掛かってたことをそのまま言われて、反射的に頷く。
「だよな」
なんで判ったんだろう? と思いながらシューレット君を見つめると、彼は苦笑を浮かべた。
「こっちでも『名乗れない相手に名前を与える』なんて陛下しかしないことだからさ、アデリシアさんの元の世界じゃ、多分なかったことなんじゃねえかなって。ちゃんと思い出せなくても、なんとなく判るんだろ?」
記憶はないけど記録はある。
そんなわけの判らない事情を、シューレット君は的確に理解してくれてるらしい。
「うん、ほんとにそんな感じ」
あまりにも的確過ぎて、他に言葉が出てこない。
なんていうか、ファービリアさんやヒイラギさんにこういうことを言い当てられるのは判るんだけど、シューレット君に言われるとは思わなかったかも。
「あぁ、それは不思議かもしれないねぇ」
にこにこと笑いながら、クイニークさんが何度か頷いた。
「ヒール、説明してあげてくれるかい?」
「はい」
陛下に振られて、それまで黙って話を聞いていたヒールが静かな声を上げる。
ここでヒールが説明役を担う必要はなかったのかもしれないけど、ひょっとしたら陛下は会話に参加してない彼女に気を遣ってくれたのかもしれない。
「普通、人に名前を付けるのは親か、それに類する人ってことが多いと思うんだけど」
「うん」
隣で説明してくれるヒールを見ながら、私は頷いた。
わざわざ『それに類する人』って付け足したところが、ヒールの生まれを表してるみたいな気がする。
「色んな理由があって、陛下の前でその名前を名乗りたくない人も、名乗れない人も居るの。そういう人に、新しい人生を与えるって意味で、陛下から新しい名前を与えることがたまにあるのよ」
だいぶ詳細を端折ってくれてるけど、それってかなり重たい感じじゃない?
陛下に謁見できる人自体、そんなに多くないと思うんだけど、その中でも過去を全部捨てたいと思う人が居るってことだよね?
「この陛下、自分を殺しに来た人も取り込んじゃうんだから、そういう機会が結構多いのよ」
「はい?」
今、とんでもないことをさらっと言わなかった?
反射的に陛下を見たら、いつも通りにこにこ微笑ってはいるんだけど、なんていうか、『てへ』って顔をしてるようにも見えた。
「流石に近衛騎士にはしてないよ?」
「あ、当たり前ですよ!」
小首を傾げた陛下に、私は思いっきり突っ込んでしまった。
いや。
いやいやいや!
そりゃ私は余所者で、貴族だの王様だの暗殺者だのって言葉とは縁遠い記録しか持ってないけど、自分を殺しに来た人を懐に入れるなんて正気の沙汰じゃないってことは想像できる。
その上、懐中の懐刀、近衛騎士に任命するとか、誰も許しやしないだろう。
「そんな感じで、陛下は人に名前を与えることに慣れてるのよ」
「え、えええ……?」
随分さらっとまとめられた感じがするけど、ある意味正しく陛下を表現してるような気もする。
ヒールは言葉こそ乱暴っていうか下町風だけど、物事の核心を外した話をする人じゃない。
寧ろ遠回しで難解な言い方をしない分、判りやすくて馴染みやすい説明をしてくれる人だと思う。
だけどさあ、それでもやっぱり、自分を殺しに来た人を仲間にするとか、世界で一人だけしかいない王様がやることか? って思っちゃうよねえ。
「言いたいことは、なんとなく判るんだけど」
よっぽどジトっとした目をしちゃってたんだろう、陛下は『困ったな』って感じの苦笑を浮かべて私を見る。
「百年以上『王』をやっているとね、懐に入れていい人と悪い人くらいは、見分けがつくようになるものなんだよ」
「ひゃ、く……? って、そういえばそうなんでしたっけか」
百年以上統治が続いてるって何事? と言おうとして思い直した。
陛下は竜人族で寿命も長いし、今はもう二百歳を超えてるって言ってたから、確かにそれくらい王様やってるんだろう。
一人の存在がそんなに長く王様であり続けるなんて、私の常識では考えられないんだけど、竜人族や妖精族はそれが普通なんだよね。
そう考えると、色んな種族の人が『王』になる可能性がある中央は、統治年数の幅が随分まちまちなんだろうなあ。
獣人族が『王』になったら、長くても二十年くらいなんだろうし。
統治者としての人格がどうこういう前に、寿命のせいで在位の年数がバラバラだからこそ、統治自体は元老院のほうが主体でやってるのかな。
『王』の『祝福』を授かったら、四方領主の家に預けられて相応の教育をされるっていう話だけど、それに適応できる人もできない人もいるだろう。
その上、即位する人の種族も選べないんだから、元老院の人たちの苦労は結構なもんだろうな。
「歴代の王様の中には、今の陛下よりぶっ飛んでアレな人も居たし、霞より使えない人も居たし、この陛下が特別アレってこともないと思うよ」
「あ、アレ……」
つらっと無礼過ぎる発言をするシューレット君に、誰も何も言わない。
世が世なら、不敬罪とかなんとかで、即刻斬首されてそうな気がする。
「誉められた、と思っておくよ」
「そうしてください。誉めてるんで」
ふわ、と微笑んだ陛下に、シューレット君は表情も変えずにそう言った。
陛下は元々南の領主の館で生活していたわけだし、シューレット君と面識もあるのかもしれない。
でも、確かシューレット君って、『百年以上は生きてる』ってだけ言ってた。
陛下が『王』として即位してからも、同じく百年以上。
寿命が長過ぎて時間の経過が曖昧になるって言ってたから、どれくらいの齟齬があるのか判らない。
例え数年、南の領地での記憶が被っていたとしても、その頃はシューレット君だって物心もつかない赤ん坊だったかもしれない。
それ以前に、男爵家の次男だっていうシューレット君が、公爵家跡取りのクイニークさんや、次期『王』の陛下と身近に接する機会があったとは想像しにくい。
この世界は、私が想像するよりずっと、地位だのなんだのに厳しい。
少なくとも幼馴染だって公言してるクイニークさんとは立場が違うんだろう。
それでも無礼過ぎる物言いをするのは、陛下が今、自分のことを『僕』って呼んでるからなのかもしれない。
陛下は普段、自分を『私』と呼ぶ。
私が初めて彼の一人称が変わるのを聞いたのは、今と同じこの小さな花壇の前だった。
爵位とか『祝福』とか『王』とかなんとか、そういうのを全部なしにしたとき、陛下は……いや、アルフォンスさんは、普通の人でいたいと思うのかもしれない。
その血は、脈々と受け継がれた貴族のものじゃない。
ただ、授かってしまった『祝福』だけが、彼を『王』たらしめる理由。
生まれも。
育ちも。
教育も。
何もかもを無視したら、きっと今のアルフォンスさんが残るんだろう。
いや、今の彼でも、ひょっとしたら少しくらい『王』としての何かを残してるのかもしれない。
じゃあ、本当に本当の彼は……アルフォンスさんは、何処に居るんだろう。
そんなことを頭の片隅で思いながら、私はこのお茶会を穏やかに受け入れた。
続




