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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-3『あの場所で、竜人族と』

第五章

第三話『あの場所で、竜人族と』



 クイニークさんの使者は、『体調に問題がなければ、午後から少し話をしよう』っていうような伝言を持って来てくれた。

 前にファービリアさんは突然自らやって来たけど、本来はこうやって使者を立てて、お伺いを立てるものらしい。

 一般市民の感覚が強い私にはよく判らないけど、貴族間だとそれが普通のことなんだそうだ。

 その辺のことはまあ置いといて、お誘いを断る理由なんて特になかった私は、喜んで受けることにした。

 過去二回の異界行きのことを考えれば、次かその次にクイニークさんが同行してくれるんだと思う。

 その前に交流を深めておいたほうがいいだろうっていう気持ちもなくはないんだけど、感覚的にはそれ以前の話だよね。

 きっと私のことを気遣ってくれてるお誘いを断らなきゃいけないほど、体力も気力も削げてない。

 っていうか、物凄い眠ったお陰で、体力的にはなんの問題もないと思う。

 何はともあれ、私は二つ返事でクイニークさんのお申し出を受けて、午後のティータイムくらいの時間に、指定の場所にやって来た。

 この世界の貴族の方々は、食事や午前と午後のティータイムを社交や交友の席みたいに使うらしい。

 だから、午後のお茶会に呼ばれたのは不思議じゃないだけど、指定された場所がちょっと不思議だった。

 だって、陛下の花壇がある場所だったから。

 『花忌み』の『呪い』を授かってしまった陛下が、自分の手だけで細々と作ってる花壇は王宮の片隅にあって、周りには特に何もなかった。

 王宮の敷地内には簡単なお茶会ができそうな東屋が幾つもあるけど、あの場所にはそういうものも見当たらなかったと思う。

 そんな場所でどうやってお茶会をやるんだろうな、と思いつつ、ヒールと一緒にその花壇までやって来た。

「いらっしゃい~」

 いつも通りの間延びしたクイニークさんの声が、私たちを出迎えてくれる。

 秘密の花園と表現するにはあまりにも質素な、だけど心を込めて精一杯の手入れがされている小さな花壇の傍に、薄茶色のタープみたいなものが張られていた。

 その下には簡素な椅子と丸いテーブルが用意されていて、シューレット君の姿もある。

 それと。

「やあ」

 椅子に座るクイニークさんの向かいに、陛下も腰を下ろしていた。

 わざわざ陛下の花壇の傍を指定してきたんだから、彼が居ても不思議ではないんだけど。

「こんにちは、陛下、クイニークさん」

 私の傍でかっちりと騎士の礼をするヒールを視界の端で見ながら、私はぺこりと頭を下げる。

「こんにちはぁ」

 そんな私に、クイニークさんはにこにこ笑いながら、のんびりした声で応えてくれた。

 ファービリアさんやサンシュと同じ地位の人なんだけど、あの二人と比べると雰囲気が柔らかい。

 あの二人やヒイラギさんから感じるカリスマの圧みたいなものを、クイニークさんからは感じたことがなかった。

 それがいいことなのか悪いことなのか、私にはよく判らない。

「身体は大丈夫かぁい?」

「はい。充分、ゆっくり休ませて貰いましたから」

 こてん、と小首を傾げるクイニークさんに、私は苦笑混じりに答えた。

 そりゃもう、皆様が思ってる以上にゆっくり休ませて貰ってますとも。

「異界に行くと、みんなかなり疲労が溜まるようだから」

 静かな苦笑を浮かべながら、陛下は心配そうな目を私に向けた。

「アディも、あまり無理をしないようにね」

「はい、ありがとう御座います」

 異界に行かなくていいなんてことを言えない分、できる限り心を砕いてくれようとしてるのが伝わってくる。

 戦う力もなければ、冒険なんてものにも無縁な私にしてみれば、異界行き自体がかなりハードルの高いものだとは思う。

 それでも二回目の異界からも無事に戻れて、『もう二度とあんなところへは行きたくない』とか思わずにいられるのは、周りの人たちがこうして気遣ってくれるからだよなあ。

「ヒール、君もね」

「痛み入ります」

 陛下に声を掛けられたヒールは、更に礼を深くして短く応えた。

 いつもの明朗快活なヒールからは想像できない堅苦しい遣り取りはかなり違和感があったけど、近衛騎士としての姿はこっちが本来のものなんだろう。

「さあさあ、二人ともぉ、こっちに来てぇ」

 にこにこ笑いながら、クイニークさんが私たちを手招いた。

 急ごしらえされた席は簡素なものだったけど、テーブルには既にコーヒーや幾つかの軽食が並んでいて、庶民の感覚からすれば充分なお茶席だ。

 ちょっとしたピクニックっていうか、デイキャンプみたいな雰囲気だと思う。

「みんな座ってねぇ」

 そう言われて気付いたんだけど、席は最初から、五人分用意されていた。

 一人掛けの簡素な椅子は王宮の洗練された家具とはだいぶ趣が違ってるけど、この場に居る全員分が用意されてることが、なんだか嬉しい。

「ファービリアが居たらぁ、『優雅さが足りぬ』とかぁ、言われちゃいそうだけどねぇ」

 促されるまま簡素な椅子に腰掛けた私に、クイニークさんは笑顔のままそんなことを言った。

 ヒールは少しだけ躊躇ったみたいだけど、結局何も言わずに私の隣に腰を下ろす。

「うちの領地、あんまり華美な装飾するほうじゃないんで、済みませんね」

 新しく座った私たち分のコーヒーを出してくれながら、シューレット君は特に申し訳なさそうにも感じられない口調で言った。

 実際、趣味嗜好に個人差、種族差、地域差が出るのは当たり前のことだと思うから、謝るようなことでもないと思う。

「無駄がないことも美しさの一つだと思うし、この椅子も座りやすいし、気にはなりませんよ」

 私は思ったままのことを言って、小さく首を振った。

 確かにタープみたいなものも、椅子も、テーブルも、装飾や遊びがほとんどなくて、簡素っていうか質素な印象を受ける。

 だけど、緩やかな三角屋根みたいな形を描く厚手の布はしっかり日除けの役目を果たしてくれてるし、椅子も座り心地がいいし、テーブルがガタつくこともないし、無駄のない機能美って感じだ。

 それに。

「目を楽しませてくれるものなら、あっちにちゃんとありますし」

 言いながら、私は陛下の花壇のほうを見た。

 この王宮にある花壇としては、あまりにも小さなものだけど。

 王宮が抱える庭師が日々手入れを欠かさない場所と比べれば、野性味を感じるものではあるけれど。

 だけど、素手では触れることもできない陛下が、それでも頑張って世話をし続けている温もりを確かに感じられる、温かな花壇がそこにある。

「ふふ、そうだよねぇ。あの花壇はぁ、綺麗だよねぇ」

 にこやかな声に釣られてクイニークさんを見れば、いつもより楽しげな笑い方をしてる彼が居た。

 出会ってから今まで、ずっとその顔には穏やかな笑みが浮かんでいたけど、この表情は本当に嬉しそうに見える。

「はい。とても、とても綺麗な、温かい花壇です」

 自然と私も笑顔になって、こくりと頷いた。

「良かったねぇ、アルぅ。君の道楽をぉ、純粋にぃ、誉めてくれる人が居てぇ」

「は、はは。そうだね」

 聞き慣れない名前を呼びながらクイニークさんがにこにこ見つめる先は、少し顔を赤くした陛下が居る。

 あ、そっか。

 いつも『陛下』って呼んじゃうから聞き慣れないと思ったけど、『アル』は『アルフォンス』の愛称なんだ。

 って、いやいや、陛下を愛称で呼ぶのも、『道楽』とか言っちゃうのも、不敬ってやつでは?

 この世界の王様は『祝福』で個人が選ばれるから、血の歴史って話なら公爵家のほうが血統書付きってことになるんだろうけど、あのファービリアさんだって陛下を愛称で呼んだりはしなかったと思うけど?

「この子にぃ、アデリシアの名前を付けた時はぁ、びっくりしたけどねぇ」

 にこにこ、にこにこと楽しげに微笑わらいながら、クイニークさんはそんなことを言った。

 それは、どういう意味なんだろう?

「あのね、クイ」

 クイニークさんの言葉の意味を深く考えるより前に、陛下がわざとらしくコホンと咳払いをした。

「僕がその名前を彼女に付けたのは、すぐに思い浮かんだのがそれだったというだけで、本当に他意はないんだ」

 自分のことを『僕』と言い、クイニークさんのことを『クイ』と呼ぶ今の陛下は、やっぱり普段の彼よりも素の表情を感じられる気がする。

「『王』の『祝福』を授かった子供ってのは、大抵、それぞれの領地の公爵家に引き取られるんだよ」

 自分の分として空いていた席に座りながら、シューレット君が独り言みたいに続けた。

「だから、うちの閣下と陛下は幼馴染みたいなもんってこと。それとアンタに付けたアデリシアって名前は、陛下の妹さんの名前だよ」

 私が不思議に思ってたことを全部察してると言わんばかりに、さらさらと教えてくれたあと、シューレット君は軽く肩を竦める。

「生まれて二十年くらいで亡くなったって聞いてるけど」

 え? と思ったまま、反射的に陛下のほうを見てしまった。

 陛下は何処か申し訳なさげな、何処かばつの悪そうな苦笑を浮かべて、小首を傾げる。

「死んだ身内の名前を付けられて、気分が悪いかな?」

「え? いや、そういう風には感じないですけど……」

 既に死んだ人の名前を付けられて、気分を害したかと訊かれても、正直言ってよく判らない。

 自分がもしその亡くなった人と面識があれば流石にどうだろう? と思うだろうけど。

 だから、光栄だとも迷惑だとも思わなくて、強いていうなら『へえ、そうなんだあ』って感じなんだよね。

 そもそも、陛下が誰かに名前を付けるのって、日常なのか?

 そういえば私に名前を付けてくれたとき、周りもなんか手慣れた雰囲気だったような気がしたような?

「お茶会の最初の話題、決まりましたね」

 ほとんど自分がその口火を切ったようなもんだっていうのに、まるで他人事みたいに言いながら、シューレット君はそっと手で私の手元を指した。

 どうぞ、っていうような仕草に、私は今まで出されたコーヒーに手を付けてないことに気付く。

 全員が座れるように席を用意してくれてるとはいえ、私が手を付けないとヒールやシューレット君はただ座ってるだけになるだろうし、そもそもこのお茶会自体スタートしないのかもしれない。

 未だに貴族のあれこれに慣れないまま、それでも周りにさり気なくフォローされてなんとかなってる毎日毎秒だな、なんて思いながら、私はすぐ傍に用意された砂糖壷に手を伸ばした。



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