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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-2『騎士の矜持と普通の気持ち』

第五章

第二話『騎士の矜持と普通の気持ち』



 また、ひと晩以上眠ってしまった。

 目を覚まして映った光がやけに白くて明るくて、『あ~、またやっちゃったんだな』と、寝起きのぼんやりした頭で考えてしまう。

 前のときと同じように、騎士様二人は私が目を覚ますまでずっと手を握り続けてくれていた。

 やっぱり前と同じように、ベッドの上で平伏してしまったよね。

 二人とも『自分たちが好きでやったことだ』って微笑わらってくれたけど、やっぱり申し訳なさが酷い。

 寝る前にこういう罪悪感も含めて諦めた気がするんだけど、頭がはっきりしてから思い直すと、『何諦めてんだよ』って自分に言いたくなる。

 まあ、意識がしっかりしてようと朦朧としてようと、騎士様たちの善意を辞退できるとは思えないんだけど。

 あの三人、みんな結構押しが強いっていうか善意が強いっていうか、遠慮させてくれないんだよね。

 自分が本当に嫌だと思うことを押し付けてくることはないけど、相手に悪いからって遠慮しようとしてもできないっていう感じ。

 最初から遠慮なんてするだけ無駄と言われればその通りかもしれないけど、なんかそういうのも違う気がする。

 稀人なんて特殊な立場を利用して、みんなの善意を食い物にしてるみたいじゃないか。

 ここに来たのが私以外の誰かだったら、そういう生き方を選ぶこともあったかもしれない。

 だけど私は、そういう道を選べそうになかった。

 何はともあれ、二番目の異界をクリアした翌日、私の傍にはヒールが付いてくれていた。

 昨日は私と同じようにぐっすり眠ったんだそうで、気力も体力も充分回復したって笑ってくれる。

 その笑顔があまりにも明るくて、眩しくて、直視するのも気後れしたよ。

 ヒールやマダムはよく私のことを『いい子』って評価してくれるけど、根っからの『いい子』ってヒールみたいな人のことを言うんじゃないだろうか。

 明るくて、優しくて、屈託なくて、裏表がない。

 異界の先で怒ったヒールの姿は確かに迫力があるものだったけど、私にしても正当な怒りだと思ったし、それを見て彼女が怖いと評価するのもおかしな話だと思う。

 もし私がヒールよりずっと年上だって自覚できるような歳だったら、迷いなく『いい子だね』って頭を撫でてたんじゃないかな。

 自分のことを何も思い出せないのは相変わらずで、年齢も曖昧なんだよね。

 曖昧なのは曖昧なままなんだけど……なんか、微妙に、今までと違うような気がするんだよなあ……。

「アディ?」

「ふえ!?」

 不意に聞こえたヒールの声に、私は間の抜けた叫びを上げてしまった。

「ごめん、驚いた?」

 私の驚き方が予想外だったんだろう、くすくす笑いながらヒールは私を見てる。

「随分ぼうっとしてるみたいだから声を掛けたんだけど」

「あ、うん、ごめん、大丈夫だよ」

 取り敢えず笑顔を作って、私は首を振った。

 そうだそうだ。

 私は今、ヒールと一緒にリビングのソファーで向かい合わせに座って、午前中の時間を穏やかに過ごしてる最中だった。

 ルーディアさんが淹れてくれた美味しい紅茶を飲みながらまったりしてる最中に、私はどうも、意識を変なところに飛ばしたらしい。

「何か考え事してた?」

「考え事っていうか……今回も盛大にやらかしたなって」

 ぼんやりと考えていたことの半分以上を占めていたことを、正直に話す。

 残りの半分以下は、正直言って曖昧過ぎて口にするのはどうかと思えた。

 なんていうか、夢で見たのを忘れてるみたいな感じで、頭の奥に何かが引っ掛かてるんだよね。

 ただ、それを巧く言葉にすることは無理そうだから、胸の内にしまっておく。

「あっはは! またそんなこと気にして!」

 正面に座ったヒールは、凄く楽しそうに笑ってぱたぱたと手を振る。

 仕草も笑顔も可愛いなって思うんだけど、やっぱり姉みたいに感じるのがちょっと不思議だ。

 いや、姉に向かって可愛いと思う感覚自体は、別に不思議じゃないか。

「護衛の騎士っていうのは、基本的に護衛対象が第一っていう生き物なのよ」

 さらりと言われた言葉が、胸の奥に、確かな重みを伴って落ちてくる。

 生まれた時から騎士になるべく育った人たちが同じことを言ったなら、別の感想を抱いたと思うんだけど、ヒールは下町生まれ、下町育ちだ。

 騎士になるのは貴族が多いって話を聞いたことがあるから、価値観自体がそもそも違うと思うんだけど、それでもその信念が刷り込まれるって、洗脳力高過ぎない?

「私はそういうのどうかって思うくらいには、不良騎士だけど」

 苦笑を滲ませるヒールの言葉に、逆にほっとした。

 騎士が全員洗脳されてるとか、結構ぞっとする。

「それでもやっぱり、騎士なら主人に忠実であれ、名誉と礼節を重んじろ、貴婦人を尊重しろって叩き込まれてるからさ。だから、小さい頃から騎士に成るべく育ってきた人たちの感覚も、多少は判るのよ」

 ヒールが挙げた騎士の心得みたいなものは、なんとなく何処かで聞いたことがあるような気がした。

 未だに思い出すことができない記憶の中に、似たようなものがあるんだと思う。

「私たちは主人である陛下にアディを護るように指示を受けてるから、勿論それが前提条件なんだけど」

 そこで一度言葉を切って、ヒールは私の隣に移動してきた。

 優しい力で、そっと肩を抱き寄せられる。

 抗う気もなかった私は、素直にヒールの肩にことんと頭を預けた。

 肌の何処かが触れたんだろう、視界が一瞬だけ白黒に染まる。

「私たちは、アディのことが好きだからこうしてるの。私もあの二人も、好き好んで色々やってるだけ」

 肩を抱いてくれる、優しい手の温もり。

 身体から直接響いてくる、静かな声。

 ふわりと香る、甘い花みたいな香り。

 それら全てが、静かに静かに、心の奥底に沁み込んでいくような気がした。

「アディだって、私が『傍に居て』ってお願いしたら、ひと晩中一緒に居てくれるんじゃない?」

「うん、そりゃ勿論」

 苦笑にも近い音が滲んだ声に、私は即答する。

「でしょ~?」

 ふふ、と楽しそうに笑うヒールの声と、直接身体に伝わってくる小さな震動が、なんだかとても温かくて。

 目の奥がじん、と熱くなるような気がした。

「だから、『ごめんなさい』なんて思わなくていいの。そう言いたくなったら、『ありがとう』って言ってくれれば、それだけで私たちは充分だから」

「うん……ありがと」

 もし自分がヒールの立場だったら、確かに『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言って貰えれば、それでいいと思う。

 いや、自分が好きで勝手にやったことなんだから、何も言って貰えなくても気にすることじゃないんだろう。

 そう思いはするんだけど、いざ我がことになると申し訳なさが出てきちゃう。

「なんて、こんなこと言っても、やっぱり気になるよねえ」

 私の思考を読んだように、ヒールは苦笑混じりに続けた。

「思ったままのことを言ってくれて大丈夫よ。ただ、もし私たちがしたこと、することがアディにとって少しでも助けになってたら、最後に『ありがとう』って言ってくれれば、それだけでいいから」

 それはヒールの言った、騎士の名誉の部分になるのかもしれない。

 主人に忠実な騎士が、その主人の指示を全うした証みたいなものだとも思う。

 だけど、そんなに重い部分を考えなくても、自分がしたことにお礼を言われれば、それで満足っていうか、報われるっていうか。

「うん……ありがとね」

 今はただそれしか言えず、その言葉だけを口にする。

「そうそう、そういう感じでいいの」

 なんだか楽しそうに笑って、ヒールはぽんぽんと私の肩を軽く叩いた。

 その優しいリズムがなんだか心地好くて、胸の奥がじんと痺れる。

 温かな時間が心地好くて、何も考えずにただ目を閉じた時間が、少しだけ流れたように感じていた、そのとき。

 トントントン、と、静かなノックの音が、三回響いた。

「はい」

 はっとして目を開けた私が身体を起こすより早く、ヒールがそのノックに声で応える。

「クイニーク閣下より、使者がおいでです」

 この凛とした声は、ルーディアさんのものだ。

 閉じたドアの向こうから聞こえた声は少しくぐもってたけど、毎日お世話をしてくれてる人の声を聞き間違えることはない。

「会えそう?」

 身体を起こした私に、ヒールは穏やかな表情で小首を傾げる。

 なんていうか、慈母?

 慈母みたいな顔?

 とか思ってる自分、慈母って言葉の意味をちゃんとは理解してない気がするけど、なんかそんな言葉が浮かんできちゃったから、記憶がちゃんとしてても同じことを思った気がする。

「うん、大丈夫」

 穏やかなヒールの表情に見惚れそうになりつつ……いや、完璧に見惚れつつ、それでも返事ができた自分を、誰か誉めて欲しい。

 ……誰も誉めてくれないか。

 カリスだったらある意味誉めてくれるか。

「うん、判ったわ」

 にっこり微笑んで、ヒールはいい子いい子とばかりに私の頭を撫でた。

 慈母っていうかやっぱりお姉ちゃん……!

 これは結構共感してくれる人が居ると思う……!

「お通ししてください」

「畏まりました」

 ヒールと扉の向こうのルーディアさんの遣り取りを聞きながら、私は改めて姿勢を正す。

 クイニークさんの使者って、どういう用事なんだろうな?



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