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と金の軍師 〜記憶なき将棋名人、土佐の隅から天下を詰ます〜  作者: 九条ケイ・ブラックウェル


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第八話 千日手

堺の船が、また土佐の湊に着いた。


和泉屋(いずみや)は相変わらず肥えて、目が小さかった。宗佐は浜の茶屋にその男を座らせ、酒を一本つけて、海の向こうを問うた。


「相変わらず、物好きでございますな」と和泉屋は薄く笑った。「土佐の隅で、天下のことを」


「四国は、どうだ」


「四国は、相変わらずでございますよ」と和泉屋は指で卓に四つの区を切った。「東の阿波讃岐あわさぬきは、三好のお膝下。ですがその三好が、近頃どうもきな臭い。畿内で足元が揺れておるとか。膝下の阿波讃岐までその揺れが伝わって、こちらへ構う暇はなさそうで」


宗佐は黙って聞いていた。


「西の一条さまは、相変わらず別格。京のお公家上がりで、土佐の小競り合いには指一本動かさぬ。——となると、北の本山さまはお気の毒に。東の三好は自分の足元で手一杯、西の一条は高みの見物。誰の助けも当てにできぬまま、長宗我部ちょうそかべさまと二人きりで殴り合うておられる」


四国の盤が、宗佐の頭の中で、また一枚はっきりした。東は揺れて動けず、西は動かず。本山は孤立し、長宗我部と一対一。この一対一を、秋までにどちらかが折らねばならぬ。


「ところで軍師さま」と和泉屋が声をひそめた。「こちらからも一つ。近頃、堺の荷がおかしゅうございましてな」


「荷が」


「硝石が品薄で、値が倍。鉛も鉄も、同じように吸われていく。火薬に関わる荷という荷が、まるで一つの大きな口へ吸い込まれていくようでしてな。——わたしども商人は儲け時ではございますが、どうにも気味が悪い。あんな買い方を続けられる者が、この世におるのかと」


宗佐の指が、卓の上で止まった。


硝石。鉛。鉄。火薬の材料がすべて、同じ一つの方向へ。


それは、いつか浦戸で耳にした、買い集められる硝石。二俣で見た、東から流れてくる牢人。火車を退けたあとに紛れ込んできた、鉄砲を扱う者と、鉄砲鍛冶。そして今、和泉屋の言う、堺の荷の流れ。


別々の世界の兆しが、四つ。すべてが、同じ東の一点を指していた。


——交わった。


宗佐は酒を舐めて、何も言わなかった。だが胸の内では、長いこと留めてきた読みが、ついに一つの形になろうとしていた。


その読みを確かめる前に、目の前の盤を片付けねばならなかった。


本山が、新しい男を出してきた。


(ぬえ)。占いと陣形を読む、本山の軍配者。火車のように力で押す男ではない。誰にも手の内を読ませず、こちらの動きの裏を読んでくる男だった。


茂辰は、その鵺に、期限を切った。


「十五夜までだ」と、茂辰は低く言った。「あと十日。それまでに、長宗我部の旗を一つ折れ。城を一つでも取り返せ。——取れねば秋が来る。双方の兵が田へ帰り、戦は店じまいだ。そうなれば、あの育ちかけの怪物に、立て直しの冬を、みすみすくれてやることになる。十日だ、鵺。十日のうちに、手柄を立てよ」


鵺は頭を垂れた。だがその胸には、重い石が一つ置かれた。十日。決着を、十日のうちに。


最初の小競り合いで、宗佐はそれを思い知った。


宗佐が一手指せば、鵺はその一手の意図を読んだ。受けようとすれば、受けを見越して構え、攻めようとすれば、攻めの先に罠を敷いた。これまでの敵は、宗佐の読みの外にいた。だが鵺は、宗佐の読みのすぐ一手後ろに、ぴたりとついてきた。


「一手、読む男です」と、宗佐は元親に告げた。「これまでの敵とは違います」


「お前と、同じか」


「いえ」と宗佐は静かに言った。「あの男は、一手先を読む。わたしは、十手先を読む。——ですが、油断はなりませぬ。一手しか読まぬ男でも、その一手がいつも正しければ、十手読む者を、削り殺せます」


戦は、奇妙な形になった。


宗佐が動く。鵺が読む。だから宗佐は迂闊に攻められない。鵺が動く。宗佐が読む。だから鵺も迂闊に攻められない。互いに相手の手を読み合い、どちらも決め手を出せなかった。


陣は苛立った。


「なぜ攻めぬ」と久武が言った。もう宗佐を臆病とは言わなかった。受けの戦で思い知ったからだ。だが苛立ちは隠せなかった。「先日の受けも、待つ戦だった。今度も待つのか。いつまで睨み合う」


宗佐は答えなかった。本陣の隅で、彫った盤を前に、一人、駒を動かしていた。


その傍らに、了円が座っていた。


霧を見、谷を見、人の動きを見てきた目が、今は宗佐の盤を見ていた。宗佐がある形を作る。少し進めて、また元へ戻す。同じ手順を繰り返す。了円はそれをじっと見ていた。


「軍師さま」と、了円が静かに問うた。「同じ手を繰り返しておられますね。それでは勝負が進みませぬ」


「進まぬ」と宗佐は言った。「同じ手を互いに繰り返せば、いつまでも決着がつかぬ。引き分けだ。——千日手、と言う」


「引き分けでは、勝てませぬ」


「相手が急いでいなければ、な」


了円が、痩せた顔をわずかに上げた。


宗佐は、駒をまた元へ戻した。


「鵺は急いでいる。あの男は、火車が潰れたあとに出された、本山の最後の手だ。手柄を急いでいる。近いうちに城を一つ取れと、尻を叩かれておる。——勝ちを焦っている」


「焦っている相手に」と了円。


「引き分けは、毒になる」と宗佐は言った。「勝ちを焦る者にとって、決着のつかぬ睨み合いほど苦しいものはない。日が経つほど、秋が近づく。秋が来れば双方の兵が田へ帰り、戦は店じまいだ。鵺は手柄を立てられぬまま、引き上げることになる。それは、あの男にとって負けに等しい」


宗佐は、盤の上の同じ形を指した。


「だから、わたしは勝とうとしない。ただ、勝たせない。同じ手を繰り返し、引き分けの形を見せ続ける。焦った鵺が、引き分けを破って勝ちに出る。その一手こそが、あの男の伸びる一手だ」


了円は、長いこと盤を見ていた。それから、静かに言った。


「——勝たぬことで、相手を殺すのですね」


宗佐は、その小坊主の澄んだ目を見た。


熱くはなかった。元親のように。青ざめてもいなかった。久武のように。ただ了円は、千日手の理をそのまままっすぐ受け止めて、いちばん冷たい言葉に変えた。


「そうだ」と宗佐は言った。


その時、御簾の奥で、小さな音がした。


元親の幼い子だった。信親(のぶちか)。まだ言葉もおぼつかぬ年頃の童が、いつのまにか宗佐の盤のそばに寄っていた。宗佐が繰り返していた同じ手順を、じっと見ていたらしい。


童は、小さな手で盤の駒を一つつまんだ。そして、宗佐が動かしたばかりの駒を、元の升へ戻した。


形が、元へ戻った。


傍らの女房が、慌てて童を抱き上げた。


「若君には、まだ早うございますな」と女房が笑った。陣の者も、つられてわずかに笑った。幼子が軍師の盤を玩具と間違えた、というだけのことだった。


宗佐だけが、笑わなかった。


童は、駒の意味を分かってはいない。歩も金も知らぬ。だがこの子は、形が元へ戻ることを見ていた。同じ手を繰り返せば、盤が同じ形に戻る。その一事だけを、幼い目が捉えていた。


宗佐は、抱き上げられて去る童の小さな背を、一瞬、目で追った。


それから盤に目を戻した。今は考えることが多すぎた。童のことは、胸の隅に置いた。


戦は、宗佐の引いた線の通りに運んだ。


宗佐は、同じ形を戦場に作り続けた。


鵺が渡しを狙えば、宗佐は渡しを明けた。鵺が兵を入れた瞬間、対岸の小備えが道を塞いだ。渡しは取れぬ。鵺は兵を戻した。局面は、元に戻った。


鵺が砦を狙えば、宗佐は砦を空けた。鵺が入ると、米蔵は空だった。保てぬ砦に、兵は置けない。鵺はまた兵を戻した。局面は、元に戻った。


鵺が夜襲を仕掛ければ、宗佐は陣を一つ後ろへずらした。鵺が叩いたのは、火の消えた空陣だった。翌朝、長宗我部の旗は、また元の場所に戻っていた。


進んだはずの手が、進まない。取ったはずの升が、取れていない。何度指しても、盤は同じ形へ戻った。


鵺は、そこで初めて悟った。


あの軍師は、勝ちに来ていない。勝たせぬことで、こちらの(とき)を殺している。十五夜までに旗を一つ折れ、というあの期限を。一日、また一日と同じ形に戻されるたびに、十日の石が重くなっていく。秋が、一日ずつ近づく。


鵺が、焦れた。


宗佐の読み通りだった。手柄を急ぐ軍配者は、決着のつかぬ千日手に耐えられなかった。秋が来れば、すべてが水の泡になる。鵺はついに、引き分けの形を、自分から破った。睨み合いを捨てて、勝ちを取りに動いた。


その一手で、鵺の形が伸びた。


これまでぴたりと低く構えて手の内を見せなかった鵺が、勝ちを焦って、初めて前へ出た。前へ出れば、形に隙ができる。十手先まで読んでいた宗佐は、その隙がどこに開くかを、とうに読み切っていた。


「見えました」と、宗佐は静かに言った。「殿。今です」


元親が、動いた。


鵺の伸びた形の、その隙へ一突き。睨み合いの間、低く抑えていた長宗我部の攻めが、ただ一手、鋭く伸びた。鵺の陣が裂けた。


だが、その時。


宗佐の指図とは別のところで、一隊が動いていた。


源八だった。


西の湊からの文は、ここしばらく来ていなかった。源八は宗佐に断りもなく、湊を離れ、北の戦場へ戻ってきていた。そして、宗佐の命じていない動きをしていた。鵺が崩れて退こうとする、その退き道の一つを、源八は自分の判断で、先回りして塞いでいた。


結果は、吉と出た。源八が塞いだその道へ、まさに鵺の一隊が逃げ込もうとしていた。源八の動きで、鵺の崩れはさらに大きくなった。


陣は沸いた。源八の働きを、誰もが褒めた。


宗佐だけが、その一事を静かに見ていた。


——あの男は、わたしが塞げと命じていない道を、自分で読んで塞いだ。


盤の駒なら、こちらが動かさねば動かない。だが源八は、宗佐の手を待たなかった。宗佐の読みを、先回りした。役に立った。今日は。だが、持ち駒が自分の頭で次の手を読みはじめている。それは裏切りよりも、静かで不気味なことだった。


宗佐は、その違和感を胸の隅に置いた。今は、もう一つ置いたばかりだった。御簾の奥の童のことを。


鵺は、退いた。


崩れた陣をまとめ、わずかな手勢だけで北へ。だが宗佐は、それを追わせなかった。


「追えば、深入りになります」と宗佐は言った。「鵺は読む男。追えば、退きながらこちらの追う形を読んで、罠を敷く。深追いはせぬ。——あの男は、討ち取れませぬ。今日は退かせます」


宗佐は、北へ退いていく鵺の後ろ姿を、遠くから見た。


鵺は一度だけ立ち止まり、こちらを振り返った。顔は遠くて見えなかった。だがその立ち方が語っていた。負けたが、読みを捨てたわけではない、と言いたげな立ち方だった。手柄を焦らされ、引き分けを破らされた。一手の応酬なら、なお、こちらを追ってくる。そういう男の立ち方だった。


宗佐は、その姿を覚えた。


夜烏は、取れた読み手だった。盤を替えると言って、持ち駒になった。鵺は、取り逃した読み手だ。退いて、また来る。一手の応酬では、確かにこちらを追ってくる男。だが、十手先を読む宗佐の、その読みの全体を見透かす者ではなかった。


——ならば、その先には。


宗佐は、ふと思った。鵺が一手なら、その上に、二手を読む者が。三手を読む者が。そしていつか、宗佐の十手の、さらに向こうまで読み、宗佐の手筋そのものを丸ごと読み解く者が、盤の向こうのどこかにいるのかもしれぬ。まだ会わぬ。だが、いる気がした。


その気配だけを、宗佐は留めた。


その夜、宗佐は元親の前に座った。


「殿に、お伝えせねばならぬことがございます」


宗佐は絵図を広げた。だが、指したのは土佐ではなかった。四国でもなかった。絵図のいちばん端。海を渡った東の、本州だった。


「我らは、本山と戦っております」と宗佐は言った。「ですが、我らが急がねばならぬまことの理由は——本山では、ございませぬ」


元親が、宗佐を見た。


「硝石を、誰かが買い集めております。年を跨いで、絶えず、大量に。鉛も鉄も、火薬の材料という材料が、堺で同じ一つの方向へ吸い込まれていく。畿内では大きな家がいくつも潰れ、行き場を失った牢人と、鉄砲を扱う者、鉄砲を直す鍛冶までが、西へこぼれ落ちてきております」


宗佐は、絵図の東の端を指した。


「別々の四つの兆しが、すべて同じ一点を指しております。偶然ではありませぬ。——盤の向こう、東の中央で、何かが育っております。火薬を際限なく食らう、大きな駒が。守るための量ではない。攻め続け、呑み続ける者の量です。止まれぬ者の形です」


「それは、誰だ」と元親が問うた。


「分かりませぬ」と宗佐は答えた。「名は、まだ形になっておりませぬ。和泉屋も、買い手の名までは掴んでおらぬ。荷が商人の手を幾人も経て運ばれるゆえ、たどっても途中で消える。——ですが、名は隠せても、荷の流れは隠せませぬ」


宗佐は、絵図の東の端から、指をゆっくりと、四国の隅の土佐まで滑らせた。


「それが誰であろうと——あれがもし畿内を呑み、東を呑み、やがてこちらへ手を伸ばしてくれば。土佐のような隅の小さな盤は、一手で寄せられて終わります」


元親は、長いことその絵図を見ていた。


「だから、急ぐのか」と、若い当主は言った。「本山を、安芸を、一条を。あの大駒がこちらへ届く前に」


「左様」と宗佐は言った。「我らが本山と争うのは、土佐の北を取るためではありませぬ。あの大駒が盤を渡り切る前に、四国を一つに束ねるためです。隅の歩は、独りでは大駒に勝てぬ。ですが、隅の歩が四国を束ねれば——盤の真ん中まで、利きを伸ばす目も、出てまいります」


宗佐は、絵図の土佐の隅に置かれた、たった一枚の歩を、指で押さえた。


「それまでに、この歩を太らせます。一手でも、早く」


元親は、その絵図を見ていた。


それから、低く笑った。父を喪い、家を継ぎ、本山と殴り合ってきた若い当主の目が、初めて土佐の北の境を越えて、海の向こうの、まだ見えぬ大駒を見ていた。


「面白い」と、元親は言った。「隅の歩で、天下の真ん中を狙うか」


「狙います」


戦の意味が、その夜、一段、上の盤へ繰り上がった。


宗佐は、一人、彫った盤に戻った。


低く囲った自陣の、その隅に、一枚の歩を置いた。盤のいちばん遠い隅。そこから敵陣の中央までは、果てしなく遠い。だが、歩は一つずつ進める。進んで敵陣の奥まで届けば——成る。


その夜、宗佐は、二つのものを胸の隅から引き出した。


一つは、源八。自分の頭で読みはじめた持ち駒。


もう一つは、御簾の奥の童。同じ形に戻る盤を、じっと見ていた幼い目。


どちらも、今はまだ小さな駒だった。だがどちらも、いつか宗佐の読みの外で動きだすかもしれぬ。役に立つ形か。牙を剥く形か。それは、まだ読めなかった。


宗佐は、隅の歩を一つ進めた。


盤の向こうの、まだ見えぬ大駒へ向けて。気の遠くなるほど、遠い道を。

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