↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第1話 母さん、それ中ボスです。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/48

石

 村への帰り道は、行列になった。

 先頭に母さん。前掛けの裾(すそ)に、スライム。その後ろに、母さんの肩掛けを頭からかぶったガルド。

 最後尾に、少し軽くなった弁当籠(べんとうかご)を背負った勇者。

 肩掛けは、母さんが「日差しが強いから」と言ってガルドにかぶせたものだった。日差しの問題ではないと思う。

 緑色の手も、欠けた耳も、まったく隠れていない。

 母さんは、歩きながらガルドに村の話をしていた。

「鍛冶屋(かじや)のダグさんはね、大きくて声も大きいけど、優しいのよ。水車小屋のトマスさんは、ちょっと怒りっぽいけど、カブを育てるのが上手なの。村長さんは心配性だから、最初はびっくりするかもしれないわね」

 引っ越してきたばかりの隣人に、近所を案内するような口ぶりだった。

 ガルドは一つ一つにうなずいていた。覚えようとしているようにも見えた。

 どう説明するか、歩きながらずっと考えていた。

 考えはまとまらなかった。この世界に、「森で拾った中ボスを炊き出し当番にする」ための説明文は存在しない。俺が書いていないからだ。

 水車小屋が見えてきたところで、最初の悲鳴があがった。

「ゴ、ゴブリンだあああ!」

 ピムだった。鼻水をたらしたまま、広場のほうへ全力で走っていく。

 それから先は早かった。

 鍛冶屋からダグさんが、大槌(おおづち)を担いで飛び出してきた。畑から男たちが鍬(くわ)を持って集まってきた。

 村長が、収穫祭の飾りを抱えたまま固まっていた。

「マ、マルタさん、離れなさい! そいつから離れて!」

 男たちが、じりじりと輪を縮めてくる。鍬の先が、全部ガルドのほうを向いていた。

 そして、水車小屋の前から、トマスじいさんが出てきた。

 手に、石を持っていた。

「マルタさん、そこをどきな」

 トマスじいさんの声は、低く震えていた。

「そいつらのせいで、去年の冬は、カブの入ってないスープを飲んだんだ」

 ガルドの足が止まった。

 肩掛けの下で、ガルドの目が変わるのが見えた。濁(にご)った黄色の奥で、何かが冷えて、固まっていく。

 三日間、飢えて森をさまよっていたあいだにも、きっと何度かこういう目をしたのだろう。

 ゲームのガルドは、ずっとこの目をしていた。

 あの石だ、と思った。

 本来なら今夜、畑で投げられるはずだった石。ガルドを、ゴブリン王にする石。

 場所と時間が変わっただけで、同じ石が、同じところへ飛んでこようとしている。

 トマスじいさんの腕が、振りかぶられた。

 計算するより先に、体が動いた。

 気づいたときには、俺はガルドの前に出て、まだ肩幅の足りない背中を向けていた。

 ごつん、と鈍い音がした。

 衝撃は、背中の籠が受け止めた。籠の中で、石がひとつ転がる音がした。

 弁当籠が、初めて防具として役に立った。

「トマスさん」

 母さんの声がした。

 大きな声ではなかった。ただ、村中が静かになった。

「人に向かって、物を投げないの」

 五歳の子どもに言うのと、まったく同じ調子だった。

 小柄な母さんが、ガルドとトマスじいさんのあいだに立っていた。背筋をまっすぐに伸ばして、三つ編みの先まで、少しも揺れていなかった。

 トマスじいさんは、振りかぶった姿勢のまま固まった。

「い、いや、マルタさん、そいつはゴブリンで、去年うちのカブを——」

「あら、そうなの?」

 母さんは振り返って、ガルドに聞いた。

「ガルドさん、カブ食べた?」

「……わしではない。去年は、若いのがやった。わしは止めた。止められなかった」

「ほらね」

「ほらねって……」

「それにね、トマスさん。この人、ちゃんと手を洗えるのよ」

 トマスじいさんは、振りかぶったままの腕を、ゆっくりと下ろした。

 ダグさんは、大槌を肩から下ろして、それから腹を抱えて笑いだした。

「リオ! 最初の獲物を見せに来いとは言ったがな!」

 笑いすぎて、目尻の涙を拭いていた。

「獲物のほうを連れてくるやつがあるか!」

 ダグさんの笑い声で、張りつめていたものが少しだけゆるんだ。男たちの鍬の先が、一本、また一本と下がっていく。

 ダグさんの脚のうしろから、ピムが半分だけ顔を出して、ガルドをのぞいていた。

「ガルドさん、ご挨拶は?」

 母さんに言われて、ガルドは肩掛けを頭から外した。欠けた耳があらわになって、何人かが息をのんだ。

「……ガルドだ。世話になる」

 ぎこちなく頭を下げたガルドを、ピムはまばたきもせずに見つめていた。


   *


 結局、話は村長の家に持ち込まれた。

「マルタさん。ゴブリンですぞ」

 村長は、額(ひたい)の汗を拭きながら言った。

「ええ」

「村に、ゴブリンを置くと」

「村長さん、先週おっしゃってたでしょう。収穫祭の炊き出し、人手が足りないって」

「それは、言ったが」

「ガルドさん、お鍋をかき回すの上手なのよ。たぶん」

 たぶん、と俺は思った。見たことはない。

「しかしだね、もし夜中に、その、何かあったら」

「何かって、何がありますの?」

 母さんが本気で首をかしげたので、村長は何か言いかけて、やめた。

 それでも渋っている村長の背中を押したのは、意外にもダグさんだった。

「俺が見張っときますよ。妙な真似をしたら、この槌(つち)でどうにかする。どうにかしなきゃならん相手には見えませんがね」

 ダグさんはそう言って、村長の家の土間(どま)で、母さんの薬草茶をすするガルドを顎(あご)で示した。

 ガルドは椀(わん)を両手で持って、背中を丸めていた。ダグさんの言うとおりだった。

 話は、それで決まった。

 ガルドは収穫祭が終わるまで、炊き出しの手伝いとして村に置く。寝泊まりは、うちの納屋。何かあったら、責任はマルタさんが持つ。

 村長の家からの帰り道、トマスじいさんとすれ違った。じいさんは俺の顔を見て、ばつが悪そうに目をそらした。

「……背中、大丈夫か」

「籠に当たったから」

「そうか」

 じいさんは、それだけ言って水車小屋に戻っていった。手にはもう、石を持っていなかった。

 本来なら、あの石は当たっていた。

 俺は、まめだらけの自分の手のひらを見た。短剣を握ったときの汗が、まだ乾いていない気がした。

 昼には、この手でガルドを刺す計算をしていた。夕方には、同じガルドの前に飛び出していた。

 計算より先に体が動いた。レベルデザイナーとして、いちばんやってはいけない種類の判断だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。