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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第6話 討伐依頼一件

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討伐依頼ゼロ件

 朝、荷車が北へ出ていった。

 ベックさんが手綱を引き、ニールさんが後ろを押し、ロザさんが御者台(ぎょしゃだい)の横を歩いている。三人の並びが、元に戻っていた。

 出ていく前に、ロザさんが俺のところに来た。

「あと二件。あんたも数えといて」

「俺が、ですか」

「あたし一人だと、ずるしそうだから」

 ロザさんは、それだけ言って荷車に戻っていった。ずるのしようがあるのかどうかは、聞きそびれた。

 荷車が北の道に消えたあと、出張所をのぞくと、ホルストさんは帳簿を開いていた。

 掲示板の「討伐」の札の下は、あの日ロザさんが依頼票を受けてから、ずっと空いている。

 ホルストさんは、その空いたところを、しばらく眺めていた。

「ゼロに戻った」

 棒読みだった。

 それから帳簿に目を落として、一行、書きつけた。

「……一件は、一件だ。帳簿には残る」

 今月の欄をのぞくと、新規依頼の数の横に、小さく「うち討伐一」と書き足してあった。

 その欄が埋まったのは、ずいぶん久しぶりのことだった。


   *


 その夜、寝床の上で、頭の中のチャートを広げた。

 線を引いた行が、三つ。ゴブリン王ガルド。洞窟の主。霜(しも)の番人。

 線を引けない行が、一つ。〈ハルテ村焼失:魔王軍先遣隊(隊長セヴラン)〉。

 その横には、小さな書き足し。〈当番:霜の回廊の見回り(春の最初の満月)〉。

 その下に、新しい行を書いた。

〈ロザ:護衛の受注者まで、討伐あと二件〉

 自分のではない行を、このチャートに書くのは初めてだった。数えといて、と言われたからだ。

 前世で俺が作っていたのは、プレイヤーが一人で進むための表だった。仲間の都合を書く欄は、どこにもなかった。

 母さんの鍋は、並んだ者に届く。

 並ばない者には、届かない。並べない者にも。

 ザグは、差し出された弁当を手の甲で払った。雪山猫は、列があることさえ知らなかった。

 そういう相手の前に、誰かが立たなければならない。届かないところへ、弓を持って。

 それが母さんのやり方の穴なのか、それとも、穴とは呼ばないものなのか。俺には、まだわからなかった。

 雪山猫の一行を書いた夜のことは、覚えていない。冬のマップが寂しくならないように、と思っただけだったはずだ。

 その一行が、谷の羊を三頭さらって、子どもに跳びかかった。

 そして、それを射たのは、俺ではなかった。

 ステータスを開いた。

【リオ 勇者(未覚醒) Lv.1 EXP 0/30 防御力 48】

 数字は、ひとつも動いていない。胸当ての鱗(うろこ)に、白い筋が四本増えただけだ。

 頭の中には、まだ谷で見た枠が残っている。Lv.11の弓兵。

【ヒント:仲間の成長も、冒険の楽しみのひとつです】

 楽しみ、か。

 こんなヒント文を、いつ書いたのだろう。思い出せなかった。

 悪い気は、しなかった。


   *


 台所から、糸車(いとぐるま)の音がしていた。

 のぞくと、母さんが糸車の前に座っていた。

 膝の上には、編みあがった大きな手袋が一組、たたんで置いてある。指の長い、灰色の手袋だ。

 春の最初の満月に、見張り塔の下の家へ届けるものだった。

 母さんの手元で、新しい糸がより合わされていた。白っぽい毛と、灰色の毛が、一本の糸になっていく。

「それ、誰の」

「ハンナさんのぶん」

 母さんは、糸から目を離さずに言った。

「あの人、手が荒れてたのよ。羊さんの世話で」

 それから、ふと顔を上げた。

「ロザちゃん、来週も来るわね。お布団、干しておかなくちゃ」

 かまどの前で、ギンが丸くなっていた。肩に、前掛けの布を巻いたまま。

 首の薄いところに、ほんの少しだけ、新しい毛が生えはじめていた。

 窓の外の暗がりの中、納屋の戸口にガルドが立っているのが見えた。北の尾根のほうを向いている。

 羊を襲ったのは、ザグではなかった。

 それでもガルドは、毎晩、北を見ている。


   ◆


【人材開発課 週次報告】

報告者:魔王軍人事局 人材開発課 係長 モルグ

案件:ゴブリン、ザグの群れの現状について


経過:

先遣局長の判定保留により、ザグとの協力の件は凍結された。

群れは、北の古道北口の斜面で冬を越している。食料は、尽きかけている。


現状:

群れは、古道の北口を出入りする人間の荷車を、毎週見ている。


補足:

先遣局長の転入届の取り下げについて、総務局より回答があった。

「取り下げの手続きは、魔王軍の規程に定めがない」


補足二:

春の最初の満月、先遣局長の不在中の局長代理として、魔導兵器課の課長を充てることが決まった。

所見:注視する。


追記:

代理の方の部下は、食事をとらない。手を洗う必要もない。

少しうらやましいと思ってしまった。疲れているのだと思う。

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