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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第6話 討伐依頼一件

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受注者欄

 ハルテ村に戻ったのは、日暮れ前だった。

 村の入り口で、ガルドが斧(おの)を背負って待っていた。見回りの帰りらしい。

 ガルドは、ギンの肩の新しい布を見た。それから、俺の胸当ての四本の筋を見た。

「山猫か」

「うん」

 ガルドはうなずいて、ギンの頭に、大きな手を一度だけ置いた。

 出張所に着くと、ロザさんが、署名の入った依頼票をカウンターに置いた。

 ホルストさんは、それを手に取って、達成の欄を読んだ。見立ての欄を読んだ。それから、もう一度、いちばん上の対象の欄を読んだ。

「……そういう読み方をしたか」

 俺のほうを見ずに、そう言った。

 ホルストさんは、カウンターの下から報酬の袋を出した。

 袋はカウンターの上を滑って、ロザさんの前で止まった。

 ベックさんの手を、通らなかった。

 ロザさんは、袋をすぐには取らなかった。カウンターの上のそれを、しばらく見ていた。

「木札」

 ホルストさんが、手を出した。

 ロザさんが、冒険者証の木札を渡す。ホルストさんはそれを裏返して、引き出しから小さな焼きごてを出した。ランプの火で、先をあぶる。

 木札の裏には、小さな枠が三つ、焼きつけてあった。

 三つとも、空いていた。

 ホルストさんは、いちばん端の枠に、焼きごてを押しつけた。

 焦げた匂いが、少しだけした。

 木札を返しながら、ホルストさんはロザさんの顔を見た。何か言いかけて、やめた。

「あと二件だ」

 代わりに、それだけ言った。

「わかってる」

 ロザさんは、木札を握ったまま答えた。

 それからロザさんは、送金票を一枚もらった。ギルドを通して、ベルダの家に金を送るための紙だ。

 カウンターで、ペンを持つ。

 宛先と金額を、手早く埋めていく。

 最後に、送り主の欄。

 ロザさんのペンが、一度だけ止まった。

〈送り主 ロザ〉

 道中で読んだ手紙を、思い出した。大きくて、少し傾いた字。

〈にいさんが、またくすりをおくってくれました〉

 次の手紙には、たぶん、違う名前が書いてある。

 ロザさんは、送金票をホルストさんに渡した。それから、残った四枚を革袋にしまった。

 袋の口を縛る指が、少しだけもたついていた。弦の跡のついた、いつもは器用な指だった。


   *


 荷車が戻るまでの五日間、ロザさんはうちに泊まった。

 出張所の奥の長椅子で寝ると言ったのを、母さんが聞かなかったのだ。

「ひと冬に一度くらい、ちゃんとしたお布団で寝なさい」

 ロザさんは、母さんには逆らわなかった。

 昼は、ガルドの鍋の薪(まき)を割った。夜は、台所の糸車(いとぐるま)の前に座らされた。

 母さんが、羊の毛とオオカミの毛を一本の糸に撚(よ)るやり方を教えている。ロザさんの糸は、太くなったり細くなったりした。

「弓の弦なら、まっすぐ張れるのに」

「最初は、みんなそうよ」

 かまどの前では、ギンが、肩の布を巻いたまま眠っていた。

 最後の晩、ロザさんはかまどの前で、冒険者証の木札を指で裏返していた。

 焦げ跡のところを、親指で一度なぞる。表に返して、また裏返す。

 何度目かで、俺が見ているのに気づいた。

「……見んな」

 ロザさんは、木札を懐(ふところ)にしまった。耳が、かまどの火のせいだけではなく赤かった。


   *


 五日後、北の道から荷車が戻ってきた。

 ベックさんが手綱を引き、ニールさんが後ろを押していた。

 御者台(ぎょしゃだい)の横は、空いていた。この一往復は、二人で行ったからだ。

 出張所のカウンターで、ホルストさんが報酬の袋を出した。

「王都まで、一往復。護衛二人ぶん」

 棒読みが、一字だけ変わっていた。

 ベックさんが、カウンターの上で中身を分けた。

 三つではなく、二つに。

 ロザさんは、カウンターの端に立って、それを見ていた。

 分け終えたベックさんが、顔を上げた。

 ロザさんの腰に、冒険者証の木札が下がっている。裏返しになっていた。端の枠に、焦げ跡がひとつ。

 ベックさんは、それを見た。

「……一件か」

「うん」

 それきりだった。

 ベックさんは、自分のぶんを革袋にしまった。それから、ニールさんの肩を軽く叩いて、出張所を出ていった。

 ニールさんが、戸口で一度だけ振り返った。一度は凍った右手を、ロザさんに向かって小さく上げた。

 ロザさんは、小さくうなずいた。

 次の荷車には、ロザさんも戻る。荷車のまわりに、また三人がそろう。

 受注者の欄の名前だけが、まだ、変わらない。


   *


 ロザさんは、掲示板の前に移った。

 手伝いの札の下に、依頼票が一枚、増えていた。今朝、東の谷から届いたものだ。

〈撚り糸の講習:羊の毛と森オオカミの毛 依頼主:東の谷羊飼い組合〉

 受注者の欄は、空いていた。

 手伝いの依頼なら、誰の名前でも書ける。ロザさんの名前でも。

 ロザさんは、その欄をしばらく見ていた。

「あんたの母さんが受けるでしょ、これ」

「……たぶん」

「じゃあ、あたしの名前はいらない」

 ロザさんは、背中の弓をかけ直して、出張所を出ていった。

 受けなかった。

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