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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第6話 討伐依頼一件

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達成欄

 その夜は、谷に泊めてもらうことになった。

 焚(た)き火の前に、俺とロザさんが残っていた。母さんは鍋の向こう側で、子どもたちの椀(わん)を洗っている。

 ロザさんが、指を折っていた。

「十二枚。八枚払って、四枚残る」

 俺が言った。

「これで、春を待たずに片づく」

 ロザさんは、焚き火を見たまま言った。

 俺は、口に出さなかった。護衛の取り分だけでも、あと三往復で片づく額だった。春までには、十分に間に合うはずだった。

「お薬代?」

 鍋の向こうで、母さんが顔を上げていた。

 椀を持ったまま、こちらを見ている。緑の目が、まるくなっていた。

 俺が母さんに言わずにいたことは、それで終わりだった。

「ねえ、ロザちゃん。手袋のお金、村で少しなら」

「それは」

 ロザさんが、母さんの言葉をさえぎった。さえぎってから、背筋を伸ばした。

「それは、あたしが払いたいんです」

 母さんに話すときの、丁寧な声だった。

 母さんは、緑の目をしばたたかせた。しばらく、ロザさんの顔を見ていた。

「……そう」

 それだけ言って、母さんは腰の袋を探った。小さな布の包みを出して、ロザさんの手に握らせる。

「これは、お金じゃないから、いいわよね。熱が出たら、朝と晩に一杯ずつ」

 ロザさんは、包みを見下ろした。

 それから、受け取った。

 ロザさんが払いたいのは、八枚の銀貨ではなくて、それを払った名前のほうなのだと思った。

 母さんが鍋のほうへ戻っていくと、ロザさんは、包みを懐(ふところ)にしまいながら小さく息を吐いた。

「ずるいよ、あんたの母さん」

「……すみません」

「お金じゃないから、いいわよね、って。断れないじゃん」

 怒っている声ではなかった。

 しばらくして、ロザさんは立ちあがった。雪の上の山猫のところへ行って、しゃがみこむ。

 刺さったままの矢を、一本ずつ、丁寧に抜いた。

 それから、開いたままだった山猫の目を、指でそっと閉じた。


   *


 ハンナさんが、焚き火のそばに来た。手には、二杯目の椀を持っている。

「十二枚は、谷の五軒で出しあったんだ。毎年なら、冬の入りにベルダの冒険者が山の上で片づけて、それで済んでた。今年は、誰も来なかった」

 ハンナさんは、雪の上に寝かせた山猫のほうを見た。

 山猫の後ろ足に、古い噛(か)み傷があった。もうふさがりかけている、何日か前の傷だ。

 それから、母さんの横で丸くなっているギンを見た。

「最初の晩の、夜明け前だ」

 ハンナさんは、椀を持ったまま言った。

「囲いの外で、そいつを見た。口のまわりが、赤かった。だから、そいつだと思った」

 焚き火が、ぱちりと鳴った。

「……あれは、追ってたのかい」

 ギンは、答えなかった。片方の耳を、少し動かしただけだった。

「ギンさん、えらいわねえ」

 母さんが、ギンの頭を撫(な)でた。何がえらいのかは、たぶん、わかっていなかった。


   *


 朝。

 ハンナさんが、依頼票を広げた。出張所でホルストさんが書いたものを、ロザさんが懐に入れて持ってきていた。

 いちばん下に、依頼主が署名する達成の欄がある。

 ハンナさんは、ペンを持ったまま、手を止めていた。

 見立ての欄に、「森オオカミ」と書いてある。組合で、ハンナさん自身が言ったとおりの言葉だ。

「依頼の対象は」

 俺は、依頼票の一行目を指した。

「『羊を襲う魔物 一頭』です。森オオカミは、見立ての欄です」

 前世で、仕様書を読むときの読み方だった。要件と想定は、別の欄に書く。想定が外れても、要件が満たされていれば、仕事は終わる。

 ハンナさんは、俺を見た。

「……屁理屈だね」

 そう言いながら、ペンを動かした。

「羊を襲ったやつは、あの子が射た。それで足りる」

 達成の欄に、太い字で名前が入った。

 ハンナさんは、三杯目の椀を受け取って、膝の上に肘をついた。

「肘」

 母さんが言った。

 ハンナさんは、一瞬、何を言われたのかわからない顔をした。それから、黙って肘をおろした。

 母さんは、ギンの首を撫でていた。毛の薄い、ひとところを。

「ねえ、ハンナさん。羊の毛と、ギンさんたちの毛。まぜて編んだら、もっとあったかいんじゃないかしら」

 ハンナさんの手が、止まった。

 ギンの首を見た。毛の薄いところを。それから、母さんの膝の上で編みかけになっている、灰色の手袋を見た。

「……首の毛が薄いのは、そういうわけかい」

 ハンナさんは、ギンを見て、それから母さんを見た。

「それは、売れるのかい」

 頭の中で、オスカーの注文書がめくれた。手袋の注文は、また百組だった。

 羊の毛の手袋より暖かくて、オオカミの毛だけの手袋より安い糸。

 たぶん、売れる。

 俺は、口には出さなかった。勘定は、ハンナさんのほうが速そうだった。

 昼前に、谷を出た。

 出がけに、ハンナさんが、白い羊毛をひと束、母さんの背負子に押しこんだ。

「試しにだよ。売れなかったら、返しな」

 谷の入り口まで、子どもたちがついてきた。ハンナさんの孫が、俺の手に何かを押しつけて、走って戻っていった。

 羊の乳で作ったチーズが、ひとかけ。ハルテの丘の羊飼いの少年にもらったのと、同じものだった。

 帰り道、ギンは母さんの横を歩いていた。

 来たときより、少しだけ首を高くして。

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