↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第6話 討伐依頼一件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/47

東の谷

 翌朝、荷車は北へ出ていった。手綱を引くのはベックさん、後ろを押すのはニールさん。

 御者台(ぎょしゃだい)の横は、空いていた。

 俺たちは、東へ向かった。

 尾根づたいの道を、四人で歩く。母さんと、俺と、ロザさん。それから、ギン。

 ギンには、縄をつけていない。母さんの横を、母さんの歩幅に合わせて歩いている。

 母さんは大鍋を背負子(しょいこ)にくくりつけて担ぎ、俺は弁当籠(べんとうかご)を背負っていた。

 村を出るとき、ロザさんは、母さんの横を歩くギンを見て、眉を寄せた。

「……連れてくるんだ」

「止められませんでした」

「だろうね」

 尾根に出たところで、ガルドが傷を見て言ったことを、ロザさんに話した。オオカミの歯ではない。細い爪が四本。

「山猫ね」

 ロザさんは、それだけ言った。疑う顔はしなかった。

 しばらく行くと、ロザさんが歩みをゆるめた。俺も合わせた。母さんとギンの背中が、少し先になる。

「あんたの母さんに言った?」

「薬代のことは、言ってません」

「そう」

 ロザさんは、懐(ふところ)から紙を二枚出した。一枚は、医者の書きつけ。もう一枚は、子どもの字で書かれた手紙だった。

「弟から。字、覚えたばっかりなんだ」

 渡されて、読んだ。大きくて、少し傾いた字だった。

〈ロザねえさん。げんきです。にいさんが、またくすりをおくってくれました。ありがとうって、いってください〉

 誰に、とは書いていなかった。書く必要がないのだろう。

 ありがとうを言う相手が、一人ずれている。

 既読のまま返さなかった、前世の最後のメッセージのことを、少しだけ思い出した。

「あたしのぶんも、兄さんの名前で届くから」

 ロザさんは、軽く言った。手紙を受け取って、きちんと折りたたんだ。

「熱は、下がったんですよね。母さんの薬草で」

「下がったよ。三日で」

 ロザさんは、前を歩く母さんの背中を見た。

「でも、また出る体なんだ。小さいころから。出たときに診てくれる医者がいないと、困る」

「薬代は」

「その医者に、秋まで出してもらってた薬のツケ。払えなかったら、医者を替えることになる。替えたら、また一から診てもらって、また一から払う」

 卵の洞窟で聞いた「薬が高い」の続きは、そういうことだった。


   *


 昼過ぎ、尾根の肩を回りこむと、谷が開けた。

 雪の斜面に、石を積んだ囲いがいくつも並んでいる。羊の声がした。谷の底に、家が五軒ほど。煙が上がっている。

 谷の入り口に、人が集まっていた。

 牧杖(ぼくじょう)を持った男たち。熊手(くまで)を握った女たち。

 その真ん中から、一人の女が前に出てきた。

 五十がらみだろう。日に焼けた顔に、太い腕。牧杖を、杖ではなく棒として握っている。

 女の目が、ギンを見た。それから、ギンの首の、毛の薄いところを見た。

 顔色が、変わった。

「そいつだ」

 視界に、枠が開いた。

【ハンナ 羊飼い Lv.6】

 名前が、赤くなっていた。

「組合の世話役の、ハンナだ。依頼を出したのは、うちだよ」

 ハンナさんは、牧杖の先をギンに向けたまま、俺たちを順に見た。

「受けたのは、どっちだい」

「あたしです」

 ロザさんが、一歩出た。

「で、その射るはずのやつを、連れてきたってのかい」

 ハンナさんは、俺の背中の弁当籠と、母さんの大鍋を見た。

「あんたら、ハルテ村だろう。あんたらの手袋のせいで、羊の毛は買い叩かれた。ベルダの問屋は、もう前の値じゃ取らない」

 牧杖の先が、少しだけ下がった。

「今度は、羊そのものだ」

 言い返そうとして、言葉が出なかった。

 秋に、出張所のカウンターでオスカーに値付け表を広げたのは、俺だった。羊の毛の手袋より暖かいと売りこんだのも、俺の口だった。

「……羊を襲ったのは、オオカミじゃありません」

 やっと出てきたのは、それだった。

「肩の傷は、爪の跡です。山猫の」

「山猫?」

 ハンナさんは、鼻で笑った。

「山猫は、山の上のもんだ。毎年、冬の入りに、ベルダの冒険者が片づけてる。里まで下りてきたなんて話、聞いたこともないね」

 毎年、冬の入りに。

 今年は、その冒険者が来ていない。そのことと、山猫が里まで下りてきたことを、ハンナさんはまだ結びつけていなかった。

「まずは、お昼にしましょう」

 母さんが、背負子をおろした。

 それから、牧杖を握ったままのハンナさんの前まで歩いていった。

「羊さん、何頭いなくなったの?」

 ハンナさんは、虚を突かれた顔をした。

「……三頭だよ。この六日で」

 ハンナさんは、囲いのほうを見た。

「夜のうちに、雪が足跡を埋めちまう。残ってたのは、最初の朝、明け方に囲いの外を走っていったオオカミの跡だけさ」

「まあ」

 母さんの顔から、笑みが消えた。ハンナさんの手を、牧杖の上から両手で包んだ。

「それは、つらかったわね」

 ハンナさんは、手を引っこめなかった。引っこめ方が、わからなかったのかもしれない。

 六日で、三頭。ギンが納屋を空けたのは、最初の一晩だけだ。

 それを、ここで言っても、魔物の村の身内の言い分にしかならない。俺は黙っていた。

 谷の入り口の、少し開けた雪の上に、石を三つ並べる。鍋をのせる。背負ってきた薪(まき)に、火をつける。

 誰も、手伝わなかった。誰も、近寄らなかった。熊手の先が、ずっとこちらを向いていた。

 ギンは、雪に前足を突っこんで、片方ずつこすった。それから、鍋の横にきちんと座った。

 熊手を持った女の一人が、それを見て、少しだけ熊手をおろした。

 俺はロザさんに目配せをして、谷の奥へ向かった。

 計画の続きだ。二本杉の岩場。


   *


 岩場は、谷のいちばん奥にあった。

 杉が二本、並んで立っている。ゲームの画面で見たのと、同じ形だった。

 ロザさんが、弓に矢をつがえたまま、先に立った。

 杉の根もとに、雪を踏み荒らした跡がある。見上げると、太い枝の上に、白いものが引っかかっていた。

 羊だった。半分だけ。

「木の上に、上げてる」

 ロザさんが、低い声で言った。

 湧き地点には、たしかに何かがいた。でも、今はいない。

 ロザさんが、雪の上にしゃがんだ。足跡を、指でなぞる。丸くて、大きい。爪の跡は、ついていない。

 新しい足跡は、岩場から谷を下っていた。

 来た道のほう。囲いのほうへ。

 ロザさんが、立ちあがった。矢をつがえたまま、谷の下のほうを見ている。

「今夜、来るね」

 疑う声ではなかった。

 湧き地点の読みは、外れていた。当たっていたのは、俺が設定欄に書いた一行のほうだった。

〈冬になると里に下り〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。