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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第6話 討伐依頼一件

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一頭

 台所の戸を開けると、母さんはもう知っていた。

「おばあちゃんが、羊を?」

 井戸端で聞いたらしい。噂は、俺より先に台所に着いていた。

 俺は、出張所で写してきた依頼票の文面を読みあげた。対象。場所。見立て。報酬。

 母さんは、最後まで黙って聞いていた。それから、笑った。

「おばあちゃんが、羊なんて取れるわけないじゃない。歯が何本残ってると思ってるのかしら」

 かまどの前で、当の婆(ばあ)さんが片目を開けた。それから、また閉じた。

 戸口に、ガルドが立っていた。俺の読みあげを、そこで聞いていたらしい。

「五日前の晩だそうだな」

「ホルストさんが、書きつけにそうあったって」

 ガルドは、しばらく黙っていた。

「あの晩、婆さんは納屋に戻らなかった」

 低い声だった。嘘をつけない男の声だ。

「戻ったのは、次の日の昼だ」

 俺の中に、疑いがひとつ、落ちた。

 母さんの中には、落ちなかったらしい。

「お散歩くらい、するわよ。おばあちゃんだって」

 母さんは婆さんの顔をのぞきこんだ。

「ねえ。あの晩、どこに行ってたの」

 婆さんは答えなかった。答える代わりに、首を少しだけ回して、台所の東の窓のほうを見た。

 窓の外には、雪をかぶった尾根が見えるだけだった。

 俺は、自分で反証を探した。

 この村の羊は、一頭も減っていない。丘の上で羊飼いの少年が飼っている羊も、無事だ。

 羊を襲うオオカミなら、まず目の前の村から狙うはずだ。

 ただ、それはハルテの中でしか通じない理屈だった。

 東の谷の羊飼いから見れば、魔物が手を洗って並ぶ村の、身内びいきの言い分でしかない。

「母さん、それ、討伐対象です」

 言ってから、ひどい言い方だと思った。

 母さんは、俺の手から写しを取った。指で文面をたどっていって、「魔物 一頭」のところで止まった。

「一頭、だなんて」

 母さんは、かまどの前にしゃがみこんだ。

「……そういえば、まだお名前もなかったのね」

 婆さんが、首をもたげた。

「灰色の年寄り、って書いてあるけど」

「灰色じゃないわよ。銀色よ」

 母さんは、婆さんの背中の毛を撫(な)でた。かまどの火を映して、毛の先が光っていた。

「ギンさん。ね、ギンさん」

 視界に、枠が開いた。

【森オオカミ(ギン) Lv.4】

 括弧の中に、名前が入った。

 依頼票の見立ての欄には、入らない名前だった。


   *


 ガルドが、ギンの横にかがんだ。母さんが巻いた布を、太い指で器用にほどいていく。

「オオカミの歯ではない」

 傷を、じっと見ていた。

「爪だ。細いのが、四本」

 それからガルドは、ゆっくりと首を振った。

「ゴブリンでもない」

 ガルドの肩から、ほんの少しだけ、力が抜けたように見えた。

 何を考えていたのかは、聞かなくてもわかった。北の斜面の、あばらの浮いた群れのことだ。

 ガルドは、それ以上何も言わずに、布を元どおりに巻き直した。

 四本の、細い爪。

 頭の中で、表が開いた。前世の仕事で、毎日のように眺めていた表だ。マップごとの、魔物の湧き設定。

 東の谷。冬季のみ。一体。

〈冬になると里に下り、家畜をさらう雪の山猫〉

 書いたのも、俺だ。

 ゲームでは、冬の森は魔物の湧きが半分になる。その代わりに、冬の東の谷にだけ、一体置いた。冬のマップが寂しくならないように。

 ベルダのギルドに冬だけ出る、序盤の小さな討伐依頼だった。

 報酬も経験値も、たいしたことはない。プレイヤーが通りすがりに片づけていく、季節の飾りのような依頼だ。

 この世界でも、毎年、誰かが片づけていたのだろう。仕事を探している冒険者が、この辺りにいくらでもいたころは。

 今年は、いない。

 仕事がなくて、みんな南へ下りた。ホルストさんの棒読みが、頭の中でもう一度聞こえた。

 俺の計画は、すぐに決まった。

 湧き地点は、谷の奥の、二本杉の岩場だ。それを知っているのは、この世界で俺だけのはずだった。

 ロザさんと二人で、岩場に行く。山猫を見つけて、ロザさんが射る。

 依頼の対象は、「羊を襲う魔物」だ。山猫を射れば、依頼は果たせる。

 ギンは、村に置いていく。訴えた側の目には、さらさない。

 静かに、片づける。

 ごとん、と重い音がした。

 顔を上げると、母さんが棚から大鍋をおろしていた。

「明日、お鍋を持っていかなくちゃ」

「……どこに」

「東の谷よ。羊さんがいなくなって、困ってるでしょう」

 母さんは、鍋の底を布で拭きながら、ギンのほうを振り返った。

「ギンさんも一緒に、お見舞いよ」

「一緒に?」

「ギンさんだって、羊さんのこと、心配でしょう?」

 理屈は、たぶん、どこかでつながっていた。どこでつながっているのかは、俺にはわからなかった。

 静かに片づける計画の、いちばん大事な一行が、鍋と一緒に棚からおろされていた。


   *


 村長の家に、明日留守にすると知らせに行った。

 話したのは母さんで、俺は後ろに立っていた。

「東の谷に、オオカミを連れて……」

 村長は、何か言いかけて、やめた。

「……気をつけて」

 代わりに出てきたのは、それだけだった。

 その夜、寝る前に、納屋をのぞいた。

 干し草の上で、ギンが丸くなっていた。肩の布は、ガルドが巻き直したままだ。

 ギンは、首の薄いところを、後ろ足で一度だけ掻いた。

 それから、目を閉じた。

 明日、谷の人間が最初に見るのは、たぶん、そこだ。

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