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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第6話 討伐依頼一件

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第十九条

 カウンターの前に、ベックさんたちが残っていた。

 三人とも、掲示板の一枚を見ていた。

「受けねえ」

 最初に口を開いたのは、ベックさんだった。誰にも聞かれていないのに、そう言った。

「あの人の鍋に並んでるやつは、射れねえ」

 あの人、というのが誰のことかは、聞かなくてもわかった。

 卵の洞窟で、腹を空かせた三人に弁当と薬草を持たせて帰らせた人。霜(しも)の回廊で、凍ったニールさんの手を、オオカミの毛でくるんだ人。

 ニールさんが、黙って右手を握ったり開いたりした。一度は手首まで凍った手だ。

 回廊の扉の前で、弟の薬代と冬の仕事を理由に、俺に詰め寄ったのはベックさんだった。

 そのベックさんが、十二枚を断っている。

 ロザさんは、兄の横顔を見ていた。何も言わなかった。

「ベルダのギルドにも、貼ってあるそうだ」

 ホルストさんが、羊飼いの置いていった書きつけを指で叩いた。

「最初に羊がやられたのは、五日前の晩だそうだ。受け手がいねえから、こっちに回ってきた。この冬、この辺りに残ってる冒険者は、お前さんたちだけだ。仕事がなくて、みんな南へ下りた」

 そこでホルストさんは、俺のほうを一度だけ見た。Fランク、Lv.1。何も言わずに、目を戻した。

「氷から出た連中は、再登録の判が本部から戻ってねえ。木札が下りるまでは、一枚も受けられん」

 仕事がなくて、みんな南へ下りた。

 その仕事を消したのが何だったのかを、俺は知っている。毎朝、井戸の前で手を洗っている列だ。

「ここで受け手がつかなきゃ、組合は回廊の向こうに出し直すそうだ。王都のギルドにな」

「王都」

 ロザさんが、短く繰り返した。

「十二枚なら、すぐ誰か来る。王都の連中は、ここの鍋のことなんか知らん」

 知らない者が来て、見立ての欄のとおりの森オオカミを探す。首の毛が一か所薄い、灰色の年寄りを。

 探すまでもない。毎朝、井戸の前に並んでいる。

「あたしが受ける」

 ロザさんが言った。

 ベックさんが、ロザさんを見た。

「隊の名で受けるなら、受注者は俺だ」

「あたしの名前で」

 出張所の中が、静かになった。

 ホルストさんは、掲示板からさっきの一枚をはがして、カウンターの上に置いた。

「討伐なら、Eランクでも一人で受けられる。お前さんの名前でな」

「これを三つやったら」

 ロザさんは、依頼票から目を離さずに言った。

「護衛を、あたしの名前で受けられるんだよね」

 ホルストさんが、少しだけ目を上げた。

「第十九条。『護衛依頼の受注者は、Dランク以上、または、自己の名における討伐依頼の達成三件を有する者に限る』」

 いつもの、条文を読むときの棒読みだった。

「……知ってたのか」

「ずっと数えてた。ゼロから」

 依頼票と金の勘定は、秋からずっとロザさんの役目だった。数えていないはずがなかった。

「秋は、手伝いの札で出してたがな」

 ホルストさんは、掲示板のほうへ顎(あご)をしゃくった。荷車の護衛の依頼票は、今は「護衛」の札の下に貼ってある。

「回廊を越えて、王都の街道に出るようになってから、本部の決まりで護衛の札に移した。そっちは、受注者を選ぶ」

「Dに上がるのは」

「審査は、討伐の実績で見る。どっちの道も、討伐だ」

 俺は、先週のカウンターを思い出していた。

〈受注者 ベック〉

 ベックさんが報酬の袋を三つに分けたあと、ロザさんは、一度だけあの欄を見た。すぐに目をそらして、弓の握りの革を巻き直していた。

 あれは、名前を見ていたのだ。自分の名前が書かれていない欄を。

 ホルストさんが、ペンを取った。受注者の欄に、ゆっくりと書く。

〈受注者 ロザ〉

 書き終えて、ホルストさんはロザさんの顔を見た。何か言いかけて、やめた。

 ロザさんは、その欄を見ていた。先週よりも、ずっと長く。

 それから依頼票を受け取って、きちんと四つに折った。懐(ふところ)の、医者の書きつけの隣にしまった。

「……好きにしろ」

 ベックさんが言った。それだけ言って、出張所を出ていった。

 ニールさんが、ロザさんと戸口を何度か見比べてから、ベックさんのあとを追った。

 次の荷車は、明日の朝に出る。ロザさん抜きで。

 一回休めば、その一往復ぶんの取り分は入らない。俺は気づいたが、口には出さなかった。

 ロザさんが、気づいていないはずがなかった。


   *


 出張所を出たところで、ロザさんに追いついた。

「射るんですか。婆(ばあ)さんを」

 ロザさんは、足を止めなかった。

「あたしが受けなきゃ、王都から誰か来る。そいつは、確かめないで射る」

「……確かめるんですね」

「確かめて、違ったら、違うやつを射る」

 当たり前のことを言う声だった。

 氷漬けの旅人たちを見たとき、最初に「氷から出したら、どうなるんだろう」と言ったのも、ロザさんだった。

 それでいて、あのときも矢の向きは最後まで変えなかった。

「もし、婆さんだったら」

 聞かずにいられなかった。

 ロザさんは、しばらく黙って歩いた。

「そのときは、あたしの名前で射る」

 雪を踏む音だけが、何歩か続いた。

「王都の、知らない誰かの名前じゃなくて」

「それと」

 ロザさんは、広場の真ん中で振り返った。

「あんたの母さんには、あんたから言って」

 俺は、家のほうを見た。

 台所の煙突から、煙が上がっている。

 言わなくても、たぶん、もう知っている。この村では、噂は井戸の水より早く回る。

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