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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第5話 転入届

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当該村落、攻略困難

 帰り道、ガルドは何も話さなかった。

 俺も、話さなかった。

 ガルドの背中で、斧(おの)が規則正しく揺れていた。その背中は、行きよりも少し丸くなって見えた。

 尾根を越える手前の岩陰で、俺は弁当籠(べんとうかご)をおろした。

 母さんが詰めた弁当は、二人ぶんあった。黒パンと、煮物と、ゆで卵。

 ガルドに、ゆで卵を一つ渡した。

 ガルドは、受け取った。受け取ったまま、食べなかった。手のひらの上の白い卵を、長いあいだ見ていた。

 斜面を転がっていった卵のことを考えているのだろう、と思った。

 村の屋根が見えてきたところで、ガルドが一度だけ口を開いた。

「……あれが小さいころは、わしの背中から下りなかった」

 それきりだった。

 卵は、ガルドの前掛けのポケットに入ったまま、村まで戻った。


   *


「おかえり」

 家に戻ると、母さんが台所から顔を出した。

「セヴランさん、ちゃんと帰れた?」

「……うん」

「お弁当、喜んでた?」

 俺は、答えられなかった。

 雪に染みた、茶色い跡のことを考えた。

 母さんは俺の顔を見て、少しだけ首をかしげた。それから、自分で答えを決めたようだった。

「あの人、あんまり食べなさそうだったものね。量が足りたかしら」

 そう言って、母さんは鍋のほうへ戻っていった。

 納屋のほうから、チットの声が聞こえた。

「ザグ、いた?」

 少し間があって、ガルドの低い声がした。

「……いた」

 それきり、納屋は静かになった。


   *


 その夜、俺は寝床の上で、頭の中のチャートを広げた。

 紙ではない。前世の仕様書の書式そのままの、頭の中の表だ。

 倒すはずだったのに倒さずに終わって、線を引いた行が、三つある。ゴブリン王ガルド。洞窟の主。霜(しも)の番人。

 その下に、〈三年後にすべきこと:不明〉。

 それから、チャートのいちばん上。本編の、最初の行。

〈ハルテ村焼失:魔王軍先遣隊(隊長セヴラン)〉

 この行には、線を引けなかった。

 倒していない。倒せない。倒すつもりも、たぶん、もうない。

 初めての、消せない行だった。

 しばらく眺めてから、その行の横に、小さく書き足した。

〈当番:霜の回廊の見回り(春の最初の満月)〉

 書き足してから、少しだけ笑った。

 村を焼く男の行の横に、村の当番が書いてある。こんなチャートは、前世で一度も作ったことがない。

【ヒント:ボスを倒すと、物語が先に進みます】

 ヒントの枠が、律儀に開いた。

 倒さないほうが、たぶん、先に進む。


   *


 経験値が入らないのは、まだいい。氷漬けの人たちを連れて北の回廊から帰った夜、俺はそう思っていた。

 今は、少し違うことを考えている。

 入らないほうが、いいのかもしれない。

 剣を抜く力のない少年は、抵抗の兆候にならない。Lv.1の勇者は、誰の視察票にも、軽度としか書かれない。

 それが正しいのかどうかは、わからない。

 三年後、上が決めれば、あの人は来る。そのとき剣を抜かずにいられるのかどうかも、わからない。

 ただ、俺の計画が、あの落ちたカットに向かってまっすぐ進んでいたのかもしれない。そのことには、今はもう気づいている。

 俺は、前髪をかき上げた。

 ステータスを開いた。

【リオ 勇者(未覚醒) Lv.1 EXP 0/30 防御力 48】

 数字は、ひとつも動いていない。

 それを見て、ほんの少しだけ、ほっとした。

 数字が動かないことに安心したのは、前世から数えて、初めてだった。


   *


 台所から、物音がした。

 起きていってのぞくと、母さんが、壁の当番表の前に立っていた。

 ペンを持って、見回りの欄に、一行書き足している。

〈春の最初の満月 セヴランさん〉

 ガルドの名前と、母さんの名前の下だった。

「母さん」

「なあに」

「……あの人、来ると思う?」

 母さんは振り返って、緑の目をまるくした。

「来るわよ。当番だもの」

 当たり前のことを聞かれた、という顔だった。

 それから母さんはペンを置いて、糸車(いとぐるま)の前に座った。灰色の毛の玉を、膝の上に引き寄せる。

「あの人、手が冷たかったのよ。次に来るまでに、手袋を編んでおかなくちゃ」

 台所の窓の外では、雪がまた降りはじめていた。

 三年後に村を焼くはずの男の手袋を、母さんは、その夜から編みはじめた。


   ◆


【先遣局 視察報告】

報告者:魔王軍先遣局 局長 セヴラン

対象:ハルテ村(北の古道南口)


経過:

北の古道の開通を受け、当職自ら現地を視察した。


評価:

防衛戦力 ゴブリン一(鍋番)。霜の番人一(扉番。当職の通行を許可)。鍛冶屋一。少年一(非力。ただし胸当てだけが上等)。

住民の協力度 測定不能(転入届の受理まで五分)。

抵抗の兆候 少年一名による情報の秘匿。軽度。二日目以降なし。

魔物の協力度 手洗い済み。

戦略的価値 高。ただし、その大半は、村と魔物が手を組んでいることによる。


付帯事項:

北の斜面にて、ゴブリンの群れの長ザグと面会。協力の申し出あり。当該村落の判定が保留であるため、回答を見送った。


判定:

保留。


所見:

当該村落、攻略困難。

理由:説明が難しい。


追記:

当職は、当該村落の住民名簿に記載された。転入届の取り下げ手続きについて、総務局の見解を求めたい。

なお、霜の回廊の見回り当番は、春の最初の満月。当日は局を一日空けるため、局長代理の手配を要請する。

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