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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第5話 転入届

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名簿

 眠れなかった。

 夜更けに寝床を抜けだして、裏口から外に出た。雪は止んでいて、空気が痛いほど冷たい。

 納屋の前に、明かりがあった。

 セヴランが、雪の上に置いた木箱に腰かけて、ランプの明かりで、何かを書いていた。

 納屋の中からは、低いいびきがいくつも聞こえてくる。森オオカミたちだ。あの音の中で眠るには、慣れが要る。

 納屋の戸口の暗がりで、二つの目が光っていた。

 ガルドだった。寝ていない。たぶん、ずっと起きている。

 俺は、ランプのほうへ歩いていった。

 セヴランは、顔を上げなかった。

「君は、私が何者か知っている」

 問いではなかった。

 俺は、答えなかった。


   *


 セヴランは、ペンを止めた。

「昼に、丘の坂で、三年後に、と言ったね」

 ランプの火が、セヴランの角の影を、雪の上に長く伸ばしていた。

「私の予定表に、この村はない。三年後のぶんも、含めて」

「……今は、ですよね」

「今は」

 セヴランは、あっさり認めた。

「……局長なのに、自分で来たんですか」

「部下の視察票は、欄が全部埋まっている」

 セヴランは、ペン先をインクに浸した。

「埋まりすぎている。見ていないものまで、埋めてある。だから、自分の足で来る」

 前世の会議室の、きれいすぎる進捗表を思い出した。全部の欄が緑色で、誰も現場を見ていなかった表だ。

 この人は、ああいう表を信じない側の人間らしかった。

 俺は、セヴランの膝の上の紙を見た。

 夕方、井戸のふちで見た、あの視察票だった。欄の半分くらいが、まだ白い。

「それ。いちばん下の欄」

「判定欄」

「確保と、保留と、焼却」

 セヴランは、俺の顔を見た。

 それから、紙を少しだけ、俺のほうへ傾けた。昼に手帳を傾けたときと、同じ角度だった。

「確保は、使える村だ。道や、食料や、人手がある。そのまま押さえて、使う」

「保留は」

「まだ決められない村。もう一度、誰かが見に来る」

「……焼却は」

 セヴランは、ほんの少し、間を置いた。

「抵抗のあった村だ」

 ランプの芯(しん)が、小さく鳴った。

「剣を抜いた者が、いた村」

 聞かずにいられなかった。

「……その欄に、印をつけたことは」

「ある」

 セヴランは、間を置かなかった。

「何回」

「十一」

 井戸を数え、道幅を歩幅で測っていたときと、同じ声だった。

 それ以上、セヴランは何も言わなかった。俺も、聞かなかった。


   *


 頭の中で、あの絵コンテがめくれはじめた。

 燃える村。炎を背にした、背の高い輪郭。少年に覆いかぶさる、女の輪郭。

 少年の手には、何か短いものが握られている。

 絵コンテを見たとき、俺はそれが何なのか、確かめもしなかった。

 今は、わかる気がした。

 寝床の枕もとに置いてきた短剣のことを考えた。ダグさんが、誕生日にくれた短剣だ。最初の獲物を見せに来い、と言って。

 ゲームの勇者の初期装備は、木の棒だ。村が焼けたあとだから、という理由で、俺がそう決めた。

 焼ける前の少年は、短いものを握っていた。焼けたあとの勇者は、木の棒しか持っていない。

 そのあいだに何があったのかを、俺は一行も書いていない。

 三年かけて強くなる。強くなって、村を焼きに来る魔王軍と戦う。

 それが、俺の計画だった。

 その計画のいちばん先に、剣を抜いた少年が立っている。

 ……理由は、それひとつではないのだろう。ゲームには、一行しか書いていないのだから。

 それでも、あの一行の手前に、剣を抜いた少年がいたのかもしれないということを、俺は今まで一度も考えなかった。


   *


「なぜ」

 セヴランが言った。

「なぜ、皆に言わなかった。私が何者か」

 俺は、雪の上の、角の影を見ていた。

「言ったら」

 声が、少しかすれた。

「抵抗の兆候、ですよね」

 セヴランは、しばらく俺を見ていた。

「そうだ」

 それから、また紙に目を落とした。

 しばらくして、セヴランが、ぽつりと言った。

「食べ方を褒められたのは、初めてだ」

 作法は、局に入るときに叩きこまれたのだという。褒められるための作法ではなく、上の者の前で恥をかかないための作法だった、と。

 セヴランは、それ以上は言わなかった。

 視察票の下から、もう一枚、小さな紙がのぞいていた。

 村長がくれた、転入届の控えだった。

〈氏名 セヴラン〉〈新住所 見張り塔の下の家〉

 セヴランは、視察票ではなく、その控えのほうを、しばらく見ていた。

 何も言わなかった。

 自分の名前が書いてある紙を、焼く側の書類以外で見るのは、もしかしたら初めてなのかもしれない。そういう顔に、俺には見えた。

「何を書くんですか」

 俺は聞いた。

 セヴランは、ペン先を、判定欄の上に浮かせた。

「わからない」

 三つの四角の上で、ペン先は、どこにも下りなかった。

「どの欄にも、入らない」

 しばらくして、セヴランはペンを置いた。

「一つだけ、言っておく」

 俺のほうを見ずに、セヴランは言った。

「私が何を書いても、上が決めれば、私は来る。それが、私の仕事だ」

「……知ってます」

 知っていた。上が決めたことを、手を動かして形にする。前世の俺の仕事も、そういうものだった。


   *


 ランプの明かりの中で、セヴランは視察票をたたんだ。

 俺は、その手を見ていた。長い指の、黒い爪。中指の、ペンだこ。

 この人は、会ったこともない村について、一枚の紙に判定を書く仕事をしている。

 俺は、行ったこともない村について、一行の設定を書く仕事をしていた。

 同じ種類の人間なのかもしれなかった。

 夜が、白みはじめていた。

 家のほうから、物音がした。台所で、母さんが鍋をかける音。包丁がまな板を叩く音。

 弁当を、詰めているのだった。

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