寄り合い
夜の寄り合いは、ダグさんの鍛冶屋の作業場で開かれた。
冬のあいだ、広場に集まるには寒すぎる。炉の火を落としたあとの作業場は、村でいちばん暖かい。
村の大人は、ほとんど集まっていた。
金床のそばでホルストさんが膝をさすり、入り口の横にはガルドが立っている。斧は、持っていない。
母さんは炉の残り火に鍋をかけて、その番をしていた。
氷漬けから戻った十六人は、壁ぎわに並んで座っている。
その端に、セヴランがいた。
帽子は膝の上で、二本の角が、炉の明かりに鈍く光っていた。
大人は、誰も、それについて何も言わなかった。
大人でないほうは、言った。
「それ、本物?」
ピムが、セヴランの前にしゃがみこんで、角を見上げていた。鼻水が、少し垂れている。
「……本物です」
「さわっていい?」
セヴランは、少し困ったように炉のほうを見た。母さんが、鍋をかき回しながら言った。
「ピム、人の頭はさわらないの。それから、鼻をかみなさい」
ピムは袖で鼻を拭いて、母親のところへ戻っていった。
昼のあいだに、もう噂は回っていたのだろう。
北から、角のある人が一人越してきた。母さんが煮物を持っていった。それで、だいたい話が済んでしまう村だった。
*
「まず、十六人の当番から」
村長が、名簿を開いた。
当番は、一人ずつ決まっていった。
「ヨナス。毛皮の手入れ」
「おう」
ヨナスさんが手を挙げた。三十二歳の顔で、五十歳の甥のダグさんの隣に座っている。
ダグさんが、叔父さんの頭越しに「なめしは、俺が教える」と言った。
「巻物の旦那は、見張り塔」
「心得た」
腰の帯にいつも巻物を差している、二百年前のAランクの冒険者は、胸を張った。二百年ぶりの仕事らしい。
十六人目まで終わると、村長は名簿の最後の行を、指でたどった。
「それから、今日来なすった方が一人。セヴランさん」
作業場じゅうの目が、壁ぎわの端に集まった。
「村に置くかどうか、手を挙げて決めたい。秋に、ガルドのときもそうした」
入り口の横で、ガルドは身じろぎもしなかった。
*
「置いてもいいと思う者は」
最初に挙がったのは、母さんの手だった。たぶん、村長が言い終わる前から挙がっていた。
ダグさんが挙げた。井戸端でいつも野菜を刻んでいる三人組が、そろって挙げた。
ピムの母親が挙げた。ホルストさんが、膝をさすっていないほうの手を挙げた。
十六人も、一人ずつ挙げていった。自分たちも、ついこのあいだまで、よそ者だったのだから。
手は、一本ずつ増えていった。
俺の手は、膝の上にあった。
この男を、村に置く。三年後にこの村を焼く男を、村の名簿に載せて、村の寄り合いで認める。
手が、挙がらなかった。
壁ぎわから、視線を感じた。
セヴランが、俺を見ていた。
手帳は、外套の内側にしまってある。それでも、俺には、あの一行が見えた。
〈抵抗の兆候、軽度〉
ここで手を挙げなければ、たぶん、軽度では済まなくなる。
秋の寄り合いでは、ガルドのために手を挙げた。リオとしての、初めての一票だった。年越しの寄り合いでは、十六人のために挙げた。
この一票は、そのどちらとも違っていた。
俺は、手を挙げた。
自分の腕が、自分のものではないみたいに重かった。
最後まで挙がっていなかったのは、トマスじいさんの手だった。
じいさんは腕を組んで、セヴランの角をにらんでいた。作業場が、静かになった。
村長が、じいさんのほうを見た。何か言いかけて、やめた。
「……煮物の味見をしてからだ」
じいさんは、ぼそりと言った。
*
母さんが、椀を配りはじめた。
「はい、まず手を洗って」
作業場の隅の水桶に、みんなが順番に並ぶ。
セヴランは、指のあいだまで、丁寧に洗った。昼に、母さんに言われたとおりに。
「大地の恵みに感謝を」
母さんの声に、作業場じゅうが続いた。
「大地の恵みに、感謝を」
セヴランの声も、混じっていた。昼に一度聞いたきりなのに、抑揚まで母さんと同じだった。
座る。肘をつかない。口を閉じて、ゆっくり噛む。
母さんが、セヴランの前を通りかかって、足を止めた。
「まあ。お行儀がいいのね」
セヴランの手が、止まった。
匙を椀の上に浮かせたまま、ほんの少しのあいだ、動かなかった。
それから、何事もなかったように、次の一口を運んだ。
トマスじいさんが、自分の椀から一口すすった。眉間のしわが、少しだけ浅くなった。
じいさんは、黙って手を挙げた。
「では、セヴランさんの当番は」
村長は、名簿をのぞきこんで、少し考えた。
「北から来なすったなら、北の道に明るいでしょう。霜の回廊の、見回りを」
攻める道を測りに来た男が、その道の見回り当番になった。
「……承知しました」
セヴランは、静かに頭を下げた。
村長が名簿を開いて、挟んであった転入届を抜き、十六人の下の余白に、一行書き足した。
〈セヴラン 見張り塔の下の家〉
*
俺は、視界の枠を見ていた。
これまでなら、ここだ。
ガルドも、北の洞窟の主も、卵を盗りに来たベックさんたちも。
母さんの飯を食べて、手を洗って、祈って、それで名前の赤が抜けて、白に戻った。
セヴランの名前から、赤が抜けていく。
抜けきったところで、色が止まった。
白ではなかった。
灰をかぶったような、くすんだ色だった。
見たことのある色だ。回廊の氷から出てきて、扉と反対のほうへ逃げていった斥候。首から金属の札を下げていた、あいつの名前と同じ色。
【セヴラン 魔王軍先遣局長 Lv.52】
俺は、椀を持ったまま、その色を見ていた。
敵ではない。けれど、味方にもならない。
上から命令が来れば、その命令のほうへ動く者の色なのだろう、と思った。
片づけのとき、母さんが言った。
「セヴランさん、今夜はどこで寝るの? 見張り塔の下の家は、まだ掃除もしてないし、火も入ってないでしょう」
セヴランが答える前に、母さんは決めていた。
「今夜は、うちの納屋で我慢してね。オオカミさんたちがいるから、暖かいのよ」
その晩、納屋の戸を引くと、奥の暗がりでガルドが目を開けていた。
チットが、ガルドの背中の陰に隠れて、大きすぎる耳だけをのぞかせていた。




