↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第5話 転入届

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/48

寄り合い

 夜の寄り合いは、ダグさんの鍛冶屋の作業場で開かれた。

 冬のあいだ、広場に集まるには寒すぎる。炉(ろ)の火を落としたあとの作業場は、村でいちばん暖かい。

 村の大人は、ほとんど集まっていた。

 金床(かなとこ)のそばでホルストさんが膝をさすり、入り口の横にはガルドが立っている。斧(おの)は、持っていない。

 母さんは炉の残り火に鍋をかけて、その番をしていた。

 氷漬けから戻った十六人は、壁ぎわに並んで座っている。

 その端に、セヴランがいた。

 帽子は膝の上で、二本の角が、炉の明かりに鈍く光っていた。

 大人は、誰も、それについて何も言わなかった。

 大人でないほうは、言った。

「それ、本物?」

 ピムが、セヴランの前にしゃがみこんで、角を見上げていた。鼻水が、少し垂れている。

「……本物です」

「さわっていい?」

 セヴランは、少し困ったように炉のほうを見た。母さんが、鍋をかき回しながら言った。

「ピム、人の頭はさわらないの。それから、鼻をかみなさい」

 ピムは袖で鼻を拭いて、母親のところへ戻っていった。

 昼のあいだに、もう噂は回っていたのだろう。

 北から、角のある人が一人越してきた。母さんが煮物を持っていった。それで、だいたい話が済んでしまう村だった。


   *


「まず、十六人の当番から」

 村長が、名簿を開いた。

 当番は、一人ずつ決まっていった。

「ヨナス。毛皮の手入れ」

「おう」

 ヨナスさんが手を挙げた。三十二歳の顔で、五十歳の甥のダグさんの隣に座っている。

 ダグさんが、叔父さんの頭越しに「なめしは、俺が教える」と言った。

「巻物(まきもの)の旦那は、見張り塔」

「心得た」

 腰の帯にいつも巻物を差している、二百年前のAランクの冒険者は、胸を張った。二百年ぶりの仕事らしい。

 十六人目まで終わると、村長は名簿の最後の行を、指でたどった。

「それから、今日来なすった方が一人。セヴランさん」

 作業場じゅうの目が、壁ぎわの端に集まった。

「村に置くかどうか、手を挙げて決めたい。秋に、ガルドのときもそうした」

 入り口の横で、ガルドは身じろぎもしなかった。


   *


「置いてもいいと思う者は」

 最初に挙がったのは、母さんの手だった。たぶん、村長が言い終わる前から挙がっていた。

 ダグさんが挙げた。井戸端でいつも野菜を刻んでいる三人組が、そろって挙げた。

 ピムの母親が挙げた。ホルストさんが、膝をさすっていないほうの手を挙げた。

 十六人も、一人ずつ挙げていった。自分たちも、ついこのあいだまで、よそ者だったのだから。

 手は、一本ずつ増えていった。

 俺の手は、膝の上にあった。

 この男を、村に置く。三年後にこの村を焼く男を、村の名簿に載せて、村の寄り合いで認める。

 手が、挙がらなかった。

 壁ぎわから、視線を感じた。

 セヴランが、俺を見ていた。

 手帳は、外套(がいとう)の内側にしまってある。それでも、俺には、あの一行が見えた。

〈抵抗の兆候、軽度〉

 ここで手を挙げなければ、たぶん、軽度では済まなくなる。

 秋の寄り合いでは、ガルドのために手を挙げた。リオとしての、初めての一票だった。年越しの寄り合いでは、十六人のために挙げた。

 この一票は、そのどちらとも違っていた。

 俺は、手を挙げた。

 自分の腕が、自分のものではないみたいに重かった。

 最後まで挙がっていなかったのは、トマスじいさんの手だった。

 じいさんは腕を組んで、セヴランの角をにらんでいた。作業場が、静かになった。

 村長が、じいさんのほうを見た。何か言いかけて、やめた。

「……煮物の味見をしてからだ」

 じいさんは、ぼそりと言った。


   *


 母さんが、椀(わん)を配りはじめた。

「はい、まず手を洗って」

 作業場の隅の水桶に、みんなが順番に並ぶ。

 セヴランは、指のあいだまで、丁寧に洗った。昼に、母さんに言われたとおりに。

「大地の恵みに感謝を」

 母さんの声に、作業場じゅうが続いた。

「大地の恵みに、感謝を」

 セヴランの声も、混じっていた。昼に一度聞いたきりなのに、抑揚まで母さんと同じだった。

 座る。肘をつかない。口を閉じて、ゆっくり噛(か)む。

 母さんが、セヴランの前を通りかかって、足を止めた。

「まあ。お行儀がいいのね」

 セヴランの手が、止まった。

 匙(さじ)を椀の上に浮かせたまま、ほんの少しのあいだ、動かなかった。

 それから、何事もなかったように、次の一口を運んだ。

 トマスじいさんが、自分の椀から一口すすった。眉間のしわが、少しだけ浅くなった。

 じいさんは、黙って手を挙げた。

「では、セヴランさんの当番は」

 村長は、名簿をのぞきこんで、少し考えた。

「北から来なすったなら、北の道に明るいでしょう。霜(しも)の回廊の、見回りを」

 攻める道を測りに来た男が、その道の見回り当番になった。

「……承知しました」

 セヴランは、静かに頭を下げた。

 村長が名簿を開いて、挟んであった転入届を抜き、十六人の下の余白に、一行書き足した。

〈セヴラン 見張り塔の下の家〉


   *


 俺は、視界の枠を見ていた。

 これまでなら、ここだ。

 ガルドも、北の洞窟の主も、卵を盗りに来たベックさんたちも。

 母さんの飯を食べて、手を洗って、祈って、それで名前の赤が抜けて、白に戻った。

 セヴランの名前から、赤が抜けていく。

 抜けきったところで、色が止まった。

 白ではなかった。

 灰をかぶったような、くすんだ色だった。

 見たことのある色だ。回廊の氷から出てきて、扉と反対のほうへ逃げていった斥候。首から金属の札を下げていた、あいつの名前と同じ色。

【セヴラン 魔王軍先遣局長 Lv.52】

 俺は、椀を持ったまま、その色を見ていた。

 敵ではない。けれど、味方にもならない。

 上から命令が来れば、その命令のほうへ動く者の色なのだろう、と思った。

 片づけのとき、母さんが言った。

「セヴランさん、今夜はどこで寝るの? 見張り塔の下の家は、まだ掃除もしてないし、火も入ってないでしょう」

 セヴランが答える前に、母さんは決めていた。

「今夜は、うちの納屋で我慢してね。オオカミさんたちがいるから、暖かいのよ」

 その晩、納屋の戸を引くと、奥の暗がりでガルドが目を開けていた。

 チットが、ガルドの背中の陰に隠れて、大きすぎる耳だけをのぞかせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。