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母さん、それ中ボスです。 〜天然の母が敵と全員仲良くなるので、勇者の俺に経験値が入りません〜  作者: 佐和井 泥
第5話 転入届

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視察

 昼は、村長の家の土間で、母さんの煮物を食べた。手を洗うところから祈るところまで、セヴランは母さんに言われるとおりにした。

 食べ終わると、母さんが言った。

「じゃあ、村を案内するわね」

 セヴランは、断らなかった。

 断る理由がないのだろう。村の中を隅々まで見せてもらえる。それは、彼がいちばん欲しいもののはずだった。

 俺は、二人の後ろについていった。

 歩きながら、頭の中で手順を組んだ。

 この男は、村を値踏みしに来ている。その値踏みの結果が、三年後の、あの焼け跡につながっている。

 なら、安く値踏みさせればいい。

 攻めるだけの値打ちがない村だと思わせる。

 道は危なくて、魔物は手に負えない。わざわざ兵を割くほどの場所ではない、と。

 前世で、俺はプレイヤーの期待値を調整する仕事をしていた。見せたいものを見せて、見せたくないものは隠す。

 それなら、できるはずだった。


   *


 最初は、北の道だった。

「あの回廊、危ないんです」

 村の北の外れで、俺は山のほうを指さした。

「奥に番人がいて、近づくと人を凍らせる。何十人も、氷漬けになってて」

「あら、ユキさんは、ちゃんと開けてくれるわよ」

 母さんが、すぐ横で言った。

「今朝も、この方を通してくれたんでしょう? ロザちゃんが言ってたわ」

 セヴランが、うなずいた。

「通していただきました。丁寧な方でした。毛織りの外套(がいとう)を、二枚重ねて着ておられた」

「でしょう。二枚目は、こないだ届けたの」

 俺は、口を閉じた。

 セヴランが、外套の内側から小さな手帳を出して、何か書きつけた。

 次は、荷車の道だった。

「荷車も、まだ危ないんです。冬の山道だし、盗賊も出るし、溝にもはまるし」

「毎週ちゃんと着いてるわよ。ベックさんたちが護衛してくれてるもの」

 母さんは、誇らしげに言った。

「王都の工房通りでね、うちの村の手袋が評判なのよ。オスカーさんが、また百組って」

 セヴランが、また何か書いた。

 炊き出しの列の前で、俺は三度目を試した。

「魔物は、気まぐれなんです。今はおとなしいけど、いつ暴れるか——」

「みんな、手を洗ってから並ぶのよ」

 母さんが言った。

 ちょうど、列の先頭の森オオカミが、井戸の桶に前足を突っこんで、丁寧に洗っているところだった。

 洗い終わると、椀(わん)をくわえて鍋の前に差し出し、静かに待った。

 セヴランは、しばらくその様子を見ていた。

 それから、手帳に書いた。今度は、少し長かった。

 書き終えると、セヴランは手帳を、俺のほうへ少しだけ傾けた。

 見えるように。

〈少年一名、情報の秘匿を試みる。抵抗の兆候、軽度〉

 背中が、冷たくなった。

 セヴランは、何も言わずに手帳を閉じた。

 嘘をつけばつくほど、この男の手帳の中で、俺は「抵抗」になっていく。

 俺は、それきり何も言えなくなった。


   *


 母さんは、案内を続けた。

 冬のあいだ、毎朝ガルドが斧(おの)の背で氷を割る井戸。

 出張所の掲示板と、依頼主の種族欄が増えた新しい依頼票。

 うちの台所。夜になると糸車(いとぐるま)が三台回る、編み物の会の会場。

 森オオカミが寝泊まりしている納屋。

 納屋の戸口から、チットが顔を出した。セヴランを見たとたん、大きすぎる耳がぺたりと寝て、森オオカミの腹の陰に引っこんだ。

「人見知りなのよ」

 母さんは、そう言った。

 全部を、母さんは誇らしげに見せた。

 回廊が開いて、荷車が毎週王都へ抜けていること。魔物と村が、仕事と飯をやりとりしていること。

 この村が、去年の秋まで持っていなかったもの。この冬になって、初めて持ったもの。

 攻める側から見れば、その全部が、この村の値打ちだった。


   *


 炊き出しの鍋の前で、母さんがセヴランを紹介した。

「ガルドさん。こちら、セヴランさん。今日から、村に住むのよ」

 ガルドが、お玉を持ったまま顔を上げた。

「手、洗ってからね」

 母さんが言い終わるより先に、セヴランはもう、井戸のほうへ歩きだしていた。昼に一度言われたきりで、覚えたらしい。

 戻ってきたセヴランの襟を、ガルドが見た。

 外套の襟の折り返しに、小さな金属の徽章(きしょう)が留めてあった。

 翼を広げた何かの紋。回廊の氷から出てきた斥候が、首から下げていた札と同じ紋だ。ひと回り大きい。

 ガルドのお玉が、止まった。

 鍋の中で、汁が一度だけ揺れた。

「……よろしく、頼む」

 ガルドはそう言って、椀に汁をよそい、セヴランに差し出した。

 セヴランが列の後ろへ回るのを待ってから、ガルドは俺に顔を寄せた。

「氷から出てきたやつの札と、同じ紋だ。大きいほうは、上の者がつける」

 低い声だった。

 それきり、ガルドは何も言わなかった。お玉を持ち直して、次の椀に汁をよそいはじめた。

 鍋の湯気の向こうで、ガルドと目が合った。

 あの男が何者かをはっきり知ったうえで黙っているのは、この村で、たぶん俺とガルドだけだった。

 母さんは、聞いたうえで「まだ焼いてない」ほうを取った。村長がどこまで気づいているのかは、わからない。


   *


 夕方、セヴランは井戸のふちに腰かけて、手帳とは別の紙を広げた。

 大きな紙だった。欄が、細かく区切られている。

 俺は、水を汲むふりをして、横からのぞいた。

〈視察票〉

〈防衛戦力〉〈住民の協力度〉〈抵抗の兆候〉〈魔物の協力度〉〈戦略的価値〉

 欄の並びは、読む前からわかった。前世で、同じ形の表を何十枚も作ったからだ。敵の動きを決めるための、評価の表だった。

 セヴランのペンが、防衛戦力の欄で止まっていた。

 しばらくして、書いた。

〈ゴブリン一(鍋番)〉

 魔物の協力度の欄には、こう書いた。

〈手洗い済み〉

 それから、ペンを置いて、紙のいちばん下を見つめた。

 判定欄だった。

 四角が三つ、並んでいる。

〈確保〉〈保留〉〈焼却〉

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