視察
昼は、村長の家の土間で、母さんの煮物を食べた。手を洗うところから祈るところまで、セヴランは母さんに言われるとおりにした。
食べ終わると、母さんが言った。
「じゃあ、村を案内するわね」
セヴランは、断らなかった。
断る理由がないのだろう。村の中を隅々まで見せてもらえる。それは、彼がいちばん欲しいもののはずだった。
俺は、二人の後ろについていった。
歩きながら、頭の中で手順を組んだ。
この男は、村を値踏みしに来ている。その値踏みの結果が、三年後の、あの焼け跡につながっている。
なら、安く値踏みさせればいい。
攻めるだけの値打ちがない村だと思わせる。
道は危なくて、魔物は手に負えない。わざわざ兵を割くほどの場所ではない、と。
前世で、俺はプレイヤーの期待値を調整する仕事をしていた。見せたいものを見せて、見せたくないものは隠す。
それなら、できるはずだった。
*
最初は、北の道だった。
「あの回廊、危ないんです」
村の北の外れで、俺は山のほうを指さした。
「奥に番人がいて、近づくと人を凍らせる。何十人も、氷漬けになってて」
「あら、ユキさんは、ちゃんと開けてくれるわよ」
母さんが、すぐ横で言った。
「今朝も、この方を通してくれたんでしょう? ロザちゃんが言ってたわ」
セヴランが、うなずいた。
「通していただきました。丁寧な方でした。毛織りの外套を、二枚重ねて着ておられた」
「でしょう。二枚目は、こないだ届けたの」
俺は、口を閉じた。
セヴランが、外套の内側から小さな手帳を出して、何か書きつけた。
次は、荷車の道だった。
「荷車も、まだ危ないんです。冬の山道だし、盗賊も出るし、溝にもはまるし」
「毎週ちゃんと着いてるわよ。ベックさんたちが護衛してくれてるもの」
母さんは、誇らしげに言った。
「王都の工房通りでね、うちの村の手袋が評判なのよ。オスカーさんが、また百組って」
セヴランが、また何か書いた。
炊き出しの列の前で、俺は三度目を試した。
「魔物は、気まぐれなんです。今はおとなしいけど、いつ暴れるか——」
「みんな、手を洗ってから並ぶのよ」
母さんが言った。
ちょうど、列の先頭の森オオカミが、井戸の桶に前足を突っこんで、丁寧に洗っているところだった。
洗い終わると、椀をくわえて鍋の前に差し出し、静かに待った。
セヴランは、しばらくその様子を見ていた。
それから、手帳に書いた。今度は、少し長かった。
書き終えると、セヴランは手帳を、俺のほうへ少しだけ傾けた。
見えるように。
〈少年一名、情報の秘匿を試みる。抵抗の兆候、軽度〉
背中が、冷たくなった。
セヴランは、何も言わずに手帳を閉じた。
嘘をつけばつくほど、この男の手帳の中で、俺は「抵抗」になっていく。
俺は、それきり何も言えなくなった。
*
母さんは、案内を続けた。
冬のあいだ、毎朝ガルドが斧の背で氷を割る井戸。
出張所の掲示板と、依頼主の種族欄が増えた新しい依頼票。
うちの台所。夜になると糸車が三台回る、編み物の会の会場。
森オオカミが寝泊まりしている納屋。
納屋の戸口から、チットが顔を出した。セヴランを見たとたん、大きすぎる耳がぺたりと寝て、森オオカミの腹の陰に引っこんだ。
「人見知りなのよ」
母さんは、そう言った。
全部を、母さんは誇らしげに見せた。
回廊が開いて、荷車が毎週王都へ抜けていること。魔物と村が、仕事と飯をやりとりしていること。
この村が、去年の秋まで持っていなかったもの。この冬になって、初めて持ったもの。
攻める側から見れば、その全部が、この村の値打ちだった。
*
炊き出しの鍋の前で、母さんがセヴランを紹介した。
「ガルドさん。こちら、セヴランさん。今日から、村に住むのよ」
ガルドが、お玉を持ったまま顔を上げた。
「手、洗ってからね」
母さんが言い終わるより先に、セヴランはもう、井戸のほうへ歩きだしていた。昼に一度言われたきりで、覚えたらしい。
戻ってきたセヴランの襟を、ガルドが見た。
外套の襟の折り返しに、小さな金属の徽章が留めてあった。
翼を広げた何かの紋。回廊の氷から出てきた斥候が、首から下げていた札と同じ紋だ。ひと回り大きい。
ガルドのお玉が、止まった。
鍋の中で、汁が一度だけ揺れた。
「……よろしく、頼む」
ガルドはそう言って、椀に汁をよそい、セヴランに差し出した。
セヴランが列の後ろへ回るのを待ってから、ガルドは俺に顔を寄せた。
「氷から出てきたやつの札と、同じ紋だ。大きいほうは、上の者がつける」
低い声だった。
それきり、ガルドは何も言わなかった。お玉を持ち直して、次の椀に汁をよそいはじめた。
鍋の湯気の向こうで、ガルドと目が合った。
あの男が何者かをはっきり知ったうえで黙っているのは、この村で、たぶん俺とガルドだけだった。
母さんは、聞いたうえで「まだ焼いてない」ほうを取った。村長がどこまで気づいているのかは、わからない。
*
夕方、セヴランは井戸のふちに腰かけて、手帳とは別の紙を広げた。
大きな紙だった。欄が、細かく区切られている。
俺は、水を汲むふりをして、横からのぞいた。
〈視察票〉
〈防衛戦力〉〈住民の協力度〉〈抵抗の兆候〉〈魔物の協力度〉〈戦略的価値〉
欄の並びは、読む前からわかった。前世で、同じ形の表を何十枚も作ったからだ。敵の動きを決めるための、評価の表だった。
セヴランのペンが、防衛戦力の欄で止まっていた。
しばらくして、書いた。
〈ゴブリン一(鍋番)〉
魔物の協力度の欄には、こう書いた。
〈手洗い済み〉
それから、ペンを置いて、紙のいちばん下を見つめた。
判定欄だった。
四角が三つ、並んでいる。
〈確保〉〈保留〉〈焼却〉




